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二章 古本を蒐集する妖
招集
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「つごもりさんにお渡しする本をまとめておく場所が、どうして蔵の前なのか、わかるかい?」
別海が、斜め後ろを歩いている利玖を見やりながら、訊ねた。
一行は居間を離れ、別海の先導で廊下を進んでいる。いくら佐倉川邸が広いといっても、二名以上が横に並んで悠々と歩けるような幅はなく、ゆるやかに列を作って進んでいる形だった。最後尾に匠がいて、史岐と柊牙は佐倉川兄妹の間に挟まれている。
「それは、兄さんが蔵の大掃除中に古本を見つけたからじゃ……」そこまで話して、利玖は、え、と言葉を切った。「ひょっとして、何か別の理由があって、蔵の前と決まっているんですか?」
「そう。あそこはね、地下の洞に通じる道に近いとされているのさ」
後ろで史岐達が聞いている事など、まったく意に介さない様子で別海は言った。
「ただ、どれだけ調べても、それらしい抜け穴は見つからなかった。おそらく人間には行き来できない道なのだろうね」
「利玖さんの話によれば、つごもりさんは、岩棚に渡された注連縄の向こう側に座っていたそうですね」柊牙が発言した。「つまり、地下水流がある方です。注連縄が『仕切り』として機能しているのであれば、つごもりさんは地上からではなく、どこかの支流か、あるいは水源から、水流の中を通って来た事になる」
利玖は、はっとした。
半透明で、形の安定しない、ぶよぶよとしたあの見た目。確かに、水に由来するモノなのだと考えればしっくり来る。
「わたしもそう思う」別海は、柊牙を見て微笑んだ。「地下水流を行き来しているつごもりさんが、紙製の本をどうやって運んでいるのか、そもそも水の中に持ち帰っているのか、その辺りはまだわかっていないけどね。……とにかく、本が置かれている場所も、つごもりさんがそこに現れる事も、わたしは知っているわけだ」
別海は足を止め、場所の見当をつけるように、左手の窓に引かれたカーテンを眺めた後、布の端に手をかけて脇へ押しやった。
「湯を頂いた後、わたしは、蔵の入り口に一番近いこの窓の前を通って部屋に戻った。──ご覧」
カーテンの隙間から蔵の方を透かし見た一同は、ぎょっとした。
蔵の前には、きちんと紐で束ねられた本の山が手つかずのまま放置されていたのだ。
「どうして……」鼻先がくっつきそうなほど窓に顔を寄せて、利玖が呟いた。「わたしが岩棚で見たのは、つごもりさんではなかったという事ですか?」
「いや、その可能性は低いと思うが……」
考え込んでいる別海の隣で、上体をかがめて蔵を見ていた匠が、やおら身を起こした。
「別海先生」低く、無機質な声で匠は言った。
「彼女が来ていますね?」
別海の顔つきが険しくなった。
「……危ない橋を渡らせる為に連れて来たんじゃないよ」
「しかし、現状、彼女以上に適任な者はいません」
別海は、傍目にも肩が持ち上がるのがわかるほど深々と息を吸い、それを全部ため息に変えて吐き出した。
「構いませんか」匠が念を押す。
「好きにおし」別海が冷たい声音で言った。
匠は頷き、蔵に目を据えたまま、
「柑乃」
と呼んだ。
さして大きい声ではなかったのに、十秒と経たないうちに、屋敷の内側からこちらへ駆けてくる足音が利玖達にも聞こえた。それは匠の後ろまで来て、ぴたりと止まった。
「何か入ってきている。気づいているか?」匠が問いかけた。
「御屋敷の中に三体。外にもう一体。その近くに、数は読めませんが、気配の違うモノも混じっています」
柑乃の声が聞こえた途端、史岐は、後ろから誰かに服の裾を引っぱられるのを感じた。
振り向くと、利玖が服の裾を掴んでいるのが見えた。血の気が引いた真っ白な顔だった。
動揺を表に出すまいとしているのか、視線はまっすぐに柑乃に向いている。だが、指先は小刻みに震えていた。自分が何を掴んでいるのかもわかっていないような表情だった。
潮蕊大社で利玖を異界に引きずり込んだ妖と、柑乃は別の存在であると、利玖も一度は結論づけている。だが、顔立ちは、まるで写し取ったように似ているのだ。危険はないとわかっていても、目にした瞬間、とっさに恐怖を抑えられないのだろう。
つかの間の逡巡の末に、史岐が包むように手を重ねると、利玖は、はっと息をのんだ。
もぎ離すように、そろそろと手を下ろし、史岐の方を見上げて何か言いかけたようだったが、結局、床に視線を逸らして口を閉ざした。
「もう少し情報が欲しい。気取られないように探れるか?」
匠の指示に、柑乃は無言で頷き、踵を返すと、滑るように元いた暗がりの中へと姿を消した。
別海が、斜め後ろを歩いている利玖を見やりながら、訊ねた。
一行は居間を離れ、別海の先導で廊下を進んでいる。いくら佐倉川邸が広いといっても、二名以上が横に並んで悠々と歩けるような幅はなく、ゆるやかに列を作って進んでいる形だった。最後尾に匠がいて、史岐と柊牙は佐倉川兄妹の間に挟まれている。
「それは、兄さんが蔵の大掃除中に古本を見つけたからじゃ……」そこまで話して、利玖は、え、と言葉を切った。「ひょっとして、何か別の理由があって、蔵の前と決まっているんですか?」
「そう。あそこはね、地下の洞に通じる道に近いとされているのさ」
後ろで史岐達が聞いている事など、まったく意に介さない様子で別海は言った。
「ただ、どれだけ調べても、それらしい抜け穴は見つからなかった。おそらく人間には行き来できない道なのだろうね」
「利玖さんの話によれば、つごもりさんは、岩棚に渡された注連縄の向こう側に座っていたそうですね」柊牙が発言した。「つまり、地下水流がある方です。注連縄が『仕切り』として機能しているのであれば、つごもりさんは地上からではなく、どこかの支流か、あるいは水源から、水流の中を通って来た事になる」
利玖は、はっとした。
半透明で、形の安定しない、ぶよぶよとしたあの見た目。確かに、水に由来するモノなのだと考えればしっくり来る。
「わたしもそう思う」別海は、柊牙を見て微笑んだ。「地下水流を行き来しているつごもりさんが、紙製の本をどうやって運んでいるのか、そもそも水の中に持ち帰っているのか、その辺りはまだわかっていないけどね。……とにかく、本が置かれている場所も、つごもりさんがそこに現れる事も、わたしは知っているわけだ」
別海は足を止め、場所の見当をつけるように、左手の窓に引かれたカーテンを眺めた後、布の端に手をかけて脇へ押しやった。
「湯を頂いた後、わたしは、蔵の入り口に一番近いこの窓の前を通って部屋に戻った。──ご覧」
カーテンの隙間から蔵の方を透かし見た一同は、ぎょっとした。
蔵の前には、きちんと紐で束ねられた本の山が手つかずのまま放置されていたのだ。
「どうして……」鼻先がくっつきそうなほど窓に顔を寄せて、利玖が呟いた。「わたしが岩棚で見たのは、つごもりさんではなかったという事ですか?」
「いや、その可能性は低いと思うが……」
考え込んでいる別海の隣で、上体をかがめて蔵を見ていた匠が、やおら身を起こした。
「別海先生」低く、無機質な声で匠は言った。
「彼女が来ていますね?」
別海の顔つきが険しくなった。
「……危ない橋を渡らせる為に連れて来たんじゃないよ」
「しかし、現状、彼女以上に適任な者はいません」
別海は、傍目にも肩が持ち上がるのがわかるほど深々と息を吸い、それを全部ため息に変えて吐き出した。
「構いませんか」匠が念を押す。
「好きにおし」別海が冷たい声音で言った。
匠は頷き、蔵に目を据えたまま、
「柑乃」
と呼んだ。
さして大きい声ではなかったのに、十秒と経たないうちに、屋敷の内側からこちらへ駆けてくる足音が利玖達にも聞こえた。それは匠の後ろまで来て、ぴたりと止まった。
「何か入ってきている。気づいているか?」匠が問いかけた。
「御屋敷の中に三体。外にもう一体。その近くに、数は読めませんが、気配の違うモノも混じっています」
柑乃の声が聞こえた途端、史岐は、後ろから誰かに服の裾を引っぱられるのを感じた。
振り向くと、利玖が服の裾を掴んでいるのが見えた。血の気が引いた真っ白な顔だった。
動揺を表に出すまいとしているのか、視線はまっすぐに柑乃に向いている。だが、指先は小刻みに震えていた。自分が何を掴んでいるのかもわかっていないような表情だった。
潮蕊大社で利玖を異界に引きずり込んだ妖と、柑乃は別の存在であると、利玖も一度は結論づけている。だが、顔立ちは、まるで写し取ったように似ているのだ。危険はないとわかっていても、目にした瞬間、とっさに恐怖を抑えられないのだろう。
つかの間の逡巡の末に、史岐が包むように手を重ねると、利玖は、はっと息をのんだ。
もぎ離すように、そろそろと手を下ろし、史岐の方を見上げて何か言いかけたようだったが、結局、床に視線を逸らして口を閉ざした。
「もう少し情報が欲しい。気取られないように探れるか?」
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