模範解答は網羅済みです

米と麦

文字の大きさ
21 / 45

19.期末テスト (Ⅰ)

しおりを挟む
 遠足から早二週間。季節は七月に移り、どんよりと曇りがちな梅雨も明けた。空は雲ひとつない快晴で、瑞々みずみずしい青が頭上一面に広がっている。その色を羽の中央に映し出したアオスジアゲハが、中庭の花壇を舞っていた。それは、初夏の昼下がりを絵に描いたような日だった。

「うーん、やっぱりここ、ちょっと分かりませんわね。」

 クラリスが難しい顔でため息をつく。机には化学の問題集が広がっている。やや俯きがちに顔を傾ければ、銀糸の髪に留められた華奢な髪飾りがきらりと光った。一連パール付きの青いリボンである。遠足でハワードから貰ったそれは、次の日から欠かさずつけているお気に入りだ。

「ああ、その問題はかなりややこしい引っ掛けだから、最悪捨ててもいいと思うぞ、君なら他で挽回できるだろうし。ところでカミラ嬢、この現国の問題、アリサの心情が全く理解できん。なぜ選択肢ウが正解なんだ?文章に基づけばアじゃないのか?」
「……いや、アはないですわね。迷ってもイかしら……なんというか、小説は理屈じゃないから説明が難しいわ。男性はこういうのって苦手なのかしら…?」
「ハワードったら乙女心が分からないんだから。これはアリサが振り向いてくれない想い人に苛立ちを覚え、憤慨しているところでしょう!?」
「え?そうでしたの?わたくしったら、てっきり失意のどん底で悲しみにくれているのかと……」
「おいおい、君達の間でも意見が割れてるじゃないか!くそ、なぜここだけ解説が抜けているんだ!!いったい僕はどうやってアリサの気持ちを汲み取ればいいんだ!?」
「まあでもこの選択肢の中でしたら絶対にウですわね。」
「そうですわね。」
「ちくしょう!!!!」

 ハワードの小さな叫びが閑散とした図書室に響く。図書委員の女生徒がキッとこちらを睨んだので、すかさず会釈を返して黙り込んだ。今日は土曜日なので、図書室はいつもより人が少ない。いるのはカウンターに座る図書委員と二階自習ブースに生徒数名、そして大きめのテーブルを陣取っているクラリス、カミラ、ハワードだけだ。
 学校では期末テストが二週間後に迫っていた。そろそろ本腰を入れて対策を練らなければいけない。来週は各自で勉強に集中したいので、今日はお互いの苦手分野を教えあおうという名目で集まった。

 遠足以来、クラリスはカミラとつるむことが増え、今や呼び捨てで呼び合う仲だ。ハワードも、彼女と仲良くなることを咎めなかった。遠足で少し話してみて信頼に足ると判断したのだろう。レシーヌ湖氷漬け事件のことはまだ少し気にしているようだが、あの発端はどう考えてもクラリスなので、カミラを責めるのはお門違いだ。
 本日の勉強会を企画したのはハワードだ。元々、彼とクラリスはテスト前のこの時期にはよく一緒に勉強をしていた。それが先日、意外にもハワードの方から、カミラも呼んでみてはどうかと提案してきたのだ。おそらくまだカミラを信用しきれず、自分の身を案じているのだろう、そう思っていたのだが……

(何よ、さっきからカミラにしか質問してないじゃない。)

 そう。ハワードはこの勉強会で、何か疑問があると絶対にカミラに尋ねるのだ。もっとも、それが理にかなっているのは自分でも承知しているのだが。前回のテストではクラリスは学年四位。カミラが一位でハワードが二位なので僅かに自分が劣っている。ちなみに三位はエリオットである。
 加えて、ハワードの苦手分野は現国のみだ。現国であればこの三人の中ではクラリスがトップなのだが、いかんせん他人に説明するとなると、一番難しい科目である。評論は論理的に解釈できるのだが、小説はあまり理屈が通用しない。クラリスなどは、長年の読書経験によるある種の勘で解いているので、解説など求められても言葉に詰まってしまう。その点で、カミラはある程度分かりやすい説明を返せているのでたいしたものだ。最も、先ほどのように上手く回答できない場合もあるが。

「しかしカミラ嬢、誘っておいてなんだが、君は本当に良かったのかい?おそらく僕達から君に教えられるものなんてないだろうに。」
「いいえ。わたくしも人に説明することで改めて頭に内容が入ってくるので、勉強になりますわ。それに、現国などは皆の意見が聞けてなかなか面白いの。先ほどのクラリスの意見、あんな風に捉えることもできるのね。」

 学年一位のカミラを呼ぶ際に懸念していたのは、彼女のお荷物にならないかということだった。しかし、どうやら問題ないらしい。元々優秀な生徒の集まりなので、あれもこれも質問攻めということもなければ、高難易度の疑問しか出てこない。また、分からないことが無い場合は、黙々と問題集を進めているので、大きな負担にはならないだろう。

 しばらくすると十二時を告げる鐘が鳴った。図書室にいた数少ない生徒達が、一斉に外へ出る。

「僕たちも昼食にしようか。」

 ハワードの言葉で、クラリス達も席を立った。

 休日なので、食堂や購買はやっていない。その為、今日は学外で食事をとる必要があった。貴族学校なので、学生寮にも食堂はあるのだが、生憎あいにく皆違う寮である上、異性間での往来は禁止されている為、自然と外へ食べに行く流れとなった。
 学校の周りには、飲食店をはじめ様々な店が立ち並んでいる。金を湯水のように使う貴族のお嬢様お坊ちゃま達は、どこの市場でも都合のいいカモだ。皆、少しでも多く金を落としてもらおうと、商品開発・改良に余念がない。おかげでこの辺りの店はどこもよいものが揃っているのだが。

「君達はどこか行きたいところはあるかい?」
「そうねえ……バーリーズカフェはどうかしら?あそこは席が広いし、メニューも豊富でおすすめよ。」
「ここからも近いしいいわね。そうしましょう。」

 カミラの同意も得たことで、バーリーズカフェに向かう。ものの数分歩けば目的地にすぐ着いた。土曜日の昼時ということで混雑を予想していたが、幸い人気ひとけは少なかった。学校に近すぎる分、休日はかえって混まないのかもしれない。
 ショーウィンドウに貼られたメニューを、上から順に眺める。店内に入れば厚紙のきちんとしたものが配られるのだが、新商品を分かりやすく載せてあるのはここは一番だ。アボカドサーモンの冷パスタに夏野菜カレー、蒸し鶏とトマトのさっぱりあえなど、夏らしいメニューが大きく取り上げられている。

(やっぱりアボカドサーモンかしら。)

 クラリスがごくりと生唾を飲み込んだ時、ちょうどポスターのないウィンドウ越しに、見覚えのある顔が二つ見えた。途端、クラリスは顔をしかめる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

最近のよくある乙女ゲームの結末

叶 望
恋愛
なぜか行うことすべてが裏目に出てしまい呪われているのではないかと王妃に相談する。実はこの世界は乙女ゲームの世界だが、ヒロイン以外はその事を知らない。 ※小説家になろうにも投稿しています

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~

プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。 ※完結済。

処理中です...