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二章 古本を蒐集する妖

別海の懸念

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 ジルベスタ・コンサートの中継をバックグラウンド・ミュージックに、にしんの甘露煮が添えられた年越し蕎麦をすすり、話題はいつしか当たり障りのない一年の総括から、史岐が客間の前で見たモノの話になっていた。
「そういや、お前、詩集はどうしたんだよ」
と柊牙が思い出したように発言した為である。
 曲がり角の手前で引き返す決断をした時は、後できちんと説明しようと思っていたのに、いざ居間に戻ってみると、テレビには自分がステージ上で歌唱している場面が大々的に映し出されているし、リモコンの所有権をめぐって柊牙と揉めているうちに当の柑乃は逃げるように居間を出て行ってしまって、結局、詩集を取って来られなかった訳は話せていないままだった。
 柑乃はまだ戻って来ていない。
 蕎麦の用意が出来たからと、利玖に呼ばれて連れて来られたのは別海医師だけだった。
「詩集?」近くに座っていた利玖が反応した。「史岐さん、詩を読まれるのですか?」
「いや、僕じゃなくて、柊牙が持ってきたやつ。古本屋で買ったんだって。僕も時々は読むよ。でも、今日はそういう本は持ってきていない」
 ひとたび柊牙の口から柑乃の名が出たら事態が好ましくない方向に急転するのは自明である。口を挟む隙を与えまいと、史岐は思いつくままに言葉を次いだ。
「あ、というか、そもそも、ここの御屋敷って勝手に外から本を持ち込んでも大丈夫なのかな。何か手続きが必要だったなら、たぶん、していないと思う。今からでも間に合うなら、急いでするけど」
「いえ、特に、そういった決まりはありませんが……」
 追い立てられるように喋り続ける史岐を見て、さすがの利玖も奇怪なものを見る眼差しになった。
 心にぴし、と傷が入る音がしたが、大晦日の安寧を守る為にはやむを得ないと目をつぶる。
「よかった。──えっと、どこまで話したっけ、そう、さっき、居間で待たせてもらっている間に一度、煙草を吸いに縁側に行って、そうしたら柊牙が、持ってきた詩集を読みたいって言うから、ついでに取ってきてやる事になってね」
「俺じゃなくて、か……」
 言いかけた柊牙は、史岐に鬼のような形相で睨まれて口をつぐんだ。
「か?」利玖がいぶかしげに眉をひそめる。
「歌詞の参考にしようと思って」史岐は素早く表情を笑顔にスイッチして彼女に向き直る。「今、バンドで曲作りをしているから」
「はあ、そうですか」利玖は箸にからめていた蕎麦をつるつるとすすった。「それで、見つけられなかったんですか?」
「その事をお話しする前に、確認させていただきたいのですが」
 別海と匠にも意見を仰ぐ為に、史岐は意図的に口調を切り替えた。
「つごもりさんは、家の中には入って来られないのですね?」
「ああ、そうだよ」別海が答えた。「こちらが禁じているわけではないのだがね。元々、そういった性質なのだろう。本を集めはするが、ヒトそれ自体には害なすどころか、興味すら持たないようだ」別海は言葉を切って、にやっと笑った。「なんだい。何か、妙なものでも見たかね」
「ご不快な思いをさせたら申し訳ありません」史岐は最初に、そう言って断りを入れた。「詩集に煙の臭いが付いたら良くないと思い、先に縁側に寄りました。煙草を吸い終えて、客間に向かって歩いて行く途中、絵葉書の掛かった曲がり角の所で……。たぶん、一体だけです。全身は見えませんでしたが、足の造形は、人間に酷似していました」
「しかし、人間ではないと?」別海が確認する。
 史岐はえて、黙って頷いた。
 そう断じる事の出来る根拠は、たとえ、相手が同じように異形のモノ達を見る事が出来る人間であったとしても、言葉にして伝わるような類のものではない。そう感じた、としか説明しようがないのだ。
 別海は、しばらく考え、やがておもむろに頷いた。
「わかったよ。……しかし、それならわたしにも一つ、気になっている事がある」
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