雪ごいのトリプレット The Lovers

梅室しば

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三章 裏庭に棲みついたもの

地中の真の姿

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「例えば、キノコです。
 鍋や天ぷらの具材としてわたし達が日頃口にするのは、繁殖の為に地上に現れるじつたいと呼ばれる部分で、これは菌糸と呼ばれる微細な器官が寄り集まって形成されています。
 菌糸は、キノコの胞子が発芽した後の形態で、その名の通り、糸状に地中に張り巡らされて養分を吸収しています。こう聞くと、一般的な植物の根と大差ないように思えるかもしれませんが、菌糸がカバー出来る範囲は、それとは比べ物にならないほど広いと考えられています。
 海外における事例ですが、とある種のキノコを調査した所、そのキノコが生えている森全体を網羅するほどの巨大な菌糸を持つ事がわかり、その為、これを一つの個体とみなすのであれば、地球最大の生物はキノコであると言える、というニュースが一時期出回ったほどです」
「ああ、なんかそれ、聞いた事あるわ」柊牙が頷く。
「確かに、地中に埋まっている菌糸自体に瘴気が蓄えられているのだとしたら、地上に出てくるつごもりさんだけに対処していてもきりがない」史岐が顎をさすりながら目を細くした。「かと言って、屋敷がある場所の地面を掘り返すような事は、とても……」
「なら、司令塔を機能不全に陥らせれば良い」
 別海の発言に、利玖が「え?」と目を丸くした。
「そんな事、出来るのですか?」
「刀で頭から足先まで真っ二つに切り裂かれて平然としていられる生きものは、そうはいるまいよ」
 利玖達は、つかの間、ぽかんとした顔で別海を見つめた後、ゆっくりと柑乃に目を移した。
「ああ、そりゃ、そうか……」柊牙が呆気に取られたように片手を後頭部に回す。「うん、そうだ。次々に湧いてくる末端の兵士を潰して回るような真似をしなくても、初めから、ハリルロウの方をやっちまえば早かったんじゃねえか。何でそうしなかったんだ?」
 それは自分も尋ねた事だ、と思ったが、史岐は別海の口から答えを聞く為に黙っていた。
「理由は二つある。一つ目は、わたしらがつごもりさんを『良き隣人』だと思っていた事。妖とはいえ、長年親交のあった相手を、変異を起こした理由も解明出来ない内から、ただ害をなす存在だと決めつけてほふるのは躊躇われた」別海は唇を噛み、鼻から息を漏らす。「だからこそ、薬で鎮静させるだけに留めておきたかったんだがね。もう一つの理由は……」
「それが神殺しにあたるかもしれないから」匠が抑揚のない声で別海の言葉を引き取った。
「よほど低俗な妖でもない限り、どこかしらの土地神や、何かの守り神として祭り上げられている可能性は排除出来ない。人間の利を守る為に、一方的にそういった存在を抹殺する行為は、祟りを招くと言われている」
 匠は言葉を切ると、厳しい目で別海を見た。
「僕は、そっちの心配は、まだ消えていないと思いますよ」
「そうかい? わたしは、状況が変わったと考えているけどね」別海は眉を上げ、よっこらせ、と言いながら縁側に腰かけた。
「放っておけば土地そのものが死に絶えるとなれば、これを防ぐ理由は、もはや人の利のみではない。その地に住まう動植物や矮小な妖も、等しく危機に晒されているのだからね。むしろ、ここで手をこまねいていて取り返しのつかない事態になったら、今度は岩河弥の土地神から怒りを買うかもしれない」
「ああ……」匠が首をふって舌打ちをする。「七面倒くさいな、まったく」
「そう怖い顔をしなさんな」別海は匠を見つめて微笑んだ。「祟りの事なら、ひとまずは心配いらないよ。適任がのこのこと自分の方から来てくれたからね」
「言い方に棘があるなあ」脇で話を聞いていた加邊が苦笑する。「まあ、同門のよしみもあるし、ここまで来たからには付き合うけどね」
「加邊は、はらい、鎮める事に特化した術者なのさ」
 祟りと聞いて、顔を引きつらせている大学生達三人に別海が説明する。
「死霊相手なら相当の場数を踏んでいる。折り紙付きとまでは言わないが、一任しても問題ないだろう。それに……」別海は利玖達の方に身を乗り出して声をひそめた。「引導を渡すのが加邊なら、祟りもあちらに向くだろうからね」
「聞こえてるよ」
 加邊が背後で呟いた。
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