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第四章 啼いて血を吐く魂迎鳥
第五話 妖魔㈡
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「鶯出巡査殿、なんでまだついてくるのさ。さっき人手は割けないって言っていたくせに」
竜子を送り届け、兎田谷先生と小弟は当初の目的である初詣に向かう途中だったが──
なぜだか鶯出巡査も同行すると言ってきかなかった。
「私だけなら割ける。派出所は他の巡査に任せたし、午後はどのみち見廻りの予定だったからな」
「じゃあ俺に依頼しなくとも、巡査殿が捜してあげればいいじゃないか!?」
先生はこの期に及んで正月労働を避けようと食い下がっている。
「情けないがね、私ひとりが半日汗水垂らしたところで、手掛かりが少なすぎてどうにもならんよ。こういった件に関しちゃ探偵の十八番だろ。警察は事実を元に動くが、アンタはでっちあげから捜すんだから」
「推理と呼んでくれ給えよ。押しつけておいてやけに首を突っ込みたがるね。ただの人捜しなのに」
「一番の理由はちゃんと先生が働いているか、お目付け役だよ」
巡査はばつが悪そうに無精ひげを撫で、力なく反論した。
素直ではない言い方だったが、師の調査能力を認められているとわかって小弟は嬉しく思った。
湊稲荷へ行くため、木挽町方面に戻る。
土地柄、芸者が多い。俥に乗ったきらびやかな芸者衆が何組も通りを行き来している。
菖蒲は芸者ではないと聞いていたものの、すれ違いざま火傷の娘がいないかとつい目をやってしまう。
隣を歩く鶯出巡査も同じのようで、目線を彼女たちの白い顔に次々と移していた。
「それで、連続放火事件の奇怪な話って?」
道中、兎田谷先生が思い出したかのように尋ねた。
そういえば途中で人捜しの依頼に移って、話が終わっていたのだ。
鶯出巡査が『一連の放火には奇怪な共通点がある』と漏らしていた件である。
「ああ、その話か……」
巡査はどこか気乗りがしなさそうに言葉を濁した。
「ふっふっふ、当ててみようか。人死にや怪我人はないが、行方不明者がいるんだろう?」
得意げな顔で、先生は笑っている。
「……どうして知っているんだ。不審火との関連は報道されていないはずだ」
「なにも知らないがね、巡査殿が人死にはない『はず』って曖昧な言い方をしていたからさ。生死不明かつ、火災との関連が証明できない状況であれば、すなわち行方不明だろうと推理しただけ──いや、でっちあげただけだよ」
巡査は眉をひそめ、隣の先生のほうを覗き見る。
「はぁ。アンタはやりにくいな。昔から警察をおちょくってばかりだ」
観念した顔でぽつリと言った。
「当たってるよ。一連の放火事件にはな、かならず行方不明者がいる。それもいなくなっているのは全員子どもだ」
「なんと! しかし、そのような大事件を耳にしたことは──」
もし本当に各地で子どもが消える放火事件が何度も起こっているならば、もっと大きく報道されているだろう。
先生も興味を持つだろうし、小弟も見逃していないはずである。
「さっきも言ったろ。火災との関連が見つからないんだよ。警察の現場検証でも家の中に誰かがいた形跡はなく、火事で亡くなった者はいないと判断された。ただ、消えたんだ」
「では、誘拐事件なのでは? 子をさらったあとで証拠隠滅のために火を放った可能性はないでしょうか」
「そもそもな、どこの親も子どもはいなくなっていないと話している」
「……すみません、わからなくなってきました」
少々混乱してきた。
それでは、行方不明になった子どもなど最初からいないのでは。
「色々とおかしいんだよ。毎回必ず、家の中から子どもの声がするのを聴いた者がいるんだ。もう逃げられるはずもないほど火が廻っているのにもかかわらず、だ」
火に包まれた家から、いるはずのない子どもの声。
「元々子どもがいない家、というわけではないのですよね?」
「ああ。田舎に預けただの、奉公に出ているだの、それぞれの理由で家を空けているだけだ。だが火事を境にぱったりと姿が見えなくなるせいで、毎度のように『子どもが犠牲になった』と近所で噂が飛び交ってな。家は失くすわ、居づらくなるわで、被害に遭った家族はどこもさっさと引っ越しちまうし、よけいに調べにくい」
小弟が井戸端で話を聞いたときもそうだった。
子どもが亡くなったという衝撃的な部分のみが伝達され、真偽に疑問を持っている者は誰もいなかったように見えた。
「みんな、自分の信じたいものを信じるからね。個人の印象がいつのまにか事実として大勢に語られる。よくある現象じゃないか」
兎田谷先生の言葉にため息混じりで頷きつつ、巡査は続けて言った。
「一件ならまだしも、同じ状況の火事が数年のあいだに十件も起こっているとくりゃ、ほとんど怪奇事件だろ。子どもは死んでいないし、親も捜していない。だから事件として報道はされず、取りあげているのは胡散臭いオカルト雑誌くらいだ。神隠しだ、祟りだなんだと煽り立ててね」
「では、いましがた通りすぎた家からも、火災の最中に子どもの声がしたのですね」
「ああ、今朝も同じだ。あの家は夫婦ともに花街で働いていて、大晦日は忙しくて帰れなかったそうだ」
さきほど見かけた夫婦を思い浮かべる。
周囲を見渡していたのは、例に漏れず噂話が広がったせいで近所の目を気にしていたのだろうか。
「それで、子どもは?」
「娘がいるはずなんだが、遠方の親戚に預けたと話している。やはり声を聴いた者はいるが、事実として痕跡はなく、子の行方には事件性が見当たらない。火災の原因もただの不始末だと。親戚とやらには、とりあえず電話のみだが確認は取れている」
「ふうむ」
「一連の火事にはどうも奇妙な共通点が多い。同一犯による連続事件じゃないかと、私は睨んでいるんだが……」
風がたまたま声のように聴こえただけ、子どもたちも皆揃って偶然どこかに預けられていただけ──そう結論づけるには、十件は多すぎる。
鶯出巡査が何者かの関与を疑う根拠もわかる。
「本当はすべての現場をまわり、いなくなった子どもたちの足取りを追ってやりたいくらいなんだが……」
震災の影響もあって、ただでさえ孤児や浮浪児が多い世の中だ。
地方となればなおさら戸籍のない子や、捨て子や貰われ子、親戚中をたらい回しにされている子などがたくさんいる。
子ども一人の行方を追うのにも、途方もない月日がかかるのは容易に想像できた。
「本人らが否定しているのに、わざわざ放火犯を捜そうとしたら嫌がられるだろうねえ」
「そうだな……。私が勝手に興味を抱いて、秘密裏に調べているだけだ。アンタの言うように上に露見すれば嫌な顔をされるから、あくまでも通常業務のついでにな。当時相棒だった同僚と一緒に調査していたんだが、そいつは仕事に嫌気が差して辞めちまったし」
警察官は探偵と違って自由に動けない。
先生に依頼したにもかかわらず同行したり、道案内と称して現場に立ち寄ったりしたのは、そんな事情だったらしい。
「狐につままれたような怪奇事件を追っているばかりじゃないぞ。竜子さんの娘が心配なのも本当だ。なあ、先生。送られてきた最後の手紙なんだが……やはり、気にならないか。あれは普通の手紙なんだろうか?」
居場所の手掛かりと数え歌が書かれた九枚目のことだ。
鶯出巡査の声色は深刻そのものであった。
「一見そうとはわからないように、それとなくなにかを伝えているんじゃないかと思うんだ。あの子は……菖蒲さんは、助けを求めている。私には、そんな気がしてならないんだよ」
竜子を送り届け、兎田谷先生と小弟は当初の目的である初詣に向かう途中だったが──
なぜだか鶯出巡査も同行すると言ってきかなかった。
「私だけなら割ける。派出所は他の巡査に任せたし、午後はどのみち見廻りの予定だったからな」
「じゃあ俺に依頼しなくとも、巡査殿が捜してあげればいいじゃないか!?」
先生はこの期に及んで正月労働を避けようと食い下がっている。
「情けないがね、私ひとりが半日汗水垂らしたところで、手掛かりが少なすぎてどうにもならんよ。こういった件に関しちゃ探偵の十八番だろ。警察は事実を元に動くが、アンタはでっちあげから捜すんだから」
「推理と呼んでくれ給えよ。押しつけておいてやけに首を突っ込みたがるね。ただの人捜しなのに」
「一番の理由はちゃんと先生が働いているか、お目付け役だよ」
巡査はばつが悪そうに無精ひげを撫で、力なく反論した。
素直ではない言い方だったが、師の調査能力を認められているとわかって小弟は嬉しく思った。
湊稲荷へ行くため、木挽町方面に戻る。
土地柄、芸者が多い。俥に乗ったきらびやかな芸者衆が何組も通りを行き来している。
菖蒲は芸者ではないと聞いていたものの、すれ違いざま火傷の娘がいないかとつい目をやってしまう。
隣を歩く鶯出巡査も同じのようで、目線を彼女たちの白い顔に次々と移していた。
「それで、連続放火事件の奇怪な話って?」
道中、兎田谷先生が思い出したかのように尋ねた。
そういえば途中で人捜しの依頼に移って、話が終わっていたのだ。
鶯出巡査が『一連の放火には奇怪な共通点がある』と漏らしていた件である。
「ああ、その話か……」
巡査はどこか気乗りがしなさそうに言葉を濁した。
「ふっふっふ、当ててみようか。人死にや怪我人はないが、行方不明者がいるんだろう?」
得意げな顔で、先生は笑っている。
「……どうして知っているんだ。不審火との関連は報道されていないはずだ」
「なにも知らないがね、巡査殿が人死にはない『はず』って曖昧な言い方をしていたからさ。生死不明かつ、火災との関連が証明できない状況であれば、すなわち行方不明だろうと推理しただけ──いや、でっちあげただけだよ」
巡査は眉をひそめ、隣の先生のほうを覗き見る。
「はぁ。アンタはやりにくいな。昔から警察をおちょくってばかりだ」
観念した顔でぽつリと言った。
「当たってるよ。一連の放火事件にはな、かならず行方不明者がいる。それもいなくなっているのは全員子どもだ」
「なんと! しかし、そのような大事件を耳にしたことは──」
もし本当に各地で子どもが消える放火事件が何度も起こっているならば、もっと大きく報道されているだろう。
先生も興味を持つだろうし、小弟も見逃していないはずである。
「さっきも言ったろ。火災との関連が見つからないんだよ。警察の現場検証でも家の中に誰かがいた形跡はなく、火事で亡くなった者はいないと判断された。ただ、消えたんだ」
「では、誘拐事件なのでは? 子をさらったあとで証拠隠滅のために火を放った可能性はないでしょうか」
「そもそもな、どこの親も子どもはいなくなっていないと話している」
「……すみません、わからなくなってきました」
少々混乱してきた。
それでは、行方不明になった子どもなど最初からいないのでは。
「色々とおかしいんだよ。毎回必ず、家の中から子どもの声がするのを聴いた者がいるんだ。もう逃げられるはずもないほど火が廻っているのにもかかわらず、だ」
火に包まれた家から、いるはずのない子どもの声。
「元々子どもがいない家、というわけではないのですよね?」
「ああ。田舎に預けただの、奉公に出ているだの、それぞれの理由で家を空けているだけだ。だが火事を境にぱったりと姿が見えなくなるせいで、毎度のように『子どもが犠牲になった』と近所で噂が飛び交ってな。家は失くすわ、居づらくなるわで、被害に遭った家族はどこもさっさと引っ越しちまうし、よけいに調べにくい」
小弟が井戸端で話を聞いたときもそうだった。
子どもが亡くなったという衝撃的な部分のみが伝達され、真偽に疑問を持っている者は誰もいなかったように見えた。
「みんな、自分の信じたいものを信じるからね。個人の印象がいつのまにか事実として大勢に語られる。よくある現象じゃないか」
兎田谷先生の言葉にため息混じりで頷きつつ、巡査は続けて言った。
「一件ならまだしも、同じ状況の火事が数年のあいだに十件も起こっているとくりゃ、ほとんど怪奇事件だろ。子どもは死んでいないし、親も捜していない。だから事件として報道はされず、取りあげているのは胡散臭いオカルト雑誌くらいだ。神隠しだ、祟りだなんだと煽り立ててね」
「では、いましがた通りすぎた家からも、火災の最中に子どもの声がしたのですね」
「ああ、今朝も同じだ。あの家は夫婦ともに花街で働いていて、大晦日は忙しくて帰れなかったそうだ」
さきほど見かけた夫婦を思い浮かべる。
周囲を見渡していたのは、例に漏れず噂話が広がったせいで近所の目を気にしていたのだろうか。
「それで、子どもは?」
「娘がいるはずなんだが、遠方の親戚に預けたと話している。やはり声を聴いた者はいるが、事実として痕跡はなく、子の行方には事件性が見当たらない。火災の原因もただの不始末だと。親戚とやらには、とりあえず電話のみだが確認は取れている」
「ふうむ」
「一連の火事にはどうも奇妙な共通点が多い。同一犯による連続事件じゃないかと、私は睨んでいるんだが……」
風がたまたま声のように聴こえただけ、子どもたちも皆揃って偶然どこかに預けられていただけ──そう結論づけるには、十件は多すぎる。
鶯出巡査が何者かの関与を疑う根拠もわかる。
「本当はすべての現場をまわり、いなくなった子どもたちの足取りを追ってやりたいくらいなんだが……」
震災の影響もあって、ただでさえ孤児や浮浪児が多い世の中だ。
地方となればなおさら戸籍のない子や、捨て子や貰われ子、親戚中をたらい回しにされている子などがたくさんいる。
子ども一人の行方を追うのにも、途方もない月日がかかるのは容易に想像できた。
「本人らが否定しているのに、わざわざ放火犯を捜そうとしたら嫌がられるだろうねえ」
「そうだな……。私が勝手に興味を抱いて、秘密裏に調べているだけだ。アンタの言うように上に露見すれば嫌な顔をされるから、あくまでも通常業務のついでにな。当時相棒だった同僚と一緒に調査していたんだが、そいつは仕事に嫌気が差して辞めちまったし」
警察官は探偵と違って自由に動けない。
先生に依頼したにもかかわらず同行したり、道案内と称して現場に立ち寄ったりしたのは、そんな事情だったらしい。
「狐につままれたような怪奇事件を追っているばかりじゃないぞ。竜子さんの娘が心配なのも本当だ。なあ、先生。送られてきた最後の手紙なんだが……やはり、気にならないか。あれは普通の手紙なんだろうか?」
居場所の手掛かりと数え歌が書かれた九枚目のことだ。
鶯出巡査の声色は深刻そのものであった。
「一見そうとはわからないように、それとなくなにかを伝えているんじゃないかと思うんだ。あの子は……菖蒲さんは、助けを求めている。私には、そんな気がしてならないんだよ」
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