はじまりはガシャポンで!

米と麦

文字の大きさ
上 下
9 / 58

03.厨房-2

しおりを挟む
***


 びっくりしたのはビアだけではなく、青年の方も同じだったらしい。いや、むしろ驚き具合で言ったら、彼の方が上だっただろう。ビアがすぐに我に返ったのに対し、青年はしばしの間、彫刻のように固まっていた。その様子はなぜか昔飼っていたハムスターを思い起こさせた。そういえばあの子もびっくりすると、しばらくの間固まる癖があったなあ……
 あまりにフリーズ時間が長いので、ビアはその青年をまじまじと見つめてみる。背は高め。黒紅色の髪に、柘榴石のような深い赤の眼が印象的な男だ。特にこの眼の色は珍しい。少なくともビアの周りでは(といっても城内しか知らないが)ここまで真っ赤な瞳を持つ人は見たことがない。見れば見るほど吸い寄せられる、宝石のような瞳である。
 軍服を着ていることから、おそらく騎士団の人なのだろう。胸元に勲章がいくつかついていることから、もしかしたらちょっと偉い人なのかも知れない。

「あ、あの………?」

 ビアのかけた声で、やっと我に返ったらしい。青年はびくりと身体を跳ねさせると、口元に手をやり大きく咳き込んだ。

「ゔっ、ゔゔん゛っ……ゲフンゲフン。………あ、あーあー。」
「……?」
「こんにちは、綺麗なお嬢さん。僕の名前はテオドア=ノイマン。ローアルデ騎士団第八部隊の副隊長をしております。以後、お見知り置きを。ところで僕は今日、レーナさんに御用があるのですが、彼女はどちらにおりますでしょうか?」

 先ほどとは打って変わった爽やかな声と笑顔で、テオドアと名乗る青年は自己紹介を始めた。言葉遣いまで丁寧調に変わり、今の彼だけ見れば、それはそれは立派なジェントルマンだ。
 ――今の彼だけ見れば、だが。

(多分これ、さっきのやりとりを無かったことにしようとしてる……!!)

 そうだよね。そりゃさっきのあれはがっつり友達向けの態度だったもん!!初対面の、しかも異性にあのテンション見られたら、そりゃあ無かったことにしたくもなるよね!!

 彼の心の内をなんとなく察したビアは、その気持ちを汲んで、さも何事もなかったかのように平静を装う……が、

(……駄目、笑っちゃ駄目。ぜーったいダメダメダメ!!)

 頭では分かっているのに、そう思えば思うほど口の端がぷるぷると震え、視線は明後日の方向に泳いでいった。

 青年も青年で、今ビアが必死に笑いを堪えているのを分かっているのだろう。先程の爽やかな笑顔から変わらぬまま、しかし顔色はみるみる真っ赤に染まっていった。恥ずかしくてたまらないのだ。
 いかんいかん、さすがにこれは可哀想だ。そう思ったビアはやっとの思いで声を出し、紙袋を差し出した。

「……ざ、残念ながらレーナさんは今取り込み中で、こちら、彼女から預かっていた物になります。あなたに、と。」

 いかん、若干声が裏返った。

「あ、どうも。では代わりに、と言うわけではありませんが、こちらのハーブをどうぞ。彼女に頼まれていたものなので、お渡しいただけると助かります。……それではさようなら!!」

 最後の「ら」のrを発音したあたりで、青年は既に走り出していた。さすが軍人、足が速い。ビアが裏口を出て外を眺めた時、彼の姿は既に豆粒ほど小さくなっていた。

 ビアは紙袋と交換する形で受け取ったハーブの袋をまじまじと見る。おそらくどこかで摘んできたのだろう、少し野生味を残した様々なハーブの葉がこんもりと入っていた。

「……ふふっ」

 先程のやりとりを思い出して小さく笑いがこぼれる。変な男だった。だが、嫌いではない。

(あの人、また来るかしら……?)

 ぼんやりと浮かんだその気持ちに、ビアは自分でも驚く。

(いやいやいや、何考えてんの私ったら!!あんな変わった人とこんな気まずい中、どう話せばいいのよ!?)

 でも、あんな変わった人だからいいのかも知れない。

 誰かが――もう一人の自分が、ビア自身にそう訴えかける。
 この世界にきてからというもの、もうずっと気を張る毎日だった。慣れない生活、身の丈に合わない社会に、心身ともに疲れていたのは確かだ。メイド生活が始まってからは随分緩和されたものの、やはり特別扱いは変わらない。

 ビア=オクトーバー救国の乙女を全く知らない、なんかちょっと変わった男。
 ビアは黒髪男が残したハーブ袋をもう一度見つめると、彼の去っていった方向をぼんやりと眺めた。


 これが、テオドア=ノイマンとの最初の出会いであった。




(おまけ絵 メイドビア)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

邪魔しないので、ほっておいてください。

りまり
恋愛
お父さまが再婚しました。 お母さまが亡くなり早5年です。そろそろかと思っておりましたがとうとう良い人をゲットしてきました。 義母となられる方はそれはそれは美しい人で、その方にもお子様がいるのですがとても愛らしい方で、お父様がメロメロなんです。 実の娘よりもかわいがっているぐらいです。 幾分寂しさを感じましたが、お父様の幸せをと思いがまんしていました。 でも私は義妹に階段から落とされてしまったのです。 階段から落ちたことで私は前世の記憶を取り戻し、この世界がゲームの世界で私が悪役令嬢として義妹をいじめる役なのだと知りました。 悪役令嬢なんて勘弁です。そんなにやりたいなら勝手にやってください。 それなのに私を巻き込まないで~~!!!!!!

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

処理中です...