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二章 古本を蒐集する妖

探る

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 柊牙がどれだけ力を入れて引っ張ってもびくともしなかった革紐の金具は、匠の指がふれた途端、カチリと軽い音を立てて外れた。
「ありがとうございます」柊牙が満足げに手首をさすりながら匠を見上げる。「ああ、よく見えるようになった……。で、何から探しましょうか」
「君の詩集からお願いしようかな。自分の持ち物なら、特徴もよくわかっているだろう」回収した革紐を丸めて服のポケットに入れながら匠が答える。「それに、君が外から持ち込んだ本なら、位置を探す振りをして過去を探られてもこちらの不利益にはなり得ない」
「あらら」柊牙が苦笑した。「信用されてないな」
「客観視出来るようになったみたいだね」
 その会話を、居間の隅から遠巻きに聞いていた利玖がため息を漏らすのを見て、史岐は彼女の耳元に顔を寄せた。
「柄は悪いけど、あいつはあれくらいの事で腹を立てないから、大丈夫だよ」
「兄さん、柊牙さんはお客様だという事を完全に忘れていると思います……」利玖は両肩を持ち上げて、それをすとんと落とすジェスチャ。それから、興味津々といった様子で首を伸ばして、詩集の位置の特定に取りかかっている柊牙の方を見た。
「準備とか、何も必要ないのですね。傍から見ていると、特別な事をしているようには見えません」
「うん。普通に会話していて、いきなりずばっと言い当てるから、びっくりするよ」
「史岐さんも何か、探してもらった事があるのですか?」
「煙草とか」
「は」利玖が愕然としたように唇を半開きにして史岐を見る。「なくさないでください、そんな大事な物……」
 ごく一部の者にしか知られていない事だが、史岐の煙草は特注で、強い依存性がある。以前、出先で切らして、酷い頭痛を起こした時は、よりにもよって利玖に元許嫁のたいら梓葉あずはに電話をかけさせ、予備のカートンを持って来るように頼んでもらうという大失態を犯した。今でも、思い出すと、あの時とよく似た痛みが頭の奥でうずく記憶である。
「利玖ちゃんに言われると、こたえるね」
「それは良い事を聞きました。もっと言って差し上げましょう」
 その時、柊牙が、あ、と声を上げた。
「見つけた」片手を掲げ、どこかを指し示そうとしたようだったが、上手く捉えられないのか、半ば宙に浮かせたままの状態で、すっ、すっと視線だけをせわしなく動かしている。「これは……、外に向かってる?」
「蔵の方ですか?」利玖が訊く。
 柊牙が首を振ると、彼女は意を決したように、匠の隣に進み出た。
「兄さん。わたしの本も、柊牙さんに探して頂こうと思うのですが」
 匠は顔をしかめ、心底気乗りしていなさそうな様子で頬を掻いていたが、最後には「まあ、いいか……」と頷いた。
「ずっと部屋に置きっ放しだったのなら、大した『履歴』も残っていないだろうし」
「ありがとうございます」
 利玖は、柊牙に向き直ると、自分のスマートフォンの画面を差し出した。
 日本画風のイラストを用いた小説の表紙が表示されている。あらかじめネットで書影を調べて、すぐに画像を提示出来るようにしてあったのだろう。
「こちらとほぼ同じ物ですが、図書館が所蔵している物なので、本全体に保護用のフィルムがかけられています。裏面にも、おそらく、管理用のバーコードが貼付されているはずです」
 柊牙は頷き、さっきまで見ていた方向に目を戻した。
「……うん。いるな」そう口にするまで、一分とかからなかった。「俺の詩集と近い所にいる。同じ方向に向かっているみたいだけど、動きはばらばらだ」
 柊牙は硬い面持ちで振り向いた。
「やっぱり、これ、何人かいますよ」
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