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■社用と私用■

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■社用と私用■

 台風一過のように田中さんが去った後、暫しの沈黙。俺が拗ねたあとに先輩が拗ねたのか。それとも何も考えておらずの行動か。(だったら質が悪い)
椅子を近づけて来て言った。

「俺は、水野に会えて嬉しかったんだけど?」

(う、うわぁぁぁああ~~~~! あざとい~~~~!!)

咄嗟にギュッ! と目を瞑ってガードしたから良かったが、気を緩めたら危険だ。ただでさえ煩い心臓が、コロッと絆されてしまう。自分でも危険だと自覚があるから、本当に危ない。またフラれるのだけは、御免だからな!

「先輩は、本当にチャラくなりましたよ!?」

そう言って、早足で姿勢正しく席を立ち。一度態勢を立て直そうと、トイレへと逃げだした。



「水野は、初心なままだなぁ」


そんな先輩の呟きを、俺は知らない。


 「ぜっっっったい、加藤先輩は俺を揶揄ってるな」

ああ、俺が可愛いばかりに。俺は昔と違って随分とポジティブになったので、考え方も前向きだ。俺が可愛いばかりに、チョッカイを出したくてしょうがないんだな、先輩は。

「うわぁ、顔赤……」

人気のないトイレの手洗い場で鏡を見れば、普段よりも血色の良い色をしていた。数回深呼吸。落ち着け、俺。先輩の言葉を真に受けるな。期待するな。

(あー……)

真に受けるな、期待するな。
自分に言い聞かせる言葉だけで、自分の未練を認めざるを得ない。俺は、まだ先輩が好き。認めたくないが、それは自分でも理解している。認めたくないが……!(大事なので、二回誰に向けてではないが言っておく)

「でも、今さら告白するのもな」

きっと今は、懐かしさで気持ちがバグってるだけだし。好きだけど、恋愛に進展したいわけじゃないし。

(もう恋愛の仕方なんて、分からないし)

半分本当。もう半分は、もう失恋したくない。初恋の傷が癒えないまま、大人になって恋も出来ない。傷つかないためには、好きにならないのが一番だ。

パンッ! と気合入れに両頬を軽く叩いた。席に戻れば、「大人として」一線引いた上司と部下の関係を続けていこう。

「よしっ!」

気持ちの切り替え完了。
トイレから出て席に戻れば、何食わぬ顔をした先輩が自分のパソコンを開いていた。

「先輩、今日は挨拶回りに行きますか?」

「頼めるなら。この辺のルートを知らないから、水野に任せたいんだが良いか?」

「勿論です」

「あ、そうだ。ん」

「?」

スッと出されたのは、携帯電話。俺も持っている、社用の携帯。

「連絡先、教えてくれ」

「ああ、そうですね」

仕事の話に必要ですもんね、と俺も鞄から携帯を探していれば、もう一つ机の上には知らない携帯電話が増えていた。

「これも社用ですか?」

地区で別に支給されたのかな? と思えば、先輩が首を横に振った。

「それは私用。そっちにも、水野の連絡先教えてよ」

「は?」

誰か~! 俺に、上司から個人の連絡先を尋ねられた時の断り方を教えてくれ~~!

■社用と私用■

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