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第四章 啼いて血を吐く魂迎鳥
第十八話 佐世邸㈡
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佐世綴造の自宅は、銀座通りを抜けた有楽町方面にあった。
さすがは時代の尖端をいくアルミニューム製造の寵児だ。
趣味のいい庭園があり、広さも申し分ない。邸宅は疑洋風で瓦屋根の敷かれた洋館が二棟ある。家と庭はどちらも豪華で広大だった。
外観を眺めるだけで佐世が裕福なのは疑いようもない。
兎田谷先生があらかじめ用意していたらしい佐世家の情報を教えてくれた。
いつも働いていないように見えるが、こんなところは如才ない男だ。
「家族構成は綴造と本妻、三人の息子。上の二人は綴造の会社で働いていて、すでに既婚。孫も一人いる。三男は第一高等学校に在学中。離れの洋館は長男一家のために建てたようだ。次男には郊外の工場を任せ、近くに住居も購入してやっている」
「一族郎党、暮らしに困っている様子は一切窺えないな。跡取りにも恵まれ、後継者争いが勃発している様子もない」
妾への支援を断ち切った理由が経済的な事情ではないのはたしかだ。
胡散臭い探偵は後ろに引っ込んでもらい、私が門番に『正月で軽犯罪が多発しているため、治安維持のため捜査にご協力を』と頼んで中にいれてもらった。
通された応接室で、口を酸っぱくして言った。
「いいか。私が話すから、ただの善良な市民のふりをしておいてくれ。背後に控えているのすら怪しいがこの際しかたない」
「ふりだって? 俺が善良な市民じゃなければ、いったいなんだというのかね」
不服そうな探偵を端に座らせて、主人の登場を待った。
しばらくして使用人が戻ってきた。
「旦那様は来客のご対応でお時間が作れません。代わりに奥様が少しなら構わないとおっしゃっておられますが、よろしいでしょうか」
「ああ。忙しい時期に申し訳ない」
家人を呼びにいった女中を見送ると、探偵はうきうきと指を鳴らした。
「しめた、奥方か」
「なにがだ。妾のことなら旦那のほうが詳しいだろ」
「竜子さんは本妻公認だったと話していたが、本当だと思うかね」
「んー、まあ、妾を良く思っている本妻のほうがめずらしいんじゃないか。勝手に開き直っていた可能性もある」
「そうだろう。末っ子はまだ学生で、菖蒲とほとんど歳が変わらない。竜子を囲っているあいだも夫婦仲は冷えていなかったのなら、奥方は世間体を気にして口を噤んでいただけかもしれない」
「だからなんだっていうんだ」
聞き返しつつ、ありそうな話だとも思った。
「情報を引き出すなら奥方が適任って話さ。妾を良く思っておらず、しかも長年我慢していたとしたら鬱憤も溜まっているはず。感情的になったほうが口は滑る。俺たちは通りすがりで、二度と会わないであろう相手だ。心さえひらいてもらえれば本音を吐きだすにはもってこいだ。お膳立てするから、鶯出巡査殿は隣でひたすら共感と同情だけしていてくれればいい」
「あ、ああ、わかった」
ついさっき私が話すから黙っていろと宣言したはずだが、いつのまにか逆転していた。
おそらく泥棒だけではなく詐欺師の才能もある。
やがてゆっくりと扉がひらき、佐世家の本妻があらわれた。
兎田谷先生は立ち上がって帽子を取り、青年紳士然とした礼をした。
「佐世夫人、お時間をいただき感謝します」
「佐世の妻です。息子たちも不在ですので、私でお役に立てるかわかりませんが」
品よく深いお辞儀を返しながらも、こちらを窺っている。上目遣いの瞳にやや警戒の色が見えた。
「俺は探偵の兎田谷朔。こちらの鶯出巡査殿と『とある事件』を追っていてね。善良なる東京市民の皆様に捜査協力をお願いしているのですよ」
佐世家に大事があったのではなく、あくまでも聞き込みの一環だと諭す口調。
警官と探偵がつるむことなど本来はないのだが、本物の巡査である私がいる以上、一般人はその説明で納得してくれるはずだ。
念を押して警察手帖をさりげなく見せた。
私のほうに視線を移し、黒い手帖を確認する。少しは安心したのかようやく正面の椅子に座った。
佐世夫人は、華美ではないが上品で仕立てのいいくすんだ藤色の着物に身を包んでいた。
先生の資料によると年齢はまだ四十五。六十路に差し掛かっている佐世とは十以上も離れている。
年相応の落ち着きはあるが、おっとりとして典型的なお嬢様といった雰囲気だ。
竜子とはまったくの正反対である。
この奥方が、竜子と気が合うとは思えない。年が近いぶん対抗心も沸くだろう。むしろ水と油のごとく相容れなかったのではないか。
まだ若く美しい時分、三人の子どもにも恵まれた幸せの盛りに、夫が外で妾を囲ったのだとしたら──さらには庶子まで作ったとなると、本当に納得して公認しただろうか。
兎田谷先生の偏見に満ちた推測も、あながち外れていないかもしれないと、そちらを振り向くと──
「早速で申し訳ないが、籠口竜子という女性をご存知ですね?」
やはり勝手に話を進めていた。
その名を聞いて、身構えていた佐世夫人の眼の色が変わった。
決して好意ではない色。軽蔑。嫌悪。
憎悪とまで感じないのは、少しばかり混じる本妻の余裕と優越感か。
「近所の奥様方にも同じように聞いてみましたが、あまり評判の良くないご婦人みたいですね。どんな人物なのか、知っていることを教えてほしいんですよ」
「あの女──失礼、あの方、なにか事件でも起こしたのですか。警察が追っていらっしゃるの?」
「いやぁ、そういうわけでは……。守秘義務で詳細は説明できなくてだね……ええっと、ただ参考に聞いて回っているだけですよ。ごにょごにょ」
わざとらしく視線を泳がせ、こちらに目配せまでする。
しかたがないので黙って頷いてやると、奥方は心得たといわんばかりの表情をしていた。
一方的に問い詰めるより、曖昧に隠して自分で察してもらったほうが共犯めいた気持ちが湧いて心をひらきやすい。
現に奥方の緊張はだいぶ解けたようだ。
「うちの主人は、若い頃から真面目な仕事人間だったんです。その反動なのかしら、中年を過ぎてから芸者になんか入れ込んでしまって──竜子は両親もおりませんし、恵まれない生まれだとかで、なにかと同情しては次々とお金を引き出され──」
「うん、うん」
ああ、これは長くなるなと、出された茶に口をつける。
「そりゃあうちも困窮しているわけではありませんから、金銭の面はいいのよ。妾の一人や二人、素知らぬふりをするのが良妻なんだと周囲に説得され、我慢してきたんです。成功の証だの男の甲斐性だのと言われて。でも、あちらに女児が生まれたときの、あの女の勝ち誇った顔といったら──」
「おたくはたしか、男兄弟でしたっけね。跡取りのご長男と下に二人」
喋っているうちに興が乗ってきたようで、勢いを増してきた。
「そうよ。結婚したときはとにかく男児を産めと親族がうるさかったのに、三人産んだあとは男ばかりで華がない、一人くらい女児もほしいなんて、蚊帳の外から勝手ばかり言われるのだからたまらないわ。主人も、女の子を欲しがっておりましたし。ああ、こんなこと、いままで誰にも……」
「もちろん、どこにも漏らしやしませんよ。ご主人にも、ご親族の方にも。我々が追っている件とは無関係ですし、なにしろ探偵と警察なんで秘密は守りますとも。ね、巡査!」
「あ、ああ……。奥方も、大変な気苦労されたんですな」
労いの言葉をかけると、佐世夫人は満足げに話を続けた。
「そう、うちは女の子がいないの。だから、あの女の娘……菖蒲というんですけど、主人はとても可愛がっていたのよ」
竜子の名は口に出すのも嫌そうなのに、菖蒲を呼ぶときの声は幾分柔らくなったような気がした。
「十年以上もあの女と関係を続けていたのは、菖蒲のためです。でなければ、品性も教養もない芸者女なんて、とうに縁を切っていたはずだわ。主人はうちの家から菖蒲をお嫁に出したがっていて、養女にする話も出ていたんです。私も正式に引き取るのなら面倒を見ても構わないと思っていました」
「素晴らしい! 奥方は妾の子にまで手を差し伸べる、慈悲の心の持ち主だ!」
徐々に兎田谷先生の反応が大袈裟になっていってひやひやしたが、佐世夫人は自分の話に夢中でさほど気にしていないようだった。
「私に妾への憎しみや嫉みがなかったとはいえば嘘になりますが、菖蒲は……あの子はほんとうに良い子でした。あんな女の腹から産まれたとは思えないくらい……。あら、失礼。つい言葉が悪くなってしまうわ」
「どうぞ、お気になさらず! どんどん吐きだして構いませんよ」
「時折あの子だけをうちに連れてくるときがあって、私も人間ですから最初は受け入れがたかったのです。でも、主人や息子たちが気に掛けるのも無理はないとわかりました。子どもなのに可哀想なくらい私に遠慮していましたよ。お菓子をあげると、お礼にって摘んだお花をくれたんです。息子たちも実の妹同様に接していましたし、とても賢い子で、化学や生物に興味があって、よくアルミニューム工場も見学させてやっていたわ」
話を聞いているうちに、私自身も目の前の女性が憐れになってきた。
周囲がそんな態度ではいままで愚痴を漏らすこともできず、相当腹に据えかねていたのだろう。
「嗚呼、どうしてあんな女が産んだ娘なのに、あの子は可愛いのかしら。私にも娘いれば、親族にうるさく口をだされることも、あの女に勝ち誇った態度を取られることもなかったのに……。主人だって、あんなに家を空けることもなく……」
佐世夫人は顔色を曇らせて、湯呑みを取った。
さすがは時代の尖端をいくアルミニューム製造の寵児だ。
趣味のいい庭園があり、広さも申し分ない。邸宅は疑洋風で瓦屋根の敷かれた洋館が二棟ある。家と庭はどちらも豪華で広大だった。
外観を眺めるだけで佐世が裕福なのは疑いようもない。
兎田谷先生があらかじめ用意していたらしい佐世家の情報を教えてくれた。
いつも働いていないように見えるが、こんなところは如才ない男だ。
「家族構成は綴造と本妻、三人の息子。上の二人は綴造の会社で働いていて、すでに既婚。孫も一人いる。三男は第一高等学校に在学中。離れの洋館は長男一家のために建てたようだ。次男には郊外の工場を任せ、近くに住居も購入してやっている」
「一族郎党、暮らしに困っている様子は一切窺えないな。跡取りにも恵まれ、後継者争いが勃発している様子もない」
妾への支援を断ち切った理由が経済的な事情ではないのはたしかだ。
胡散臭い探偵は後ろに引っ込んでもらい、私が門番に『正月で軽犯罪が多発しているため、治安維持のため捜査にご協力を』と頼んで中にいれてもらった。
通された応接室で、口を酸っぱくして言った。
「いいか。私が話すから、ただの善良な市民のふりをしておいてくれ。背後に控えているのすら怪しいがこの際しかたない」
「ふりだって? 俺が善良な市民じゃなければ、いったいなんだというのかね」
不服そうな探偵を端に座らせて、主人の登場を待った。
しばらくして使用人が戻ってきた。
「旦那様は来客のご対応でお時間が作れません。代わりに奥様が少しなら構わないとおっしゃっておられますが、よろしいでしょうか」
「ああ。忙しい時期に申し訳ない」
家人を呼びにいった女中を見送ると、探偵はうきうきと指を鳴らした。
「しめた、奥方か」
「なにがだ。妾のことなら旦那のほうが詳しいだろ」
「竜子さんは本妻公認だったと話していたが、本当だと思うかね」
「んー、まあ、妾を良く思っている本妻のほうがめずらしいんじゃないか。勝手に開き直っていた可能性もある」
「そうだろう。末っ子はまだ学生で、菖蒲とほとんど歳が変わらない。竜子を囲っているあいだも夫婦仲は冷えていなかったのなら、奥方は世間体を気にして口を噤んでいただけかもしれない」
「だからなんだっていうんだ」
聞き返しつつ、ありそうな話だとも思った。
「情報を引き出すなら奥方が適任って話さ。妾を良く思っておらず、しかも長年我慢していたとしたら鬱憤も溜まっているはず。感情的になったほうが口は滑る。俺たちは通りすがりで、二度と会わないであろう相手だ。心さえひらいてもらえれば本音を吐きだすにはもってこいだ。お膳立てするから、鶯出巡査殿は隣でひたすら共感と同情だけしていてくれればいい」
「あ、ああ、わかった」
ついさっき私が話すから黙っていろと宣言したはずだが、いつのまにか逆転していた。
おそらく泥棒だけではなく詐欺師の才能もある。
やがてゆっくりと扉がひらき、佐世家の本妻があらわれた。
兎田谷先生は立ち上がって帽子を取り、青年紳士然とした礼をした。
「佐世夫人、お時間をいただき感謝します」
「佐世の妻です。息子たちも不在ですので、私でお役に立てるかわかりませんが」
品よく深いお辞儀を返しながらも、こちらを窺っている。上目遣いの瞳にやや警戒の色が見えた。
「俺は探偵の兎田谷朔。こちらの鶯出巡査殿と『とある事件』を追っていてね。善良なる東京市民の皆様に捜査協力をお願いしているのですよ」
佐世家に大事があったのではなく、あくまでも聞き込みの一環だと諭す口調。
警官と探偵がつるむことなど本来はないのだが、本物の巡査である私がいる以上、一般人はその説明で納得してくれるはずだ。
念を押して警察手帖をさりげなく見せた。
私のほうに視線を移し、黒い手帖を確認する。少しは安心したのかようやく正面の椅子に座った。
佐世夫人は、華美ではないが上品で仕立てのいいくすんだ藤色の着物に身を包んでいた。
先生の資料によると年齢はまだ四十五。六十路に差し掛かっている佐世とは十以上も離れている。
年相応の落ち着きはあるが、おっとりとして典型的なお嬢様といった雰囲気だ。
竜子とはまったくの正反対である。
この奥方が、竜子と気が合うとは思えない。年が近いぶん対抗心も沸くだろう。むしろ水と油のごとく相容れなかったのではないか。
まだ若く美しい時分、三人の子どもにも恵まれた幸せの盛りに、夫が外で妾を囲ったのだとしたら──さらには庶子まで作ったとなると、本当に納得して公認しただろうか。
兎田谷先生の偏見に満ちた推測も、あながち外れていないかもしれないと、そちらを振り向くと──
「早速で申し訳ないが、籠口竜子という女性をご存知ですね?」
やはり勝手に話を進めていた。
その名を聞いて、身構えていた佐世夫人の眼の色が変わった。
決して好意ではない色。軽蔑。嫌悪。
憎悪とまで感じないのは、少しばかり混じる本妻の余裕と優越感か。
「近所の奥様方にも同じように聞いてみましたが、あまり評判の良くないご婦人みたいですね。どんな人物なのか、知っていることを教えてほしいんですよ」
「あの女──失礼、あの方、なにか事件でも起こしたのですか。警察が追っていらっしゃるの?」
「いやぁ、そういうわけでは……。守秘義務で詳細は説明できなくてだね……ええっと、ただ参考に聞いて回っているだけですよ。ごにょごにょ」
わざとらしく視線を泳がせ、こちらに目配せまでする。
しかたがないので黙って頷いてやると、奥方は心得たといわんばかりの表情をしていた。
一方的に問い詰めるより、曖昧に隠して自分で察してもらったほうが共犯めいた気持ちが湧いて心をひらきやすい。
現に奥方の緊張はだいぶ解けたようだ。
「うちの主人は、若い頃から真面目な仕事人間だったんです。その反動なのかしら、中年を過ぎてから芸者になんか入れ込んでしまって──竜子は両親もおりませんし、恵まれない生まれだとかで、なにかと同情しては次々とお金を引き出され──」
「うん、うん」
ああ、これは長くなるなと、出された茶に口をつける。
「そりゃあうちも困窮しているわけではありませんから、金銭の面はいいのよ。妾の一人や二人、素知らぬふりをするのが良妻なんだと周囲に説得され、我慢してきたんです。成功の証だの男の甲斐性だのと言われて。でも、あちらに女児が生まれたときの、あの女の勝ち誇った顔といったら──」
「おたくはたしか、男兄弟でしたっけね。跡取りのご長男と下に二人」
喋っているうちに興が乗ってきたようで、勢いを増してきた。
「そうよ。結婚したときはとにかく男児を産めと親族がうるさかったのに、三人産んだあとは男ばかりで華がない、一人くらい女児もほしいなんて、蚊帳の外から勝手ばかり言われるのだからたまらないわ。主人も、女の子を欲しがっておりましたし。ああ、こんなこと、いままで誰にも……」
「もちろん、どこにも漏らしやしませんよ。ご主人にも、ご親族の方にも。我々が追っている件とは無関係ですし、なにしろ探偵と警察なんで秘密は守りますとも。ね、巡査!」
「あ、ああ……。奥方も、大変な気苦労されたんですな」
労いの言葉をかけると、佐世夫人は満足げに話を続けた。
「そう、うちは女の子がいないの。だから、あの女の娘……菖蒲というんですけど、主人はとても可愛がっていたのよ」
竜子の名は口に出すのも嫌そうなのに、菖蒲を呼ぶときの声は幾分柔らくなったような気がした。
「十年以上もあの女と関係を続けていたのは、菖蒲のためです。でなければ、品性も教養もない芸者女なんて、とうに縁を切っていたはずだわ。主人はうちの家から菖蒲をお嫁に出したがっていて、養女にする話も出ていたんです。私も正式に引き取るのなら面倒を見ても構わないと思っていました」
「素晴らしい! 奥方は妾の子にまで手を差し伸べる、慈悲の心の持ち主だ!」
徐々に兎田谷先生の反応が大袈裟になっていってひやひやしたが、佐世夫人は自分の話に夢中でさほど気にしていないようだった。
「私に妾への憎しみや嫉みがなかったとはいえば嘘になりますが、菖蒲は……あの子はほんとうに良い子でした。あんな女の腹から産まれたとは思えないくらい……。あら、失礼。つい言葉が悪くなってしまうわ」
「どうぞ、お気になさらず! どんどん吐きだして構いませんよ」
「時折あの子だけをうちに連れてくるときがあって、私も人間ですから最初は受け入れがたかったのです。でも、主人や息子たちが気に掛けるのも無理はないとわかりました。子どもなのに可哀想なくらい私に遠慮していましたよ。お菓子をあげると、お礼にって摘んだお花をくれたんです。息子たちも実の妹同様に接していましたし、とても賢い子で、化学や生物に興味があって、よくアルミニューム工場も見学させてやっていたわ」
話を聞いているうちに、私自身も目の前の女性が憐れになってきた。
周囲がそんな態度ではいままで愚痴を漏らすこともできず、相当腹に据えかねていたのだろう。
「嗚呼、どうしてあんな女が産んだ娘なのに、あの子は可愛いのかしら。私にも娘いれば、親族にうるさく口をだされることも、あの女に勝ち誇った態度を取られることもなかったのに……。主人だって、あんなに家を空けることもなく……」
佐世夫人は顔色を曇らせて、湯呑みを取った。
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