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米と麦

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3.カミラ=ローゼンヴァルド(Ⅰ)

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***


 三棟ある女子寮のうち一番格式高いカメリア寮。その自室で、カミラは一人思い悩んでいた。

 (なぜあんなことしてしまったのかしら―)

 同級生に平手打ちするなんて。しかも相手はよりによって普段から仲の悪いクラリス=アインカイザーである。元々彼女のことは魔法学で敵対視していた。
 カミラも魔法は火、土、雷の三つも扱える優等生なのだが、さすがに五属性全てには敵わない。それに彼女は三属性使えるようになる為に、お抱えの家庭教師まで雇って血の滲むような努力をした。それなのに、クラリスときたら生まれながらの才能だけで全てを軽々扱えるのだからたまったもんじゃない。
 そういう訳で、カミラはクラリスのことをまったく好きになれなかった。加えて、食堂での出来事である。最初あの娘の受け答えを聞いた時には、この女は生粋の馬鹿じゃなかろうかと思ったが、よくよく考えれば彼女はあの時まだ食事中だった。そんな中、自室ならともかく学園の食堂であのいい子ちゃんが読書などするはずがない。

 (これは一杯食わされたかしら)

 実際はクラリスに助けられたのだが、ただでさえ人に借りを作るのが大嫌いなカミラが、よりにもよって大嫌いな女に余計な気遣いをかけられたのだ。エベレスト並みに高いプライドが黙っちゃくれなかった。
 とはいえあの時迷惑をかけたのは確かだ。それに勝手に貸しを作った気になられては困る。謝罪と、その三倍の嫌味を述べてやろうと奮起してあの教室まで行ったのだが、思わぬ方向に話がそれた。エリオットのことを悪く言われて頭に血が上ってしまった。いや、それだけではない。あの言葉に自分ですら動揺してしまったのだ。

 (それにしても、第二とはいえこの国の皇子をあんな風にいうなんて、頭大丈夫かしら?……意外と肝が座ってるのかもね。)

 少し呆れてしまう。勿論告げ口などする気は毛頭ないが。

 (それに、思ってたより変な子だった。……あんなに気味の悪い子だったかしら?)

 逆光による見間違いかもしれないが、フローラの話が出たあたりから彼女の目が爛々としているように見えた。嫌味を倍返ししている喜びとも取れるが、なんとなくそれは違うような気がした。彼女はもっと別のものを見ている。カミラには到底理解できない、もっももっと深い場所にある何かを――
 思わずぶるっと身震いをする。何を考えているんだ、そんな意味不明ことある訳ないじゃないか。…とはいえ、ウサギのような顔をして、なかなか腹の読めない女である。アルビノ娘を思い出しながら、今日の出来事をどう謝ろうかと考えあぐねていた。

 それにしても、嫌な事というのはなぜこうも続くのだろうか。カミラは机に置いた魔法便を見て溜息を漏らした。今朝方ポストに届いていたものだ。

 魔法便とは風魔法と機械を組み合わせて生み出したこの世界独特の郵便手段で、少し値段は上がるが普通の郵便より早く届く。

 いかにも高級そうな羊皮紙に、ご丁寧に封蝋まで施されている。差出人はフェルディナンド=ローゼンヴァルド、父だ。彼がわざわざ手紙をよこす時は大抵耳の痛い話が待っている。気がすすまないのをこらえてカミラは手紙の封を開けた。そこには週末実家に帰ってこい、と一言添えられていただけだった。

 (やっぱりね)

 また溜息が漏れる、これはきっとお小言だ。彼が要件を述べずに呼びつける時は、大概何かお咎めがある場合と決まっている。今日は金曜日、となると明日には帰らなくてはならない。そう思うともうげんなりした気持ちでいっぱいになった。おそらく食堂の件だろう。ああ、あの忌々しい出来事。この件でなぜこうも奔走しなければならなくなったのだろうか……いや、クラリスは別としても父の呼び出しくらい予想できたか。

 エリオットに近づく女など今までいくらでもいたし、彼が多少いい顔をしているのも何度だって見てきた。彼は皇子なので国民を適当に扱ったりできない。少しでも雑にあしらえば、次の日から謂れのない中傷に苦しむのは彼自身なのだから。それにエリオットだって一人の男だ。歳もまだ十七なったばかり。麗しいご令嬢達にもてはやされたら悪い気はしないだろう。まあ、あまりにそういう機会が多過ぎて、もう既に飽き飽きしているようだが。
 今まではそんな浅はかな連中は自分が軽くあしらってきた。得意な嫌味は封印し、感情的ではなく、あくまで冷静に、公爵令嬢として恥ずかしくない振る舞いをもって。なのに――

 (あの子は何故か違った。)

 フローラ=ミアー。彼女がエリオットに接触したきっかけは算段あってのことではない。たまたま合同授業で班が一緒になっただけだった。折角の合同授業なのだからと、教諭が気を利かせて違うクラスの者を交えた班を作るよう促したのだ。席が離れていたこともあり、カミラは近くの適当な班に入れてもらった(友達がいないので多少苦労したが)。エリオットの班は彼の友人のジム、そしてフローラと彼女の友人のマーゴットだったはずだ。
 その時は特に何も気にしていなかった。ああ、あれが例の娘か。庶民上がりというだけで色々嫌がらせを受けていると聞いていたので、むしろ少し気の毒に思うほどだった。

 (でも、この日を境にエリオットは変わっていった。)

 一週間ほど経ったある日、たまには一緒にランチでもと思いエリオットを探した。彼とは二、三週間に一度一緒に昼食をとる習慣があった。彼はこれをあまり望んでいなかったが、皇子とその婚約者として最低限の面子は守らなければならなかった。
 教室にいたジムにエリオットの行方を尋ねると、少し言葉を濁しながら中庭に行ったと教えてくれた。

 「もう昼休みも半分を過ぎたし、明日にしてみては?」

 そう付け加えた彼の提案を聞かず、中庭へ向かうことにした。あそこは花壇に色とりどりの花が植えられていて綺麗だが、男子生徒はあまり足を運ばない。随分珍しいところに行くものだと気になったからだ。
 中庭にたどり着くと、果たして彼はそこにいた。花壇で彩られた噴水のそばのベンチに腰を下ろしている。膝にはここら辺では見かけない、薄ピンクの手ぬぐいで包まれたお弁当が載っていた。

 (どこかから取り寄せたのかしら?)

 怪訝に思っていると、彼の元に少女が駆け寄るのが見えた。フローラだ。どうやらお手洗いに行っていたらしい。彼女の姿を捉えてエリオットは顔を綻ばせた。
 サッと、血の気が引くのがわかった。まさか、あそこで二人きりで昼食をとったのだろうか。いつも自分に女除けを任せるエリオットがなぜフローラは許したのか、あまつさえ婚約者である自分を差し置いて――そう思うと次は怒りで頬が紅潮した。ちぐはぐな身体の変化についていけず頭がクラクラする。なぜ二人きりでいるの?なぜ私は呼ばれないの?なぜエリオットはあんなに楽しそうな顔をしているの?頭の中がぐちゃぐちゃで冷静な判断が出来ず、気づいたらカミラは二人の前に飛び出していた。
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