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第四章 啼いて血を吐く魂迎鳥
第八話 幻想の条理㈡
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──さあさ、お待たせいたしました。一座で二番人気の野鳥娘です。
この娘が生まれました処は蝦夷地の山間にある農村。産婆が取りあげたときには全身が羽毛で覆われ、怪鳥の如き啼き声をあげたと聞き及びます……。
産湯につけてみるとこれまた面妖。頭は人間、躰はまるで鳥そのもの。
声が五月蝿いと小鳥の舌を切った祖先の因果が娘に報いて、憐れにも半人半鳥の姿で生まれてしまったのです……。
されどこの醜い娘、唄を囀りますれば、まさに百の声色を持つ百舌鳥の如し。野鳥娘・もずの登場でございます……。
舞台に登場した檻の中には少女が座っていた。
外で傘を差していた娘と同じくらいの背格好で、これまでに登場した一座の女児たちよりも幾分年上である。
鳥の顔を模したお面を被り、羽毛をつぎはぎした極彩色の打掛を身に着けている。
なんということはない、鶏かなんかの羽を染色して縫いつけているだけだ。これで半人半鳥と言い張るとは、はったりもいいところの粗末な衣装である。
そう思っていると、どこからか聞き慣れたうぐいすの啼き声がした。
観客のぎっしり詰まった屋内でもはっきりと明確に響いている。
耳をすますと、野鳥娘なる少女から発せられた声なのであった。
──夜さりに啼くはちんちん千鳥。春を告げる鶯。空へ揚がる雲雀。石を叩くは和合の鶺鴒。そして、啼いて血を吐く不如帰。
山へ出かけずとも、野鳥娘のもずにかかればいつでも春夏秋冬、それぞれの季節しか楽しめないはずの野鳥の声を楽しめるのです……。
チチチチ。ホーホケキョ。ピーチクパーチク。チヨチヨ。キョッ、キョキョキョ。
小鳥の歌に合わせて太鼓とハモニカがメロディを奏でる。
本物の鳥が囀っているとしか思えない。
物まね鳥として名高い百舌鳥を名乗るのにふさわしい、見事な芸だった。
「ああ、これはいいですね。とても可愛らしい」
逸話で語られたような恐ろしさや悲壮感はなく、檻にはいっていることさえ除けば安心して見ていられる。
好奇で興奮していた観客たちの空気もどことなく柔らかくなった。
ハミングで童謡を何曲か唄い、盛大な拍手とともに野鳥娘の出番は終わった。
🐾🐾🐾
そのあと脚がいくつも生えた蛸娘を見ている最中、観客の合間をかいくぐって、鶯出巡査がひょっこり顔をだした。
話し声をかき消されそうなざわめきのなか、短い報告を聞く。
「赤子が泣きだして、傘の娘は一座のテントに入っていったよ。人間発火娘はこれからすぐ出番なんだろ。別人だったみたいだな」
ここまで鑑賞していて気づいたが、芸人はみな舞台の下で待機しているようだ。道具を置いたり、人が潜ったりできるだけの空間が空いているのだろう。
背面にある衝立で隠してはいるが、出番のたび、さりげなく上と下を行き来している様子がうかがえた。
舞台を挟む格好で左右に入口と出口があり、小さな小屋だけに他に扉はな見当たらない。芸人たちが外に出るにも客と同じ出入口を使うしかない。
この構造を見るかぎり、一旦見世物がはじまってしまえば閉演まで誰にも見られず出入りするのは難しい。
ならば、傘の娘とこれから登場するはずの人間発火娘は無関係だ。
「一座のテントに戻ったのなら、あの娘もわらべ屋の関係者には違いないのでしょうが……」
「裏方とか子守係なのかもな」
もともと、年頃や特徴が似ていたから気に留めただけだった。
火傷痕があるとあらかじめ情報を得ていた太夫を確認するほうが優先である。
先生と小弟は入口のすぐ近くに立っていたはずだが、次々と小屋に入ってくる客に押されて、いつのまにか少しずつ舞台の正面に移動していた。
──みなさま、お待ちかね。わらべ屋の一番人気、あの太夫がやってまいります。
歓声と拍手に包まれるなか、後ろの客が連れとはじめた会話が耳にとまり、それとなく傾けた。
「今日は彼女の出演日で当たりだったな」
「ああ。ここ一年、出番がない日もあったから。事前に調べておいてよかったよ」
一座には熱心な追っかけもついているらしい。見たところ裕福そうな若者たちなのが意外だった。
お目当てはやはり次に登場する太夫のようで、人気の高さがうかがえた。
「もったいないよなぁ。この人間発火娘が今年の三箇日で終わりなんて」
「親に売られたってのは有名な話だぜ。やっと金を返し終えたんだろ。めでたいじゃないか」
「そうだな。最終日も観にこよう」
親に売られて、ようやく年季も終わり。我々が捜している娘と境遇までもが合致する。
竜子さんの娘であればいいのだが。
ここまで一座の様子を見てきたが、少なくとも子どもを見張ったり閉じ込めたりしている様子もなく安堵した。
──親の因果が子に報い……。生まれながらにして、半身に醜い痣をもち……。
いかにも恐ろしげな、語尾を引き延ばした独特の語り口。
ヒュードロドロとお馴染みの音楽が鳴り、啖呵にもこれまで以上に熱がこもっている。
ついに登場だ。目的の娘をちょうどよく正面から見られるのは運がよかった。
──娘の親は、火付けの罪で捕まった大罪人でございました。
盗みのために押し入って、燃やした神社仏閣は数知れず。なかには大層いわくつきの社や仏像もあったのだと聞いております……。
とうとう捕まって火あぶりの刑に処されましたが、焼かれながらにして三日三晩を生きながらえ、これも祟りと恐れられて処刑が取りやめになったほどです。
その後も全身に火傷を抱え、生涯苦しみぬいたといいます……。
死ぬ前に玉のようにうつくしい娘に恵まれたものの、子の顔と躰には生まれながらに真っ赤な痣が刻まれておりました。
やがて成長すると血の色をした唇から炎を吐き、手をかざせばたちどころにあたりが燃えるばけものに成長したのです……。
人間発火娘の身の上が、ぽつりぽつりと語られる。
「火刑がおこなわれなくなって久しいですが、いつの時代の話なのでしょうか……」
「設定の甘さもお約束、お約束」
しかし、またしても『親の因果が子に報い』である。
どうして罪のない子が親の責を負わねばならないのだろうか。より理不尽で、悲劇的だからか?
作り話なのはわかっているが、釈然としない気持ちは残る。
そして──
「菖蒲! 菖蒲太夫!」
客の呼びかけとともに、ふるびた赤い着物の娘が舞台に現れた。
この娘が生まれました処は蝦夷地の山間にある農村。産婆が取りあげたときには全身が羽毛で覆われ、怪鳥の如き啼き声をあげたと聞き及びます……。
産湯につけてみるとこれまた面妖。頭は人間、躰はまるで鳥そのもの。
声が五月蝿いと小鳥の舌を切った祖先の因果が娘に報いて、憐れにも半人半鳥の姿で生まれてしまったのです……。
されどこの醜い娘、唄を囀りますれば、まさに百の声色を持つ百舌鳥の如し。野鳥娘・もずの登場でございます……。
舞台に登場した檻の中には少女が座っていた。
外で傘を差していた娘と同じくらいの背格好で、これまでに登場した一座の女児たちよりも幾分年上である。
鳥の顔を模したお面を被り、羽毛をつぎはぎした極彩色の打掛を身に着けている。
なんということはない、鶏かなんかの羽を染色して縫いつけているだけだ。これで半人半鳥と言い張るとは、はったりもいいところの粗末な衣装である。
そう思っていると、どこからか聞き慣れたうぐいすの啼き声がした。
観客のぎっしり詰まった屋内でもはっきりと明確に響いている。
耳をすますと、野鳥娘なる少女から発せられた声なのであった。
──夜さりに啼くはちんちん千鳥。春を告げる鶯。空へ揚がる雲雀。石を叩くは和合の鶺鴒。そして、啼いて血を吐く不如帰。
山へ出かけずとも、野鳥娘のもずにかかればいつでも春夏秋冬、それぞれの季節しか楽しめないはずの野鳥の声を楽しめるのです……。
チチチチ。ホーホケキョ。ピーチクパーチク。チヨチヨ。キョッ、キョキョキョ。
小鳥の歌に合わせて太鼓とハモニカがメロディを奏でる。
本物の鳥が囀っているとしか思えない。
物まね鳥として名高い百舌鳥を名乗るのにふさわしい、見事な芸だった。
「ああ、これはいいですね。とても可愛らしい」
逸話で語られたような恐ろしさや悲壮感はなく、檻にはいっていることさえ除けば安心して見ていられる。
好奇で興奮していた観客たちの空気もどことなく柔らかくなった。
ハミングで童謡を何曲か唄い、盛大な拍手とともに野鳥娘の出番は終わった。
🐾🐾🐾
そのあと脚がいくつも生えた蛸娘を見ている最中、観客の合間をかいくぐって、鶯出巡査がひょっこり顔をだした。
話し声をかき消されそうなざわめきのなか、短い報告を聞く。
「赤子が泣きだして、傘の娘は一座のテントに入っていったよ。人間発火娘はこれからすぐ出番なんだろ。別人だったみたいだな」
ここまで鑑賞していて気づいたが、芸人はみな舞台の下で待機しているようだ。道具を置いたり、人が潜ったりできるだけの空間が空いているのだろう。
背面にある衝立で隠してはいるが、出番のたび、さりげなく上と下を行き来している様子がうかがえた。
舞台を挟む格好で左右に入口と出口があり、小さな小屋だけに他に扉はな見当たらない。芸人たちが外に出るにも客と同じ出入口を使うしかない。
この構造を見るかぎり、一旦見世物がはじまってしまえば閉演まで誰にも見られず出入りするのは難しい。
ならば、傘の娘とこれから登場するはずの人間発火娘は無関係だ。
「一座のテントに戻ったのなら、あの娘もわらべ屋の関係者には違いないのでしょうが……」
「裏方とか子守係なのかもな」
もともと、年頃や特徴が似ていたから気に留めただけだった。
火傷痕があるとあらかじめ情報を得ていた太夫を確認するほうが優先である。
先生と小弟は入口のすぐ近くに立っていたはずだが、次々と小屋に入ってくる客に押されて、いつのまにか少しずつ舞台の正面に移動していた。
──みなさま、お待ちかね。わらべ屋の一番人気、あの太夫がやってまいります。
歓声と拍手に包まれるなか、後ろの客が連れとはじめた会話が耳にとまり、それとなく傾けた。
「今日は彼女の出演日で当たりだったな」
「ああ。ここ一年、出番がない日もあったから。事前に調べておいてよかったよ」
一座には熱心な追っかけもついているらしい。見たところ裕福そうな若者たちなのが意外だった。
お目当てはやはり次に登場する太夫のようで、人気の高さがうかがえた。
「もったいないよなぁ。この人間発火娘が今年の三箇日で終わりなんて」
「親に売られたってのは有名な話だぜ。やっと金を返し終えたんだろ。めでたいじゃないか」
「そうだな。最終日も観にこよう」
親に売られて、ようやく年季も終わり。我々が捜している娘と境遇までもが合致する。
竜子さんの娘であればいいのだが。
ここまで一座の様子を見てきたが、少なくとも子どもを見張ったり閉じ込めたりしている様子もなく安堵した。
──親の因果が子に報い……。生まれながらにして、半身に醜い痣をもち……。
いかにも恐ろしげな、語尾を引き延ばした独特の語り口。
ヒュードロドロとお馴染みの音楽が鳴り、啖呵にもこれまで以上に熱がこもっている。
ついに登場だ。目的の娘をちょうどよく正面から見られるのは運がよかった。
──娘の親は、火付けの罪で捕まった大罪人でございました。
盗みのために押し入って、燃やした神社仏閣は数知れず。なかには大層いわくつきの社や仏像もあったのだと聞いております……。
とうとう捕まって火あぶりの刑に処されましたが、焼かれながらにして三日三晩を生きながらえ、これも祟りと恐れられて処刑が取りやめになったほどです。
その後も全身に火傷を抱え、生涯苦しみぬいたといいます……。
死ぬ前に玉のようにうつくしい娘に恵まれたものの、子の顔と躰には生まれながらに真っ赤な痣が刻まれておりました。
やがて成長すると血の色をした唇から炎を吐き、手をかざせばたちどころにあたりが燃えるばけものに成長したのです……。
人間発火娘の身の上が、ぽつりぽつりと語られる。
「火刑がおこなわれなくなって久しいですが、いつの時代の話なのでしょうか……」
「設定の甘さもお約束、お約束」
しかし、またしても『親の因果が子に報い』である。
どうして罪のない子が親の責を負わねばならないのだろうか。より理不尽で、悲劇的だからか?
作り話なのはわかっているが、釈然としない気持ちは残る。
そして──
「菖蒲! 菖蒲太夫!」
客の呼びかけとともに、ふるびた赤い着物の娘が舞台に現れた。
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