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第四章 啼いて血を吐く魂迎鳥

第二十話 赤い着物の娘㈡

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「彼女たちはどっちがどっちとかないよ。俺たちが舞台で観た野鳥娘と人間発火娘は、同一人物だった」

 小弟までわからなくなってきた。

「二人の娘は、本当は一人しかいないと?」

 鶯出うぐいで巡査が困惑した顔で尋ねる。

「正しく言えば、兼任で交代制って感じだよね? 元日の湊稲荷みなといなりでの舞台に出たのは菖蒲あやめ太夫だゆうで、もずは子守係。二日目の靖国神社で菖蒲がずっと外にいたのなら、その日はもずの出番だったんだろう。左右に出入口が置いたあの小屋の造りでは、舞台下にいる芸人たちは仕事が終わるまで外に出られない」
「ええ、ですので、同じ年頃の娘が少なくとも三人いるのかと思っていました」
「わらべ屋に十二歳以上の娘は二人しかいないよ。俺の……いや、鶯出巡査殿の調査によるとね。だから仮面をかぶった野鳥娘は、人間発火娘と兼任できると気づいた」

 もずが先生の解説に応えた。
 
「そう。野鳥娘の出番が終わったら、仮面を取って、結った髪をほどいて、着物を着替えて、次は人間発火娘。それが終わればまた仮面をつけて野鳥娘。閉演するまで、途切れることなく繰り返し」

 自在に鳥のき声をさえずるだけあって、声まで菖蒲とそっくりだ。

「舞台の下は狭いし、人数は最低限にしないといけないの。うちは子どもの芸人を使っているから、体力がなくてすぐ熱をだしたり、病気したりする。だから誰でも代わりがつとまるように、全員がぜんぶの芸をおぼえるように教えてるんだよ。あたしと菖蒲は他に同じ年頃の子がいないから二人で回してる。そうしなきゃ子守とか芸の練習ができないもん」

 娘たちの外見がこれほど似ていた理由は判明した。芸を共有するために、髪型や化粧を寄せていたのだ。
 しかし、人間発火娘を演じるために、半身に覆う火傷まで再現しているとは驚愕である。

「その傷、一日や二日でつけられるものじゃないよね」
「うん。最初はお化粧だったけれど、やっぱりお客さんにはすぐばれちゃう。本物の人間発火娘をだせって何回もヤジを飛ばされたよ。偽物でいるのは嫌だった。『本物のばけもの』になりたかったから、一年以上かけて、少しずつ皮膚を焼いていったんだ。ここまで広げるのはすごく大変だったんだよ。でも、菖蒲を守るためなら耐えられるの」

 自ら傷を負うのが、どうして守ることに繋がるのか、やはり小弟には理解できない。
 だが、最初から彼女たちは理解の範疇の外側で生きていた。

 昨日もずに拒絶の言葉を投げつけられたのを思いだす。
 わかったふりをするよりは、理解できないそのままを受け止めたほうがいい。
 少女の言葉にきちんと耳を傾けよう、と思った。 

「じゃあ、頑張って習得した火芸の種を教えてほしいな。袋にはいっているそれ?」

 先生が指をさした先にあるのは麻のずた袋。なたにばかり注意が向いていてさほど気にしていなかった。
 硝子がらす同士がぶつかるような、かちゃかちゃとした音が鳴っている。

「こんな危ないの、舞台で使うわけないでしょ」
「危険だって知っているんだ? 民家で爆発を起こしたときに使ったから?」

 途端にもずが押し黙る。
 警戒心を隠そうともせず、兎田谷先生を睨みつけた。

「なんでわかったの? が放火の犯人だって」
「そりゃあね。博徒の親玉を怒らせるくらい派手にやっていたら、嫌でも繋がるよ」

 遠くで叉崎さざき一派の下っ端たちの怒号が聴こえている。
 出入口を押さえ終えたら、境内の中心であるここまでやってくるのも時間の問題だろう。

「おい、どういうことだ。まさかこんな子供が犯人だってのか!?」
「そう。鶯出巡査殿の推理は──残念ながら、めちゃくちゃに的外れだったんだよねぇ」
「その袋には……なにがはいっている?」

 会話に割り込んできた鶯出巡査を感情の宿らない瞳で見据え、もずはずた袋に入っている二つの硝子瓶をこちらに見せた。

「赤い粉と、白い粉」

 無邪気にも感じられるほど澄んだ声で発せられたそれらの単語は、響きも相まって、まるで御伽おとぎに登場する魔術の名みたいに聞こえた。

「赤い粉は紅殻べんがら。白い粉はアルミニュームの粉末だよ」
「紅殻って、漆塗りとかに使われるやつか?」
「そう。土の中で鉄が酸化して赤くなった鉱物で、顔料などに使用される。烏丸からすまるが見た水に浮かぶ血文字にもおそらく使われていたね」

 証券インキに混ぜていると先生が解説していた、赤い塗料だ。

「アルミはあれか、弁当箱とか水筒の」
「そうだよ。アルミュームを日用品に加工するときにでる細かな粉。佐世させ綴造ていぞうの製造工場に伝手つてがあるなら入手の機会はある。腹違いの兄たちが菖蒲太夫に見学させていたと言っていたしね。さあ、二種類の粉を混ぜて火をつけるとどうなるか」

 先生は寒さで合わせていた両手を離し、「ばーん!」と声をあげた。

「白い光を放ちながら、激しい炎が一気に噴き上がる!」
「な、しかし、そんな痕跡はなかったが……」
「この反応のあとに残るのは鉄だよ。破損した羽釜と一体化して、見た目じゃわからなかった。放火事件として扱われていればもうちょっと入念に調査されて判明していたかもしれないけれどさ。大きな爆発音はなかったようだし、白い閃光という目撃談も気に掛かっていた」

 得意顔でふんぞり返り、巡査を煽る。

「犯人はわかっていたが、手段の確証が欲しくてね。彼女らが見世物小屋でアルミニュームを様々な仕掛けに使っていたのを思いだして、どうにか利用できないかと考えてたどり着いたんだ。比較的新しい工業製品だから、巡査殿でも詳しくは知らないよね。いやぁ、三年も調べていたのに一見しただけの俺が解明しちゃって悪いね!」
「アンタはよく知っているな……。一般常識には疎いくせに」
「今日の半日を使って大学の図書館で調べていたんだよ。理工科の教授にも話を聞いてきた。お国は軽銀を軍事利用しようと必死に研究しているところだから、詳しい専門家がいて助かったよ。帰りに新橋に寄って叉崎一派に情報を流し、ここにきたってわけ」

 めずらしく朝早く出かけたと思っていたが、まさかそんな調査をしていたとは小弟も知らなかった。

「私が寝ているあいだそんなことを……。先生、もしかして仕事熱心だったのか?」
「探偵小説に使えそうな種だったから。これで新作もばっちり、本業にも活かして一石二鳥さ!」
「努力を称えて、次の本がでたら買ってやるよ……」

 先生は人が知らない知識や推理の結果を、どうだとばかりに披露するのが好きである。
 普段は怠惰だが、得意顔をするためなら案外努力をしたりする。
 だが、いまはそれどころではないので止めにはいることにした。

「あの、お二人とも。叉崎たちがいつやってくるかわかりません。話を進めませんか」
「いま新作の宣伝活動中なんだが……」
「書きあげてからにいたしましょう」
「まあ、それもそうだ」

 先生はしかたないといったふうに、もずに向きなおった。

「そんなわけで、アルミニューム粉末は可燃性の超危険物だ。飛散させれば粉塵ふんじん爆発も起こるし、水に反応するだけでも水蒸気爆発しかねない。一歩間違えれば死人がでるか、一帯が全滅していたよ。確実に全焼させて証拠を残さないようにしたんだろうが、子どもがやることは歯止めが利かなくて怖いねぇ」

 袋の中で音を立てていた硝子瓶が、鉈よりはるかに危険なものだとは。
 先生の挑発と取られかねない言葉にも冷や汗がでる。

「あとは時間調整のための仕掛けもしていたよね。二本の竹筒を使ったのはなんとなく想像できるけれど、鹿威ししおどしを作ったのかな?」
「鹿威し? 池にある、あれか?」

 巡査の問いかけに対し、もずは素直に頷いた。

「そう。青い竹って簡単には燃えないから、半分に切った片側に炭火をいれて、もう一本は水道から水がちょろちょろ流れ込むようにする。水が一杯になったら傾いて、炭火がはいったほうの竹のお尻が持ちあがる。お釜に炭が落ちて、混ぜた粉に火がつく。──そして、白い火柱が噴きあがる」

 燃え残るのが火吹竹ひふきだけと鉄ならば、かまどにあっても不自然ではない。
 痕跡を最小限に留めるための方法だ。

「鹿威しの連鎖! 水道から落ちる水の量で、発火するまで時間を調整できるってわけだ」
「すごい勢いで燃えるから逃げる時間がないと危ないし、家から離れて『声』の準備も必要だったから」
「火事の最中に聴こえる子どもの声は、傘を使って? 焼け跡に落ちていたよ」
「うん。傘で作ったパラボラ集音装置」

 もずは手に持っていたこうもり傘を開き、内側を見せた。

 ごく薄く延ばした銀色の板。これもアルミだろう。
 音が反射しやすい素材を使い、放射面パラボラに沿って音が跳ね返る現象を利用して一点に集め、まっすぐ飛ばす。
 二つあれば糸のない糸電話のように、遠くからひそかに会話ができる。

 見世物小屋で兎田谷先生に音の原理を教えてもらってから小弟なりにうちにある本で調べたため、いまなら理解できる。

「玄関に傘を置いておいて、誰かが近づいたら、離れた場所から声を伝えていたの。ちゃんと角度を合わせれば三十尺(十メートル)くらいは聴こえるよ。あたしと菖蒲はいつも遊びに使ってる。内緒話とかね、こっそりお喋りするんだ。鳥の声で合図を出したりもするよ」

 傘の残骸なら一昨日の火事現場にもあった。
 住民の夫婦はそれを取り上げて首を傾げていたが、単に使えなくなった物に対する反応だと思っていた。
 見覚えのない傘を見つけたせいだったのだ。

「それで、晴れているのにいつも傘を差しているのか。骨がまっすぐな和傘より、湾曲した西洋傘のほうが音を集めやすいってわけだ。アルミの音響効果は呼び込みにも使っていたもんねえ。面白いことするよねぇ~」

 鶯出巡査が、目を輝かせている兎田谷先生の脇腹を軽くこづいた。

「あまり感心するな。人死にがでていないからいいものの……文士って生き物は本当に不謹慎だよな。だから『赤い着物の女』が現場でたびたび目撃されていたのか。きみだったんだな」
「これしかないもん、着物」

 もずを聞きながら、小弟は疑問を抱えていた。

 この娘は、どうして聞かれたことすべてに答えるのだろう。
 いわば犯罪の手段であり、普通であればもっと隠そうとするのではないか。

 昨晩の印象を思いだす限り、もずという娘はかなり激高しやすい性格のようだ。
 いまは自暴自棄になっているか、まるで自分で考えることをいっさい放棄しているように感じた。心がここにいような……。

 どれも合っているようで、しっくりこない。
 もっと耳を傾けなければならないと、小弟は問いかけた。
 
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