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05.赤-1
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空がより一層瑞々しさを増し、緑が我先にと太陽へ手を伸ばす立夏の候。ビアはいつものように小さな滝壺のそばに腰を下ろすと、水流が岩水面を打つ心地良い音色に、静かに耳を澄ませていた。
ぐ~きゅるる~~
突然異質な物音が混じったのを聞きつける。それが背後の茂みからしたのに気づくと、ビアは花が綻ぶような笑みを浮かべて振り返った。
「……ノイマン副隊長!!」
「おお、ビア!!よく気づいたな!!」
ビアが待っていた人物――テオドアは、盛大な腹の虫と共に彼女の前に――いや、正確には後ろに、姿を現した。
「あんなに大きなお腹の音、誰でも気付きますよ。」
「そんなに?……うーん、今日は魔物に奇襲をかける想定で、物音を立てずに近づいたのになあ…」
「私は魔物なんかじゃありません!!」
ビアがムッとして睨みつけると、テオドアがからかうように笑った。なんとも穏やかで微笑ましい光景である。
川での衝撃的な再会の後、ビアはテオドアとちょくちょく会うようになっていた。最初は敬語でよそよそしかった彼も、次第に打ち解けていったのだろう。今ではくだけた口調で喋り、なんなら軽口も叩くようになった。
きっかけは、あの日の約束通り、テオドアが厨房にやってきたことだ。レーナに“腹減りテオ坊”と名付けられるほどあって、彼は頻繁に厨房に通っていたらしい。彼はあれから三日と経たぬうちに裏口に顔を出しにきた。テオドアが巡警の時に摘んできたハーブを、レーナが準備したおやつと交換する。そういう図式が既に出来上がっており、そのおやつ作りの手伝いにビアが途中から入ったのだ。まあ、おやつといっても大抵は使用人に向けて作った賄いの余り物なのだが。
「折角だから、ビア、あんた、あいつの為になんか作ってやっておくれよ。」
残り物よりよっぽど喜ぶだろうからさ。
ある時レーナは、意味ありげな含み笑いを浮かべそう言った。ビアはこの時、果たしてそんなことあるかと話半分に聞いていたが、いざ準備してみたところ、これがまたおおいにテオドアが喜ばせたのだ。
「今日はビアがあんたの為に作った、特別お手製クッキーだよ。」
レーナからそう告げられた時の、テオドアの顔ときたら。目をキラキラと輝かせながら大事そうにクッキーの袋を抱えて帰っていった。その素直な仕草がなんだかとても愛おしくて、なぜかビアが照れてしまったほどだ。
(……まあでも、去り際に「女子から俺だけの為の手作りクッキーもらっちゃった!へへっ⭐︎」って聞こえたし、若い女なら誰でもよかったのかも知れないけど……)
ついでに言えば「ジミルに自慢しよっ!!」とも聞こえたけど。
……とまあ、細かいところは目を瞑って。それからというもの、彼の為におやつを準備することは、すっかりビアの日課になってしまった。
今日だって、しっかりお手製マフィンを準備してある。おやつをちらつかせれば、いとも容易く食らいつくテオドアに、母性本能をくすぐられずにはいられないのだ。
(なんだろう、この気持ち……)
愛しい我が子を慈しむような……いや、愛らしい動物を愛でるような温かな感覚。ビアの中でテオドアは、なんというか……その、人懐こくて愛くるしい、大きなわんこのようであった。
(……可愛い、真っ黒なラブラドール……いや、シェパードの方がそれっぽいかなあ……)
それはもう犬種まで指定してしまうほどに、ビアの中でイメージがしっかり固まっていた。
不敬?そんなことは承知の上である。
元々の習慣といえど、毎回厨房の方に来てもらってばかりではなんとなく忍びない。いや、単に自分がもう一度城の外に出たかっただけかもしれないが、ビアはある時、テオドアにまた騎士団敷地の川沿いで会わないかと提案した。
「レーナさんには絶対内緒にしてください。」
そんな念押しを添えて。
この時ビアは、さすがにテオドアから何か言及があるだろうと身構えたが、少しきょとんとされたくらいで、意外とすんなり快諾されてしまった。かえってこちらが調子抜けしたくらいあっさりと。
厨房と違い、川の方はそこに行けば毎回会えるものではない。そこで、二人は厨房裏で会う時に約束を交わし、そこで取り決めた日時に上流の滝壺前で落ち合わせるようにしていた。
最初のうちこそ、ジミルも一緒に来てくれていたが、しばらくするとテオドア一人しか来なくなった。彼曰く「地味で無難だけど野暮ではない」と言っていたらしい。ジミル=ブナンダーは一体何を言いたかったのだろうか。テオドアと一緒に首を傾げたものだ。
ジミルが来ないことは残念だったけれど、それでもテオドアと川辺でのんびりたわいないお喋りに耽るのは至福の時間だった。もちろん厨房でレーナを交えて話すのも話が弾んで楽しいのだが、いかんせん仕事場という意識がある。その点、この木陰の中では人目を気にせずゆったりできるので、とても居心地が良かった。
(やっぱり、あの時抜け穴から飛び出して正解だったな。)
ビアの頭にそんな言葉が浮かぶ。目の前で無邪気に笑うテオドアを見て、彼女の心はじんわりと温かくなった。
ぐ~きゅるる~~
突然異質な物音が混じったのを聞きつける。それが背後の茂みからしたのに気づくと、ビアは花が綻ぶような笑みを浮かべて振り返った。
「……ノイマン副隊長!!」
「おお、ビア!!よく気づいたな!!」
ビアが待っていた人物――テオドアは、盛大な腹の虫と共に彼女の前に――いや、正確には後ろに、姿を現した。
「あんなに大きなお腹の音、誰でも気付きますよ。」
「そんなに?……うーん、今日は魔物に奇襲をかける想定で、物音を立てずに近づいたのになあ…」
「私は魔物なんかじゃありません!!」
ビアがムッとして睨みつけると、テオドアがからかうように笑った。なんとも穏やかで微笑ましい光景である。
川での衝撃的な再会の後、ビアはテオドアとちょくちょく会うようになっていた。最初は敬語でよそよそしかった彼も、次第に打ち解けていったのだろう。今ではくだけた口調で喋り、なんなら軽口も叩くようになった。
きっかけは、あの日の約束通り、テオドアが厨房にやってきたことだ。レーナに“腹減りテオ坊”と名付けられるほどあって、彼は頻繁に厨房に通っていたらしい。彼はあれから三日と経たぬうちに裏口に顔を出しにきた。テオドアが巡警の時に摘んできたハーブを、レーナが準備したおやつと交換する。そういう図式が既に出来上がっており、そのおやつ作りの手伝いにビアが途中から入ったのだ。まあ、おやつといっても大抵は使用人に向けて作った賄いの余り物なのだが。
「折角だから、ビア、あんた、あいつの為になんか作ってやっておくれよ。」
残り物よりよっぽど喜ぶだろうからさ。
ある時レーナは、意味ありげな含み笑いを浮かべそう言った。ビアはこの時、果たしてそんなことあるかと話半分に聞いていたが、いざ準備してみたところ、これがまたおおいにテオドアが喜ばせたのだ。
「今日はビアがあんたの為に作った、特別お手製クッキーだよ。」
レーナからそう告げられた時の、テオドアの顔ときたら。目をキラキラと輝かせながら大事そうにクッキーの袋を抱えて帰っていった。その素直な仕草がなんだかとても愛おしくて、なぜかビアが照れてしまったほどだ。
(……まあでも、去り際に「女子から俺だけの為の手作りクッキーもらっちゃった!へへっ⭐︎」って聞こえたし、若い女なら誰でもよかったのかも知れないけど……)
ついでに言えば「ジミルに自慢しよっ!!」とも聞こえたけど。
……とまあ、細かいところは目を瞑って。それからというもの、彼の為におやつを準備することは、すっかりビアの日課になってしまった。
今日だって、しっかりお手製マフィンを準備してある。おやつをちらつかせれば、いとも容易く食らいつくテオドアに、母性本能をくすぐられずにはいられないのだ。
(なんだろう、この気持ち……)
愛しい我が子を慈しむような……いや、愛らしい動物を愛でるような温かな感覚。ビアの中でテオドアは、なんというか……その、人懐こくて愛くるしい、大きなわんこのようであった。
(……可愛い、真っ黒なラブラドール……いや、シェパードの方がそれっぽいかなあ……)
それはもう犬種まで指定してしまうほどに、ビアの中でイメージがしっかり固まっていた。
不敬?そんなことは承知の上である。
元々の習慣といえど、毎回厨房の方に来てもらってばかりではなんとなく忍びない。いや、単に自分がもう一度城の外に出たかっただけかもしれないが、ビアはある時、テオドアにまた騎士団敷地の川沿いで会わないかと提案した。
「レーナさんには絶対内緒にしてください。」
そんな念押しを添えて。
この時ビアは、さすがにテオドアから何か言及があるだろうと身構えたが、少しきょとんとされたくらいで、意外とすんなり快諾されてしまった。かえってこちらが調子抜けしたくらいあっさりと。
厨房と違い、川の方はそこに行けば毎回会えるものではない。そこで、二人は厨房裏で会う時に約束を交わし、そこで取り決めた日時に上流の滝壺前で落ち合わせるようにしていた。
最初のうちこそ、ジミルも一緒に来てくれていたが、しばらくするとテオドア一人しか来なくなった。彼曰く「地味で無難だけど野暮ではない」と言っていたらしい。ジミル=ブナンダーは一体何を言いたかったのだろうか。テオドアと一緒に首を傾げたものだ。
ジミルが来ないことは残念だったけれど、それでもテオドアと川辺でのんびりたわいないお喋りに耽るのは至福の時間だった。もちろん厨房でレーナを交えて話すのも話が弾んで楽しいのだが、いかんせん仕事場という意識がある。その点、この木陰の中では人目を気にせずゆったりできるので、とても居心地が良かった。
(やっぱり、あの時抜け穴から飛び出して正解だったな。)
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