教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛

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あの日

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 年下どころか高校生なんてありえない。それが私が最初に抱いた感情だった、気がする。大学生にまでなればそれなりに社会というものに触れることが増えてくるわけで、二年の年の差と、大学一年生と高校二年生、その二つが同じ意味であっても、周りはそうは見ないことなんて想像に難くない。だから、これだけは秘めなければならなかったのだ。過去形の決意だけれど改めて確認することに意味はある、きっと。


 初めて会った時の印象は人形だった。精巧に整った顔と、高すぎる完成度の造形に反して低いコミュニケーション能力。これだけ綺麗な顔ならおそらく下手に愛想を振りまくと大変なことになりそうだし、普段ならそれでも正解のような気がする。でも、勉強しに来た場所で無言と無表情を貫かれると、自分が何かしてしまったのかという気持ちになる。でも多分この度を越した不愛想はこの美貌の代償なんだろうと思って彼女に授業をしていた。
「えーと、ここまでわかる?」
「・・・」
 返事はない。それでも頷いてくれているあたり、嫌われているわけではないはずだ。こうやって関わるようになって最近少しだけ彼女の表情が読み取れるようになってきた。今の表情はたぶんわかったといった手前、もう首を振ることができない、だ。多分だけど。

 最近少しだけ笑顔を覗かせることが出てきた。最初に何度か見せた頑張って作った笑顔ではなく、自然に沸き上がった笑顔。いつもの人形のような顔とは対照的な弾けるような、でも少し恥ずかしそうな笑顔はしばらく脳裏に焼き付いて離れなかった。正確には脳裏に焼き付くという言葉すら怪しい。刻み込まれたというのがふさわしかった。あの時から今この瞬間まで彼女のあの笑顔が後悔と一緒に刻み込まれている。
 寒い日だった。そして誕生日だった。冬は嫌いなので、冬に生まれた私の名前に「冬」という文字を付けなかった両親には感謝しかない。塾に一年もいればそれなりに塾長との信頼関係も築くことができるわけで、塾に最後まで残って閉店作業を行うようなこともあった。なんで誕生日に最後の時間までいなければならないんだと思いながら授業を行っていた。もちろん相手は彼女だ。周りに誰もいなければある程度の談笑まではできるようになっていたので別に彼女といて嫌、というわけではなかった。
「先生、今日誕生日って言ってたでしょ?」
「そうそう。よく覚えてたね」
「でしょ。誕生日持ってきたから目つぶって?」
「はいはい」

 慣れてくるとそれなりに年相応の生意気さと可愛げを見せるようになった。学校であった話や誰に告白されたから断った話などなど、それなりにちゃんと女子高生を送っているようで安心していた。だから、その日の言葉もその一環で何かサプライズをくれるのかと思っていた。いや、実際に私にとってサプライズではあったのだけど。
 顔に熱を感じると思った。何をしているのかはわからなかったが、別に変なことをするわけではないだろうと思って反応が遅れた。
 塞がれた私の唇から何かの言葉を紡ぐことはできない、それはつまり彼女の対する制止の言葉を発することもできずに為されるがままに貪られることしかできないということでもある。
 がっしりと私の頬を抑え込んで、逃げられないようにしながら、私の唇を貪る。必死に閉じた唇なんて若さに任せた、なんて言うほど年齢が離れているわけではないけど、高校生の勢いにはやはり勝てない。最近の高校生は進んでるなんて言うけど、その実態を身を以て味わうことになった。
 強引に開かれた少しの隙間からまるで蛇のようにするりと強引に舌が捻じ込まれる。一度侵入を許してしまえば、もうなし崩しになってしまうのが世の常だ。口を閉じることは許されずに、ひたすらに私の舌に絡んでくる彼女の舌は火傷しそうな熱で私への侵食を開始する。
 がっちりと体を掴んでいたのはいつの間にか彼女だけではなく、私もだった。彼女の手を放そうと腕を掴んでいた腕はいつの間にか彼女の背中に回っている。さっきまでなら襲われている被害者に見えないこともなかっただろうが、でも今の姿は完全に我慢が利かなくなって盛りあっているカップルのそれだ。
 いつの間にか口の端からあふれた唾液が着ているスーツに薄っすらとしたシミを作り始めたころ、やっと彼女の顔が離れる。

「「・・・」」
 何も言えなかった。いや、何を言えばわからなかった、言いたいことが多すぎて何から言えばいいのかわからなくなると口から単語が出てこなくなると知った。
「…プレゼントです」
「何が」
 何がプレゼントなのかさっぱりわからない。私からならともかく、彼女から襲ってきていては全くの逆ではないのだろうか。
「先生、レズでしょ?」
「え」
 なんで、それを、知っている。家族はおろか親友にも初めて好きになった人にすら何も言えなったその秘密をなんで彼女が知っているんだろうか。
「女の感ってやつ?好きな人のことだもん。なんとなくわかるよ」
「いや、だって、でも」
「ねえ、今日だけでいいから、私のことを女として扱って」

 それがプレゼントなのかとか、答えになってないとか、私のことを好きだったのか、とか聞きたいことはたくさんある。でも、ゆっくりと自分の服に手をかける彼女の姿から目を離すことも、止めることも、私には出来なかった。
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