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23話
愛する人よ 永久に。
しおりを挟む「保――――っ!」
「・・・・直臣!」
その瞬間を目の当たりにした―――
まるで、空間が止まった感覚だった。
必死の思いで駆けつけた仲間の眼の前で、靱やかなその躰は、宙を浮いて弧を描き、弾むように地面へ落ちていった。
わずかに開いている唇からは鮮血が溢れ出てくる。
―――どうか!・・・どうか・・・・と、
一心に祈りながらここまで来た。
息を切らし、流れ落ちる汗をそのままに、美緑と菊千代は力のかぎりその名を叫ぶ。
―――遅かった・・・・・と、
絶望を抱きながら、二人は自責と後悔の思いで唇を噛んだ。
美緑と菊千代の眼の前でうずくまる血に塗れた保の四肢が、ゆっくりと震えながらも立ち上がろうとしている。
どこに、そんな気力が・・・・?
「直臣―――っ!」
薄れかけそうな意識の中で、保は同志の声に応えるように頭をもたげると、
「・・・おめぇら・・・遅ぇんだよ・・・・・」
皮肉に笑って言う。
もういい・・・・
もう、傷つかなくていいから・・・・
保の許へ駆け寄ろうとする二人を、奇襲が阻む!
「行け、雪彦――!」
棕玄の命を受けて瞬時に二人の前に立ちはだかった雪彦は、不気味な笑みを湛えていた。
不意の攻襲に、結界を張る間もない。
キィィ―――――ッ!!
無数の弧鬼の牙に、二人の四肢が裂かれる。
真っ赤な血が空に飛び散った――
灼かれるような痛みに、二人は歯を喰いしばり耐えている。
「亮介ッ!姉さん――――っ!」
保の渇いた叫びが、空に消えていく。
「我々を甘く見すぎていたようだな――、これで最期だ!」
淡々と雪彦が告げる。
その足許で、
傷ついた躰を奮い立たせ、喰らいつかんとする獅子のように、二人は男を睨んでいる。
青白く浮遊する弧鬼は鋭い矢に姿を変えて、美緑と菊千代の頭上から襲いかかる―――!
キィィィィ――――――ッ!!
耳を衝く激しい悲鳴が辺りにこだまする。
降りかかろうとする孤鬼が一瞬にして跳ね返された。
この光景を察して、美緑と菊千代が振り返る。
視線の先に咲弥が―――・・・・
真っ先に・・・・
「保さん―――っ!」
急いで駆けつけた咲弥の眼に、躰中を裂かれ血に染まる保の姿が映る。
愛する人の許へ駆けようと―――
その躰を、とっさに美緑が止めた。
「お前、その躰で・・・・お前の躰は、もう、もたねぇだろうが!」
美緑は言い聞かせるようにきつく抑える。
――それでも・・・・
「あの人の傍に居ると、約束した・・・・」
息をするのでさえやっとだろう眼の前の保を、咲弥は切々と見つめている。
ぼやけていく視界の中に見えた、愛する人―――
「・・・咲・・・・弥・・・・・」
その許へ――
今、行くから―――
痺れなのか、痛みなのか・・・・その感覚すら分からなくなってきた躰を両手で握り締める。
「我らが地蜘蛛衆、侮るでない!」
雪彦の躰から放たれたおびただしい弧鬼が、邪気を喰らって膨らみ三人に襲いかかる。
凄まじい威力に三人の躰が堪えきれずに吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「・・・・・・・っ!!」
眼の前で起こった惨憺たる攻撃に保は声が出ない。
ただ、眼を見開いて見ているだけしかできない。
躰中が疵ついて、裂けて、血を流そうとも・・・・
この身が砕けて、崩れようとも・・・・
再び三人は立ち上がり、戦おうとする―――
〝大切な人〟のために―――
何度も、何度も、同志の名を叫ぶ。
この声が聞こえるか?
この想いは届いているか?
嗄れても、嗄れても、嗄れ尽き果てるまで、大切な人の名を呼んだ。
この輪廻する魂は、互いを信じているからこそ・・・・
深い疵を負いながらも、三人は宿敵の眼前に立ちはだかる。
「懲りない奴らよ・・・・ならば、遏めを刺すまで――!」
そう言い放つ雪彦の全身から闇の影が揺れ始めた。
それは巨大な弧鬼となり牙を剥く―――!
「・・・ちょっと・・・待てよ・・・・」
とてつもなく膨らんでいく鈍ましい光景を、保はじっと睨み据えている。
「お前らの望みは、俺の首なんだろ?よそ見してんじゃねぇよッ!!」
渇ききった保の声など奴らには聞こえない。
巨大な弧鬼が鋭い眼光を滾らせ、三人を呑食しようとする――――!
(・・・・俺の・・・俺の・・・・・)
裂かれた躰中の痛みと多量の出血に苦しみながらも、保はしかと大地に足を踏ん張り、渾身の念を込めて、
「俺の仲間に、手ぇ出すんじゃねぇ―――――っ!!!」
ドォォォ――――ン!
叫びは天を貫き、地を揺るがし、爆風が全てのものを薙ぎ払う。
荒れ狂う風圧に奴らが怯む。
――まさかっ・・・・!
どこにそんな力が・・・・?
「・・・・・何っ?!」
思いもよらないこの状況に、顔を歪ませる棕玄らが保の方を見やる。
そこには、
猛々しい覇気を纏った君主の姿が起っていた。
「・・・・直臣――!」
「・・・直臣・・・様・・・・・」
三人はその姿に眼を見張る。
そして、その名を呼ぶ―――
――この命に代えても、守りたいもの・・・・・
この魂に宿る、父の、母の血汐が、
〝其方を信じている〟
力を与えてくれる―――
「侮ってんのは、てめぇらの方だろ?これで、ホントの最期にしてやるっ!」
両手を広げ、強く拳を握り締め、躰の底から力を奮い起こす。
凄烈な覇気をみなぎらせる保の腕や足、胴体は、皮膚が裂け、鮮血が噴き出している。
疵ついた躰は、もう、もたない―――
それでも、
最期はこの手で同志を守る!
「・・・・保―――――っ!」
亮介が、命の限りに叫ぶ。
「・・・もういい・・・もういいっ・・・直臣―――ぁっ!」
菊千代の涙は、止めどなく落ちていく。
「・・・・保さん・・・・・」
咲弥が、愛する人の名を呼ぶ。
〝大切な仲間〟の姿を見つめる保の表情は穏やかに、穏やかに・・・・笑んでいた。
そして――――、
天に、地に轟くほどの声で叫んだ。
ゴォォォ―――――ッ・・・・・
その声は、天を貫いた。
その声は、大地を揺るがし、砕いた。
保の躰から放たれた念が、一筋の光となり、天に昇る。
(・・・まさか・・・・っ!)
棕玄は確信した。
保の――直臣の纏う念に、凜の妖術を受け継ぐ者の気高く強い覇気を感じて、身の震えを覚えた。
「・・・本条 直臣――末、畏ろしい奴・・・・生かしておくわけにはいかぬ・・・・・!」
保の背後から般若のような形相で棕玄が睨み据える。
瞬間―――、だった。
パァァン・・・・・・!
乾いた空を弾く音がこの山林に響き渡った。
刹那の静寂が広がる。
棕玄が手にしていた、黒く鈍く光る鉛の塊から放たれた弾は、保の躰を貫いた――
大切な同志の眼の前で・・・・・
「!!・・・・保――――――っっ!」
掠れる亮介の声が、乾いたこの空間に消える。
「・・・・なんでっ?!・・・なんで・・・・卑怯・・・すぎる・・・・!!」
声にならない菊千代の涙声。
「何と言われようが、どんな手を使おうが、我々の邪魔をする者は生かしてはおかぬ!」
引き金を引いたその手をゆっくりと下ろしながら、棕玄は勝ち誇った顔で笑う。
力を失った保の躰が、地面に崩れていく――――
「・・・・保さん―――!」
裂かれた躰で、咲弥は必死に保の許へ駆けていく。
その腕に、しかと愛する人を抱き留めた。
すでに、息は微かなものだった。
泣くこともできず・・・・
ましてや、憤怒することもできず・・・・
愛する貴方を守りきれなかったと・・・・・
疵ついた腕が優しく包むように、裂かれた保の躰を抱き締める。
「・・・咲・・・弥・・・・・」
―――ここに居る?
息のような声で保が名を呼ぶ。
「・・・保さん――」
―――傍に居る
と、咲弥が名を呼び頬を寄せる。
やがて――――
辺りは静まり返った。
静けさが耳に響く。
それは―――・・・・
「・・・・雪・・・・・?」
天から静かに降り注ぐ白銀の塊に、棕玄が空を仰ぐ。
キィィィ――ッ・・・・・
周囲に浮遊していた無数の孤鬼が、兇れをなして悲鳴を上げながら消えていく。
その光景に、威を衝かれたかのように惑う棕玄が声を詰まらせる。
「・・・こ、これは・・・・・!」
――その様、雪の如し、降ずれば、紅蓮の如くその身を裂くなり・・・・・
人にして、人に在らず――
それは、我が子を魂のかぎり守りぬこうとする母――凜の化身。
優しくも強く降り注ぐ白銀の雪にも似た鱗粉が、ここに在るもの全てを包み込んでいく―――
「・・・・な、なぜだ―――・・・・・」
悶えながら苦しむ棕玄らの躰が、その化身によって裂かれ、空の塵となり消え去っていった。
降り注ぐ白銀の鱗粉の中で、菊千代と美緑は天を仰ぐ。
「・・・・凜・・・・様―――」
それは、優しく温かく疵ついた彼らを包み込んでくれた。
「・・・母・・・上・・・・・」
微かに開かれた瞼に降る白銀の化身に、直臣の顔が穏やかに笑む。
これでいい―――
もう傷つかなくていい―――
「・・・咲・・・・弥――」
保の薄れてゆく声が、やっと届く。
「・・・・はい・・・・。」
変わらず優しく響く咲弥の声が応える。
その腕に、もう決して離すまいと、愛する人を抱いて。
「・・・・くっ・・・・」
保はずっと吐血を繰り返している。
咲弥の腕の中にあるその躰は、もはや躰ではない。
血の塊となって力なく横たえていた。
血に塗れた保の指先が、ゆっくりと咲弥の頬に触れる。
「・・・咲弥・・・・最期は・・・・お前に・・・・・・」
そう告げる保は、微かに口許に笑みを浮かべていた。
その言葉に、咲弥が眼を見開く。
――そんなこと、自分にできるはずがない!
この手で愛する貴方を葬ることなど、できない。
いつまでも、傍に居ると・・・・
いつまでも傍に居て欲しいと・・・・
そう願った。
愛する人を腕に抱き、いつまでも、いつまでも・・・・と、咲弥は確く瞼を閉じた。
「・・・・咲・・・弥・・・・・」
頬に触れる保の指先に確かな決意を感じて、咲弥は再び保を見つめる。
保の穏やかな頬に、流れる一筋の涙。
「・・・お前に・・・葬られるなら・・・・本望だ・・・・。」
保の、最期の笑顔―――
いつか見た、あの時と同じような純粋で真っすぐな笑顔。
その笑顔の傍に―――
その笑顔を守りたいと―――
貴方と共に―――
消え去っていく保の微かな息を感じながら、咲弥は優しく口づけをする。
それから―――、
咲弥の体内から気が放たれた。
それは、重なり合う二人を優しく包み、ゆっくりと天へ昇った。
「・・・・・咲弥っ!!」
「・・・・そんなこと・・・やめて・・・咲弥―――っ!」
二人の傍に駆けてきた美緑と菊千代が叫ぶ。
その声は聴こえている。
その想いは届いている。
菊千代と美緑の願いを咲弥はしかと胸に刻んで、わずかに首を横に振る。
そして、静かに両眼が開かれた時、
銀灰色の眼光が、愛する人の心臓を貫いた―――――
決して、もう二度と貴方を離しはしない。
咲弥は優しくも強く強く、絶えて逝く保を抱き締めた。
それから・・・・
永久に―――
と、永い口づけをした。
銀灰色の眸から、一筋の雫が落ちて・・・・・
消えた――――
やがて――――
白銀の空間に、全てのものが、無くなった。
貴方の声が聴こえた・・・・・
もし、次の世も生まれかわることができるなら・・・・
いつの世も、どんな時も、俺を捜してくれるか――?
いつの世も、どんな時も、俺の傍に居てくれるか――?
〝愛してる〟と・・・・・
いつの世も、
貴方の傍に―――――
通園バスに子どもたちが全員いるか人数確認をしてから彼女はもう一度、住職に挨拶をしにバスから降りてきた。
「今日はすみません・・・拓登くんが――・・・・」
申し訳なさそうに彼女は頭を下げた。
「ほほ・・・・なにごともなくてよかった。それより、先生の方が心配されたじゃろぉ。」
と、顔に刻まれた皺をさらに深くして住職は柔らかに笑む。
「じいちゃん!またくるね~!」
通園バスの窓越しに、その子は手を振りながら無邪気に笑っている。
それに応えるようにして住職もやんわりと手を振り返した。
ちょうど通園バスが停まっている寺庭の入り口の道路から裏の墓地が見えていた。
涼しげに流れる風がその奥の竹林を揺らす。
さらさら――・・・・
と、清らかな葉音が耳に届いて、何気に彼女は奥の墓地へ視線を向けた。
「・・・あのお墓は―――・・・・大切な方のお墓なんですね。」
その墓地に視線を向けたままで、彼女はそう言う。
彼女の言葉に住職も墓地の方へ視線を送り、穏やかに笑った。
「・・・・今日はありがとうございました。また、お参りに来ますね。」
にこり、と彼女は笑顔を残して、バスへ乗り込んだ。
通園バスから手を振る子どもたちに、住職も手を振り返しながら下って行くバスを見送った。
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