Very very very honey

神谷 愛

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Very very very honey

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 今思えば、あの時から私はあいつに抱かれたかったと思う。

 紛争の絶えない地域、いや国内なので内紛なのか。そんなことは巻き込まれる側であった私には終ぞ関係の無い話であったが。

 仲間を殺されて、友を殺されて、親を殺されて、だから殺し返した。どちらも互いにだ。どちらかがなんて知らない。鶏が先か卵が先か、なんて論争は鶏と卵には関係ないのだ。ただ少なくとも私たちは、私たちもというべきなのかもしれないが、鶏だった。群れて身を寄せあっていくしか、命を繋ぐ方法がわからなかった。ただそれだけだ。それだけだった。

 あの日もよく曇った日だった。そんな曇天の下で私たちは目を奪われていた。戦場でそんなことをするべきではないと誰もが知っていた。それでも目を奪われたのだ。それだけあの時の男は目を惹く恰好だったのだ。それはあり得ない格好だと言える。少なくとも私は今でも、あんな恰好で現れることが理解できない。本人に聞けば答えてくれるかもしれないが、それもなんだか癪だ。あんなに泥にまみれて、いつ体を綺麗に出来るのかもわからない場所では、到底あり得ない格好だった。そのことを理解しているのか、いないのか、とにかく男は現れたのだ。

 そしていつものように待ち伏せをしていた私たちはその泥に塗れた一日を終えることになった。正確には私と仲間たちでは迎えた結末は少し違うが。

 男が来た数秒でグループの中で最年長且つ最年少、そしてリーダーになった私は反射であの男に銃を向けた。どう足掻いても私も元仲間たちの後を追うことは決まっているのだが、習慣とは恐ろしいものでそんな状況でも私はいつものように銃を向けた。



「縺溘>縺励◆蠎ヲ閭ク縺?縺ェ縲∵ー励↓蜈・縺縺」



 その男が何を言っているのかはわからなかった。でも気に入られたらしい。こいつは私の手を引いて近くの車に乗せた。どのみち抵抗の手段も意味もなかった私は逆らうこともなく促されるままに車に乗った。どんな地獄が私を待っているのか。できるだけ痛くないと良い、そんなことを考えながら車に揺られた。

 時折、捕まった仲間が帰ってくることがあった。決まってこいつらは目が濁っていた。戦場にあって目に光があるなんてことは無い。そんな環境だとしてもそいつらの目は異様だった。暗く落ち窪み、淀み切ったその目は幾度となく見た泥に伏す元人間の目にそっくりだった。話は聞いたことが無い。遠くから見るだけで雰囲気の異様さに近寄ることの危険さを感じる。それほどに淀んだ空気を纏っていたのだ。

 一度だけ目が合ったことがある。全身が総毛だつの感覚が今でも思い出せる。アレを人間だと感じることが出来るのは相当限られた人間だけだろう。同郷の士だと考えるなんて以ての外だった。

 

 悪夢が思いださせた地獄の底が全身を戦慄かせる。頭が働かない。ここはどこだっけ。思わず飛び跳ねそうになって意識が瞼を開け始める。こいつの腕の中にいることを思い出す。あの頃いた場所がどれだけ悲惨な場所だったのか、それはこうやって明日のことを考え、そして昨日のことが思い出すことが出来るようになって感じる。

 昨日のことを思い出す。鍛えられた体、細めながらもしっかりと筋肉のついた腕、バランスの良い食事、規則正しい生活が作った精強な身体。自分とは比較するほどに肉体の違いが如実に感じる。とても同性の体とは思えない。私の身体が細すぎるのか、こいつが鍛えすぎなのかはわからないけど。

 その身体に良いように抱かれた昨晩のことを思い出す。思い出すだけで身体が疼くような、身体が中心から熱くなるような、そんな感覚。そんなことを思い出せば下半身に熱が集まるのも当然と言える。これは朝だから、なんて言い訳は誰かどころか自分にすら通じはしないことは分かってる。ただ静かに蠢く己の己を見て見ぬ振りをするしかない。

 少し頭の中が整理されれば周りの状況にも意識がちゃんと向き始める。例えば自分が今何一つ衣服を着ていないこと、例えば後ろで自分を抱き締めて小さなイビキをかいている男の下半身が固くなっていることとか。背筋に甘い痺れが走るのかわかる。

「ん・・・」

 さっきした身震いで起こしてしまったらしい。睡眠時間が長めのこいつにこんな時間に起こしてしまうのは忍びなくも思うが、責任の一端はあっちにもある、そんなこと本人に言ったら何をされるのかわからないので絶対に言えないけど。

 身震いだけで起きないと思っていたら、こいつの手がするすると下に伸びていく。朝から元気らしい、私が言えた話ではないけど。今日みたいに休日はいつも朝から襲われる。本気で抵抗したり、体調が悪かったりするとシてこないので意外と良心的だなと思う。少なくともあそこみたいに急に突っ込まれたりしないだけ随分と恵まれた環境にいるのだと思う。

 つまり何が言いたいのかと言うと別に今日も私は抵抗する気がないということだ。下がった手が私の熱く滾る肉棒に触れる。

 抱かれてしかいないと言っても結局のところ私の体は男であって、朝になればどうしようもない生理現象に襲われるし、求められれば応じてしまうだけの性欲も持ち合わせている。

 こいつの手を導くように、促すように私の手を添える。意外とこいつは繊細なのだ。繊細というかメンヘラ気質というのだろうか。私の心を読み違えていないか、無理をさせていないかのか、私にはおくびにも見せないが気にしているのだ。だからこうやって私の分かりやすい同意が必要になる。

 最初の頃は面倒にも思ったが今ではそこに多少なりとも愛おしさを感じてしまっているのは、もうこいつから離れることができないという私の心の形なのだろうか。

 そんなことを考えているとこいつは私の同意が得られたことをやっと理解したらしい。相も変わらず世話が焼ける。

 私の体に這わせる手が心なしか嬉しそうに動いている。ここ数日は私が風邪をひいていたので相手ができなかったのだ。数日の我慢でここまで求められると少し心配になる。飼われているのは私のはずなのに。

 私の内心を察する繊細な心はお預けされた性欲に負けたらしく、私のを上下に激しく擦り始める。心なしか、いつもより優しめの責め方だった。いつもなら下手をすると反応してないのにがしがしと扱き始めるというのに。今日は気遣いの出来る責めだった。

「ふっ・・・。ん」

 私も久々の交わりに多少なりとも心が沸くのを感じる。少しずつ体が受け入れる準備を始めるが自分でもわかる。

 いつの間にか私のを扱く手からは水が粘つくような音が鳴り始める。先走った私の液体があいつの手を粘つかせる。それに比して私もベタベタとするわけだが。夏場の汗の不快なベタつきではなく、全身を熱くする快いベタつきだ。

 あいつの手が、私のでベタついた手が、私の臀部に伸びる。膜が出来るほどの粘液があればローションなんて必要もない。太めの指が穴をゆっくりと広げる。数日触っていなくても、その時に至れば意外と体は適応するらしい。あっさりと二本の指を受け入れ始め、飲み込まれた指が私の中をゆっくりとかき回し始める。

「・・・っは。意外とがっつくじゃん」

「誘ったのは、そっちだが」

 そっけない返事が帰ってくるのと同時に三本目の指が侵入してくる。思わず飲んだ息はこいつへの反駁と一緒に腹の内へと消える。

 三本目も入ってしまえば、もう体の準備は済んでいると言っても過言ではない。三本目が入ってしまった時点でもうここから先の私には決定権はない。



「んっ。んぅ」

 私の口に入ってきた指が口から出る私の声を潰してしまう。そしてそれは私の艷を交えた声が醜く喘ぐ声に変わるということでもある。

 口に入った指が私の涎にまみれていく。そんなことは指をいれている本人が一番分かっているはずだが、抜く気配はない。長い指が私の口を犯すように蠢く。短く切り揃えられた爪は私に不快感を感じさせることもなく舌に、歯に、触られた感触を残していく。

「んっ」

 気付けば私は達していた。本当に気付いたら、だ。我慢する暇もなく、情けなくイかされた。こいつと肌を重ねた、重ねられたと言ったほうが正しいだろうが、数は数えられない。それだけあれば私の弱点も気持ちいい所も全部ばれているわけで。別にこいつが上手いわけじゃない。当然の帰結だ。実践を繰り返せばそれなりに上手くなって当然だ。・・・やめよう。なんか、惨めになってきた。何回繰り返したかわからない言い訳を自分で打ち切る。

 私の口内を弄っている内にあいつも準備が終わったらしい。熱が、圧迫感が、抱き潰すという強い意志が私の理性を甘く貫く。

「早く、すれば」

「正直に言え」

 本当に意地が悪い。性格が悪い。絶倫。変態。発情した猿。罵詈雑言ならいくらでもくれてやるのに。でもそんな言葉を選ぶほど私の理性は残っていなかった。

「・・・抱いて、・・・下さい」

 何回言っても言い慣れることのない言葉は、私の体温を軽く数度は上げる。耳まで熱くなってきていることを感じて思わず首を動かす。そんなことをしたところで、こいつから1cmだって離れることはできないのに。体も、心も。

 私の言葉に満足したように腰が大きく動く。私の中に入ってくる久しぶりのあいつはなんだかいつもよりも大きくなっているような気がするし、いつもよりも熱いような気がする。気がするだけかもしれないけど。

「う”っ」

 変な所に当たって変な声が出る。久しぶりの交わりは思ったよりも余裕がなかった。こいつのことを笑えない。絶対にばれないようにしないといけないけど。

 耳元で聞こえる荒い吐息が私の心拍を激しくさせる。

「あぁッ・・・。きっついな」

 そんなことはない、はずだ。こいつと久しぶりにスるのが楽しみだったから昨日の夜から少しだけ準備していたことが功を奏したということはない、無いはずだ。だって私はこいつに犯されているわけで、望んで抱かれているわけではない。無いはずなんだから。

 ゆっくりと私の中にあいつが入ってくる。肉を掻き分けて、熱を帯びた欲が、私を貫く。

「んっっ」

 昨日のうちに弄っていたとはいえ、実物が入ってくるのとはやはり違う。張り子では感じ得ない熱さが、脈打つ性が、実感を以てあいつを私の中に感じさせる。

 



 熱く滾るアイツの熱で溶けた私の脳では、今日の午前どころか一日が潰れることが確定したんだろうということしかわからなかった。
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