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19.期末テスト (Ⅰ)
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遠足から早二週間。季節は七月に移り、どんよりと曇りがちな梅雨も明けた。空は雲ひとつない快晴で、瑞々しい青が頭上一面に広がっている。その色を羽の中央に映し出したアオスジアゲハが、中庭の花壇を舞っていた。それは、初夏の昼下がりを絵に描いたような日だった。
「うーん、やっぱりここ、ちょっと分かりませんわね。」
クラリスが難しい顔でため息をつく。机には化学の問題集が広がっている。やや俯きがちに顔を傾ければ、銀糸の髪に留められた華奢な髪飾りがきらりと光った。一連パール付きの青いリボンである。遠足でハワードから貰ったそれは、次の日から欠かさずつけているお気に入りだ。
「ああ、その問題はかなりややこしい引っ掛けだから、最悪捨ててもいいと思うぞ、君なら他で挽回できるだろうし。ところでカミラ嬢、この現国の問題、アリサの心情が全く理解できん。なぜ選択肢ウが正解なんだ?文章に基づけばアじゃないのか?」
「……いや、アはないですわね。迷ってもイかしら……なんというか、小説は理屈じゃないから説明が難しいわ。男性はこういうのって苦手なのかしら…?」
「ハワードったら乙女心が分からないんだから。これはアリサが振り向いてくれない想い人に苛立ちを覚え、憤慨しているところでしょう!?」
「え?そうでしたの?わたくしったら、てっきり失意のどん底で悲しみにくれているのかと……」
「おいおい、君達の間でも意見が割れてるじゃないか!くそ、なぜここだけ解説が抜けているんだ!!いったい僕はどうやってアリサの気持ちを汲み取ればいいんだ!?」
「まあでもこの選択肢の中でしたら絶対にウですわね。」
「そうですわね。」
「ちくしょう!!!!」
ハワードの小さな叫びが閑散とした図書室に響く。図書委員の女生徒がキッとこちらを睨んだので、すかさず会釈を返して黙り込んだ。今日は土曜日なので、図書室はいつもより人が少ない。いるのはカウンターに座る図書委員と二階自習ブースに生徒数名、そして大きめのテーブルを陣取っているクラリス、カミラ、ハワードだけだ。
学校では期末テストが二週間後に迫っていた。そろそろ本腰を入れて対策を練らなければいけない。来週は各自で勉強に集中したいので、今日はお互いの苦手分野を教えあおうという名目で集まった。
遠足以来、クラリスはカミラとつるむことが増え、今や呼び捨てで呼び合う仲だ。ハワードも、彼女と仲良くなることを咎めなかった。遠足で少し話してみて信頼に足ると判断したのだろう。レシーヌ湖氷漬け事件のことはまだ少し気にしているようだが、あの発端はどう考えてもクラリスなので、カミラを責めるのはお門違いだ。
本日の勉強会を企画したのはハワードだ。元々、彼とクラリスはテスト前のこの時期にはよく一緒に勉強をしていた。それが先日、意外にもハワードの方から、カミラも呼んでみてはどうかと提案してきたのだ。おそらくまだカミラを信用しきれず、自分の身を案じているのだろう、そう思っていたのだが……
(何よ、さっきからカミラにしか質問してないじゃない。)
そう。ハワードはこの勉強会で、何か疑問があると絶対にカミラに尋ねるのだ。もっとも、それが理にかなっているのは自分でも承知しているのだが。前回のテストではクラリスは学年四位。カミラが一位でハワードが二位なので僅かに自分が劣っている。ちなみに三位はエリオットである。
加えて、ハワードの苦手分野は現国のみだ。現国であればこの三人の中ではクラリスがトップなのだが、いかんせん他人に説明するとなると、一番難しい科目である。評論は論理的に解釈できるのだが、小説はあまり理屈が通用しない。クラリスなどは、長年の読書経験によるある種の勘で解いているので、解説など求められても言葉に詰まってしまう。その点で、カミラはある程度分かりやすい説明を返せているのでたいしたものだ。最も、先ほどのように上手く回答できない場合もあるが。
「しかしカミラ嬢、誘っておいてなんだが、君は本当に良かったのかい?おそらく僕達から君に教えられるものなんてないだろうに。」
「いいえ。わたくしも人に説明することで改めて頭に内容が入ってくるので、勉強になりますわ。それに、現国などは皆の意見が聞けてなかなか面白いの。先ほどのクラリスの意見、あんな風に捉えることもできるのね。」
学年一位のカミラを呼ぶ際に懸念していたのは、彼女のお荷物にならないかということだった。しかし、どうやら問題ないらしい。元々優秀な生徒の集まりなので、あれもこれも質問攻めということもなければ、高難易度の疑問しか出てこない。また、分からないことが無い場合は、黙々と問題集を進めているので、大きな負担にはならないだろう。
しばらくすると十二時を告げる鐘が鳴った。図書室にいた数少ない生徒達が、一斉に外へ出る。
「僕たちも昼食にしようか。」
ハワードの言葉で、クラリス達も席を立った。
休日なので、食堂や購買はやっていない。その為、今日は学外で食事をとる必要があった。貴族学校なので、学生寮にも食堂はあるのだが、生憎皆違う寮である上、異性間での往来は禁止されている為、自然と外へ食べに行く流れとなった。
学校の周りには、飲食店をはじめ様々な店が立ち並んでいる。金を湯水のように使う貴族のお嬢様お坊ちゃま達は、どこの市場でも都合のいいカモだ。皆、少しでも多く金を落としてもらおうと、商品開発・改良に余念がない。おかげでこの辺りの店はどこもよいものが揃っているのだが。
「君達はどこか行きたいところはあるかい?」
「そうねえ……バーリーズカフェはどうかしら?あそこは席が広いし、メニューも豊富でおすすめよ。」
「ここからも近いしいいわね。そうしましょう。」
カミラの同意も得たことで、バーリーズカフェに向かう。ものの数分歩けば目的地にすぐ着いた。土曜日の昼時ということで混雑を予想していたが、幸い人気は少なかった。学校に近すぎる分、休日はかえって混まないのかもしれない。
ショーウィンドウに貼られたメニューを、上から順に眺める。店内に入れば厚紙のきちんとしたものが配られるのだが、新商品を分かりやすく載せてあるのはここは一番だ。アボカドサーモンの冷パスタに夏野菜カレー、蒸し鶏とトマトのさっぱりあえなど、夏らしいメニューが大きく取り上げられている。
(やっぱりアボカドサーモンかしら。)
クラリスがごくりと生唾を飲み込んだ時、ちょうどポスターのないウィンドウ越しに、見覚えのある顔が二つ見えた。途端、クラリスは顔をしかめる。
「うーん、やっぱりここ、ちょっと分かりませんわね。」
クラリスが難しい顔でため息をつく。机には化学の問題集が広がっている。やや俯きがちに顔を傾ければ、銀糸の髪に留められた華奢な髪飾りがきらりと光った。一連パール付きの青いリボンである。遠足でハワードから貰ったそれは、次の日から欠かさずつけているお気に入りだ。
「ああ、その問題はかなりややこしい引っ掛けだから、最悪捨ててもいいと思うぞ、君なら他で挽回できるだろうし。ところでカミラ嬢、この現国の問題、アリサの心情が全く理解できん。なぜ選択肢ウが正解なんだ?文章に基づけばアじゃないのか?」
「……いや、アはないですわね。迷ってもイかしら……なんというか、小説は理屈じゃないから説明が難しいわ。男性はこういうのって苦手なのかしら…?」
「ハワードったら乙女心が分からないんだから。これはアリサが振り向いてくれない想い人に苛立ちを覚え、憤慨しているところでしょう!?」
「え?そうでしたの?わたくしったら、てっきり失意のどん底で悲しみにくれているのかと……」
「おいおい、君達の間でも意見が割れてるじゃないか!くそ、なぜここだけ解説が抜けているんだ!!いったい僕はどうやってアリサの気持ちを汲み取ればいいんだ!?」
「まあでもこの選択肢の中でしたら絶対にウですわね。」
「そうですわね。」
「ちくしょう!!!!」
ハワードの小さな叫びが閑散とした図書室に響く。図書委員の女生徒がキッとこちらを睨んだので、すかさず会釈を返して黙り込んだ。今日は土曜日なので、図書室はいつもより人が少ない。いるのはカウンターに座る図書委員と二階自習ブースに生徒数名、そして大きめのテーブルを陣取っているクラリス、カミラ、ハワードだけだ。
学校では期末テストが二週間後に迫っていた。そろそろ本腰を入れて対策を練らなければいけない。来週は各自で勉強に集中したいので、今日はお互いの苦手分野を教えあおうという名目で集まった。
遠足以来、クラリスはカミラとつるむことが増え、今や呼び捨てで呼び合う仲だ。ハワードも、彼女と仲良くなることを咎めなかった。遠足で少し話してみて信頼に足ると判断したのだろう。レシーヌ湖氷漬け事件のことはまだ少し気にしているようだが、あの発端はどう考えてもクラリスなので、カミラを責めるのはお門違いだ。
本日の勉強会を企画したのはハワードだ。元々、彼とクラリスはテスト前のこの時期にはよく一緒に勉強をしていた。それが先日、意外にもハワードの方から、カミラも呼んでみてはどうかと提案してきたのだ。おそらくまだカミラを信用しきれず、自分の身を案じているのだろう、そう思っていたのだが……
(何よ、さっきからカミラにしか質問してないじゃない。)
そう。ハワードはこの勉強会で、何か疑問があると絶対にカミラに尋ねるのだ。もっとも、それが理にかなっているのは自分でも承知しているのだが。前回のテストではクラリスは学年四位。カミラが一位でハワードが二位なので僅かに自分が劣っている。ちなみに三位はエリオットである。
加えて、ハワードの苦手分野は現国のみだ。現国であればこの三人の中ではクラリスがトップなのだが、いかんせん他人に説明するとなると、一番難しい科目である。評論は論理的に解釈できるのだが、小説はあまり理屈が通用しない。クラリスなどは、長年の読書経験によるある種の勘で解いているので、解説など求められても言葉に詰まってしまう。その点で、カミラはある程度分かりやすい説明を返せているのでたいしたものだ。最も、先ほどのように上手く回答できない場合もあるが。
「しかしカミラ嬢、誘っておいてなんだが、君は本当に良かったのかい?おそらく僕達から君に教えられるものなんてないだろうに。」
「いいえ。わたくしも人に説明することで改めて頭に内容が入ってくるので、勉強になりますわ。それに、現国などは皆の意見が聞けてなかなか面白いの。先ほどのクラリスの意見、あんな風に捉えることもできるのね。」
学年一位のカミラを呼ぶ際に懸念していたのは、彼女のお荷物にならないかということだった。しかし、どうやら問題ないらしい。元々優秀な生徒の集まりなので、あれもこれも質問攻めということもなければ、高難易度の疑問しか出てこない。また、分からないことが無い場合は、黙々と問題集を進めているので、大きな負担にはならないだろう。
しばらくすると十二時を告げる鐘が鳴った。図書室にいた数少ない生徒達が、一斉に外へ出る。
「僕たちも昼食にしようか。」
ハワードの言葉で、クラリス達も席を立った。
休日なので、食堂や購買はやっていない。その為、今日は学外で食事をとる必要があった。貴族学校なので、学生寮にも食堂はあるのだが、生憎皆違う寮である上、異性間での往来は禁止されている為、自然と外へ食べに行く流れとなった。
学校の周りには、飲食店をはじめ様々な店が立ち並んでいる。金を湯水のように使う貴族のお嬢様お坊ちゃま達は、どこの市場でも都合のいいカモだ。皆、少しでも多く金を落としてもらおうと、商品開発・改良に余念がない。おかげでこの辺りの店はどこもよいものが揃っているのだが。
「君達はどこか行きたいところはあるかい?」
「そうねえ……バーリーズカフェはどうかしら?あそこは席が広いし、メニューも豊富でおすすめよ。」
「ここからも近いしいいわね。そうしましょう。」
カミラの同意も得たことで、バーリーズカフェに向かう。ものの数分歩けば目的地にすぐ着いた。土曜日の昼時ということで混雑を予想していたが、幸い人気は少なかった。学校に近すぎる分、休日はかえって混まないのかもしれない。
ショーウィンドウに貼られたメニューを、上から順に眺める。店内に入れば厚紙のきちんとしたものが配られるのだが、新商品を分かりやすく載せてあるのはここは一番だ。アボカドサーモンの冷パスタに夏野菜カレー、蒸し鶏とトマトのさっぱりあえなど、夏らしいメニューが大きく取り上げられている。
(やっぱりアボカドサーモンかしら。)
クラリスがごくりと生唾を飲み込んだ時、ちょうどポスターのないウィンドウ越しに、見覚えのある顔が二つ見えた。途端、クラリスは顔をしかめる。
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