煙みたいに残る Smoldering

梅室しば

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三章 人面の鹿神

雨とカフェイン

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 部屋に戻った後、利玖はシャワーを浴びて寝床に入ったが、夕食後にしばらく眠っていた事もあって、夜明け前に目が覚めた。
 誰もいない時間に起き出して、やる事といったら決まっている。
 身支度を終えた利玖は、そうっと部屋を出ると、足音を立てないように女子部員の部屋の前を見て回った。
 利玖は、客扱いをされているので一人部屋だが、他の女子部員は二人一部屋で使っている。東御とうみ汐子しおこ日比谷ひびやはるかが同室で、二〇五号室と聞いていた。
 どの部屋も静かなものである。
 起床時刻まであと二時間近くあるのだから、当たり前といえば、当たり前だ。
 昨日の稽古の疲れで熟睡しているであろう部員達を起こさないように、そろりそろりと廊下を進んだ。
 宿舎は、今回、男子棟と女子棟として使われている二つの建物が、ロビーのある中央部で繋がった造りになっている。
 部長の梶木かじき智宏ともひろの様子も気になったが、男子棟に忍び込むのはいくらなんでもまずいので、ロビーの大きな窓から男子棟の様子を確かめられないかと思ったのだが、角を曲がって、ロビーに出た所で、利玖は危うく飛び上がりそうになった。
「……あ、おはよ」
 ソファの背もたれに乗っていた頭がぐるりとめぐって、熊野史岐の顔がこちらを見た。
「部屋、もらえなかったんですか?」
「違うよ」史岐は苦笑する。「頭が痛くてさ、寝れないんだ」
 利玖は、ぴんときて、彼の隣に腰かけた。
「吸えば良いじゃないですか。このロビー、別に禁煙じゃありませんよ」
「あと一本しかないから残してあんの。君を乗せて帰らなきゃいけないんだから……」
「えっ」
 利玖は、渋柿でも食べさせられたように顔をしかめた。
「嫌ですよ、わたし。煙草を吸わなきゃまっすぐに運転も出来ない人の車で帰るだなんて」
「それ、君のお兄さんにも言ってくれない?」
 そういえば兄が強引に決めた事だった。
 利玖は素早く話題を替える。
「人のいないうちに、朝食を食べに行きませんか?」
「いや……、いい。何も入りそうにない」
 利玖は、そうですか、と言って、少しの間、史岐の隣で足をぶらぶらとさせた。
「そういえば、食堂にコーヒーメーカーがありました。フィルタと豆があれば熱いコーヒーがれられます」
「ああ……、それはいいね」
 史岐が口元に笑みを浮かべた。──その時、陶器が割れるような高い音が、静寂を破った。
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