雪ごいのトリプレット The Lovers

梅室しば

文字の大きさ
上 下
16 / 38
二章 古本を蒐集する妖

打って出る

しおりを挟む
 消えた本は二冊だけではなかった。
 史岐達が居間に戻るのとほぼ同時に、顔面蒼白の利玖が駆け込んできて、正月の間に読もうと思っていた本が見当たらない、と訴えた。
『年末年始は図書館も開いていないでしょ』
と真波が先手を打って借りてきた、シリーズ物の長編歴史小説で、帰省した最初の日に自分の部屋の入り口近くに積まれている場面は目にしたが、その後は何やかやと忙しく動き回っていて一度も読む時間が取れなかった為、外に持ち出されている事はありえない、という。
 その話を聞き終えた所で、匠が、自分の書棚からも過去に使っていたシステム手帳がなくなっている、と明かした。
「僕の場合、利玖や史岐君達と違って、何年も棚の隅に押し込んでそのままにしていたから、母さんが見かねて処分したのかもしれないけど」
「真波さんは、勝手に子どもの持ち物を捨てるような人じゃないよ」別海が険しい顔で首を振る。「これは、つごもりさんとまったく関係のない事だとは、ちょっと考えられないね」
「どうして蔵の本には手をつけないんでしょうか」利玖はずっと眉間に皺を寄せている。「新しい物の方が良い、という事ですか?」
「俺の詩集は相当古いよ。汚れもあるし、ページが破れている所もある」と柊牙。
「それを言うなら、図書館で借りてきた本だって新品だとは言えない」匠が口もとを手で押さえたまま、くぐもった声で言った。自分達を取り巻く状況について、頭の中でいくつもの推論を立て、高速で比較検討しているのだろう。「これは、家の中にある本が狙われているな……」
「柑乃さんからは報告がないのですか? なくなった本が、どこかに集められている様子は?」
 匠が黙って首を振ると、利玖は、ぐっと唇を結んで柊牙に向き直った。
「柊牙さん。ご自身で買われた本なら、行方を追えますか」
「自分の所有物かどうかに限らず、詳しい特徴がわかっていれば、ある程度は絞り込める」柊牙はゆっくりと答え、革紐が巻かれた手首を見せた。「もちろん、これがなければ、の話だけど」
「わかりました」頷くと、利玖は傍らで身を乗り出して何か言おうとしている兄に向かって、まっすぐに手のひらを突きつけて制した。「敵の正体がわからない今、唯一、まともに戦える柑乃さんに、本の捜索をお願いする事は出来ません。柑乃さんには引き続き、索敵と哨戒を続けてもらい、それと並行して、わたし達で本の行方を探るのが得策と考えます」
「駄目だ」匠は首を振る。「大人数でまとまっている事で安全を確保するという方針と矛盾する。たかが──」
「たかが本の為にそこまでの危険は冒せない、と?」
 兄の言葉を引き取った利玖は、ぎらぎらと底光りする目で兄を睨んだ。
「それこそが矛盾です。我々が何代にもわたって、固い地盤で覆い隠してまで守り続けてきたものに、兄さんは、価値がないとおっしゃるのですか?」
 脇で聞いていた別海が、利玖の言い分に興をそそられたように唇の端に笑みを浮かべるのを見て、匠が「先生……」と困り果てた声色で懇願する。
 この男にも頭の上がらない相手はいるのだな、と史岐は妙な所で感動を覚えた。
「失礼」別海は咳払いをして、笑みを収めた。「しかし、利玖お嬢さんのおっしゃる事ももっともだと思うがね。どのみち、イレギュラな事態である事には変わりがない。なくなった本がどうなっているかわかれば、柑乃の仕事も、幾らかはやり易くなるかもしれないよ」
「しかし、まじないを解くという事は、彼にここで過去視を行われる危険を見過ごすという事ですよ」
「それは単に、やろうと思えば出来るようになる、というだけさ。客としてもてなしを受けている以上、断りなく異能の力を使う事は許されない。その取り決めは変わらないよ。……それに、史岐君」
 急に呼ばれて、史岐は、はたと顔を上げた。
「そういう真似をさせない為にお前さんがいるんだろう?」
「え……」
 持ち去られた学術書を傷つけずに、しかも、利玖や匠に表紙を見られる前に取り戻すにはどうすれば良いか、その事ばかりを考えていた史岐は、緊迫した状況から著しく乖離した反応速度で頷いた。
「あ、はい……。そうですね」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

これもなにかの縁ですし 〜あやかし縁結びカフェとほっこり焼き物めぐり

枢 呂紅
キャラ文芸
★第5回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました!応援いただきありがとうございます★ 大学一年生の春。夢の一人暮らしを始めた鈴だが、毎日謎の不幸が続いていた。 悪運を祓うべく通称:縁結び神社にお参りした鈴は、そこで不思議なイケメンに衝撃の一言を放たれてしまう。 「だって君。悪い縁(えにし)に取り憑かれているもの」 彼に連れて行かれたのは、妖怪だけが集うノスタルジックなカフェ、縁結びカフェ。 そこで鈴は、妖狐と陰陽師を先祖に持つという不思議なイケメン店長・狐月により、自分と縁を結んだ『貧乏神』と対峙するけども……? 人とあやかしの世が別れた時代に、ひとと妖怪、そして店主の趣味のほっこり焼き物が交錯する。 これは、偶然に出会い結ばれたひととあやかしを繋ぐ、優しくあたたかな『縁結び』の物語。

狼神様と生贄の唄巫女 虐げられた盲目の少女は、獣の神に愛される

茶柱まちこ
キャラ文芸
 雪深い農村で育った少女・すずは、赤子のころにかけられた呪いによって盲目となり、姉や村人たちに虐いたげられる日々を送っていた。  ある日、すずは村人たちに騙されて生贄にされ、雪山の神社に閉じ込められてしまう。失意の中、絶命寸前の彼女を救ったのは、狼と人間を掛け合わせたような姿の男──村人たちが崇める守護神・大神だった。  呪いを解く代わりに大神のもとで働くことになったすずは、大神やあやかしたちの優しさに触れ、幸せを知っていく──。  神様と盲目少女が紡ぐ、和風恋愛幻想譚。 (旧題:『大神様のお気に入り』)

【完結】召しませ神様おむすび処〜メニューは一択。思い出の味のみ〜

四片霞彩
キャラ文芸
【第6回ほっこり・じんわり大賞にて奨励賞を受賞いたしました🌸】 応援いただいた皆様、お読みいただいた皆様、本当にありがとうございました! ❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。. 疲れた時は神様のおにぎり処に足を運んで。店主の豊穣の神が握るおにぎりが貴方を癒してくれる。 ここは人もあやかしも神も訪れるおむすび処。メニューは一択。店主にとっての思い出の味のみ――。 大学進学を機に田舎から都会に上京した伊勢山莉亜は、都会に馴染めず、居場所のなさを感じていた。 とある夕方、花見で立ち寄った公園で人のいない場所を探していると、キジ白の猫である神使のハルに導かれて、名前を忘れた豊穣の神・蓬が営むおむすび処に辿り着く。 自分が使役する神使のハルが迷惑を掛けたお詫びとして、おむすび処の唯一のメニューである塩おにぎりをご馳走してくれる蓬。おにぎりを食べた莉亜は心を解きほぐされ、今まで溜めこんでいた感情を吐露して泣き出してしまうのだった。 店に通うようになった莉亜は、蓬が料理人として致命的なある物を失っていることを知ってしまう。そして、それを失っている蓬は近い内に消滅してしまうとも。 それでも蓬は自身が消える時までおにぎりを握り続け、店を開けるという。 そこにはおむすび処の唯一のメニューである塩おにぎりと、かつて蓬を信仰していた人間・セイとの間にあった優しい思い出と大切な借り物、そして蓬が犯した取り返しのつかない罪が深く関わっていたのだった。 「これも俺の運命だ。アイツが現れるまで、ここでアイツから借りたものを守り続けること。それが俺に出来る、唯一の贖罪だ」 蓬を助けるには、豊穣の神としての蓬の名前とセイとの思い出の味という塩おにぎりが必要だという。 莉亜は蓬とセイのために、蓬の名前とセイとの思い出の味を見つけると決意するがーー。 蓬がセイに犯した罪とは、そして蓬は名前と思い出の味を思い出せるのかーー。 ❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。. ※ノベマに掲載していた短編作品を加筆、修正した長編作品になります。 ※ほっこり・じんわり大賞の応募について、運営様より許可をいただいております。

我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】 少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。 次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。 姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。 笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。 なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中

ill〜怪異特務課事件簿〜

錦木
ホラー
現実の常識が通用しない『怪異』絡みの事件を扱う「怪異特務課」。 ミステリアスで冷徹な捜査官・名護、真面目である事情により怪異と深くつながる体質となってしまった捜査官・戸草。 とある秘密を共有する二人は協力して怪奇事件の捜査を行う。

軍艦少女は死に至る夢を見る【船魄紹介まとめ】

takahiro
キャラ文芸
同名の小説「軍艦少女は死に至る夢を見る~戦時下の大日本帝国から始まる艦船擬人化物語~」(https://www.alphapolis.co.jp/novel/176458335/571869563)のキャラ紹介だけを纏めたものです。 小説全体に散らばっていて見返しづらくなっていたので、別に独立させることにしました。内容は全く同じです。本編の内容自体に触れることは少ないので大してネタバレにはなりませんが、誰が登場するかを楽しみにしておきたい方はブラウザバックしてください。 なお挿絵は全てAI加筆なので雰囲気程度です。

あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 令和のはじめ。  めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。  同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。  酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。  休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。  職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。  おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。  庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。

処理中です...