封じられた男は淫猥な気体を無意味に拒む

五月雨時雨

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封じられた男は淫猥な気体を無意味に拒む

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男はまだ、薬の効果で深い眠りに囚われ続けている。意識を失っている間に所持品を衣服ごと奪い取られ、裸体に拘束をもたらされた事実をまだ知らない男は、自由とは無縁にされた肉体を時折床の上で惨めによじらせながら夢の世界を穏やかに味わっている。
現実の己は肌に直接巻かれた透明なラップの檻によって気を付けの姿勢から逃れられないようにされているというのに、夢の外側にいる自分は裸体全体を包むラップの上から頑丈な粘着テープを執拗に巻き付けられ目と鼻の付近以外を黒一色に閉じ込められているというのに、何も知らぬ間抜けな男は規則正しい寝息を立てている。
その幾ら眺めても飽きない滑稽な熟睡を愉しむ時間が、何時間続いただろう。男を捕らえ、ラップとテープに封じ込めた悪趣味な男がソファーに腰掛けた体勢でくつろぎながら時折床の上で軋む音を立てつつ身悶える様の鑑賞が数時間に渡って繰り広げられた頃、眠りに堕ちていた男は己に投与された薬品の効果が薄まると同時に閉じきっていたまぶたをゆっくりと開き、ようやく己が置かれた状況を理解した。
正義に属する男は、敵である悪の手に堕ち逆転の目を一つ残らず潰された状態で、屈辱と絶望の自覚が始まる覚醒を迎えてしまったのだ。

「んぐっ! んぶ……ぶうぅ! むぐぅぅ!!」

ソファーに腰掛けた位置から自分を見下ろす悪の男に怒りと焦りが入り混じった鋭い視線を浴びせつつ、男は言葉にならないくぐもった唸りを発しながら拘束との格闘を開始する。指一本すらまともに動かせない、取れる行動は無様に床の上でのたうち回ることだけ。気を付けの格好を維持させられた男はどたばたと音を立ててラップとテープに覆われた裸体を暴れさせながら、どうにかして危機を脱する糸口を掴もうと試みる。
だがもちろん、幾ら頑張っても状況は変わらない。伸縮性に乏しいテープのせいで折り曲げることもままならなくされた身体をどんなにもがかせようとも、悪の支配下に置かれた事実は覆せない。
故に、ソファーに座っていた男が無言での観察を切り上げ屈辱の向こうにある更なる辱めを加える為の行動に取り掛かっても、抗いの手段を完全に没収された男はもう為す術無く悪が意図した通りに辱められるしか無くて。ありとあらゆる選択肢を削ぎ落とされた男は虚しい拒絶の唸りを無視されながら、手も足も言葉も出せぬ肉体を淫猥に狂わせる地獄を抵抗らしい抵抗も行えぬまま、嬉々として生み出され始めてしまった。

「ほら、捜査員さん。たっぷりと吸いなさい」
「っぎゅ!? もっ、こほっ……!?」

唯一の呼吸孔に変えられた鼻をテープに覆われた口と共に囲う透明なカバーが噴射口に接続されているスプレー缶が、内部に溜め込まれていた気体を勢いよく噴き出させる。自身が腰掛けていたソファーの側面に存在するポケットに差し込まれていたスプレー缶のレバーを右手で操作する男の狙い通りに噴き出された気体は狭いカバー内をあっという間に掌握し、捜査員である男の呼吸を一嗅ぎで正常ではないと分かる甘ったるい空気を用いた物へと変化させていく。

「我慢せずに吸いなさい。どんなに我慢しても、私は捜査員さんがたっぷりと吸っておかしくなるまで噴射をやめないよ? 無駄に自分が苦しむ時間を延ばすのはやめて、大人しくさっさと諦めなさい。捜査員さん?」
「っ、も、ほぶ……っ!!」

笑い混じりに陥落を促す言葉に抗いながら、呼吸の制御が間に合わずに吸入してしまったほんのわずかな量のみで甘く淫らな火照りを引き起こされている己の身体に恐怖を掻き立てられながら、捜査員の男はラップとテープに取り囲まれた裸体を狂わせる今以上の火照りが訪れる時を少しでも遠ざけたい一心で鼻の周りを漂う発情を強要する薬品が混ぜられた空気を拒み、その無意味な忍耐すらも滑稽な娯楽として受け取る悪の男に更なる愉悦を味わわせていくのだった。
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