雪ごいのトリプレット The Lovers

梅室しば

文字の大きさ
上 下
6 / 38
二章 古本を蒐集する妖

猫に小判 母に茶葉

しおりを挟む
 別海に続いて風呂を使わせてもらった後、史岐と柊牙は居間の炬燵にもぐってテレビを点けた。居間にある物は好きに使ってもらって構わないと、屋敷に着いた時に真波から告げられている。
 しかし、どの局も、どうして一年の最後の日というだけでこんなに奇をてらおうとするのか、見ていて気の落ち着かない番組ばかりで、かといって何も点けずにいるのも気詰まりなので、ザッピングした末に生放送の歌番組を流しておく事にした。大学ではバンドサークルに所属している二人である。
「曲作りだけどさ」籠から取ったみかんを剥きながら柊牙が口を開いた。「どうも、これだ、っていう歌詞が決まらなくてよ。口ずさんだ時に引っかかりのない言葉を選ぶってのは難しいな」
 史岐達のバンドは、既存の曲のカヴァーを中心に演奏するいわゆるコピィ・バンドだが、就職活動と卒業研究で練習に時間が割けなくなる前に、一度、完全オリジナルの曲を作ってみないか、という話が出ていた。
 メンバの中で、最も多様な分野の本を読んでいるのは、実は柊牙である為、歌詞については彼に一任されている。
「テンポを重視するなら、小説よりも詩が参考になるかと思ってよ。古本屋で買い集めて、片っ端から読んでるけど、ありゃ、主題を先に決めないと駄目だな。収拾がつかない」
「主題か……」史岐はみかんを両手で持って、天井を睨んだ。「難しいな。曲の雰囲気をどうしたいかにもよるし」
「今日も一冊持ってきてるけど、後で読むか?」
「ああ、頼む」
 そんな話をしているうちに、真波達が戻ってきた。
 寒い、寒いと息せき切らして言いながら、それでもきちんと洗面所で手を洗ってから居間にやって来る。真波と利玖は、鼻の頭が、絵筆でこすったように赤くなっていた。
「これ、面白いですか?」
 利玖がテレビを一瞥して訊く。
 時間帯でいえば、まだ歌番組が続いているはずだが、画面にはなぜか、ジュエリィみたいなケーキを口に運んで味や見映えを絶賛する芸能人が映し出されている。その中に、さっきまでステージに立っていた歌手の姿が少なからず混じっているのを見て、史岐は思わずため息をついた。
「そうでもないけど、消去法でね」
「録り溜めた映画がありますよ。あと、興味深いドキュメントも色々と」
 利玖がリモコンを操作してレコーダを起動しながら、いそいそと炬燵にもぐり込もうとするのを見て、真波が「こら!」と叱責した。
「お蕎麦の準備が先よ。さっき、そう話したでしょう」
「みかんを一個食べる間くらい、休んでもいいんじゃないですか」
 匠が妹に助け舟を出した。
 炬燵の方には近寄って来ず、居間の隅から座布団を一枚拾い上げる。
「二人とも、まだそんなにお腹も空いてないよね?」
「あ……、はい」史岐は、返事をするのと同時に立ち上がって、今まで座っていた所を手で示した。「すみません、気が回らなくて。ここ、使ってください」
「ああ、悪いね」特に遠慮するでもなく、匠は、史岐と入れ替わりで炬燵にもぐると、手を伸ばしてテレビ台の下から茶櫃を引き寄せた。「じゃあ、お茶でも淹れようかな。母さん、何か、良い茶葉はありますか?」
 そう訊かれた途端、真波の顔が、ぱっと少女のように明るくなった。
「そう、思い出した! ぴったりの物があるのよ。キンカンの香りがついていてね、喉にも良いの。熊野君は大学で、バンドのボーカルなんでしょう? ぜひ、ご馳走したいと思って。あ、でも、どこに置いたかな、部屋かしら……、ちょっと見てこなきゃ……」
 さかんにひとり言を口にしながらふらりと歩き始めた真波は、途中で一度、思い出したように引き返してきて障子の間から顔を覗かせた。
「匠、お湯だけ先に沸かしておいてくれる? それと、急須と湯呑みも温めておいてくれるかしら。香りがよく引き立つから」
「わかりました」
「ありがとう。じゃあ、よろしくね」
 ふんふんと鼻歌をうたいながら、真波が茶葉を探しに出て行き、しばらくすると、利玖が感心したようにしみじみと呟いた。
「お母さんの気を逸らさせたい時は、お茶の話に持っていくのが効果的なんですね」
「あんまり乱用するんじゃないよ」匠が茶櫃から湯呑みを取り出しながら、やんわりと窘める。「茶葉だって無限に出てくるわけじゃないんだから……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

舞いあがる五月 Soaring May

梅室しば
キャラ文芸
【潟杜大学生物科学科二年生。彼女が挑むのは「怪異」と呼ばれる稀有な事象。】 佐倉川利玖は、風光明媚な城下町にある国立潟杜大学に通う理学部生物科学科の2年生。飲み会帰りの夜道で「光る毛玉」のような物体を見つけた彼女は、それに触れようと指を伸ばした次の瞬間、毛玉に襲い掛かられて声が出なくなってしまう。そこに現れたのは工学部三年生の青年・熊野史岐。筆談で状況の説明を求める利玖に、彼は告げる。「それ、喉に憑くやつなんだよね。だから、いわゆる『口移し』でしか──」 ※本作はホームページ及び「pixiv」「カクヨム」「小説家になろう」「エブリスタ」にも掲載しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ひかるのヒミツ

世々良木夜風
キャラ文芸
ひかるは14才のお嬢様。魔法少女専門グッズ店の店長さんをやっていて、毎日、学業との両立に奮闘中! そんなひかるは実は悪の秘密結社ダーク・ライトの首領で、魔法少女と戦う宿命を持っていたりするのです! でも、魔法少女と戦うときは何故か男の人の姿に...それには過去のトラウマが関連しているらしいのですが... 魔法少女あり!悪の組織あり!勘違いあり!感動なし!の悪乗りコメディ、スタート!! 気楽に読める作品を目指してますので、ヒマなときにでもどうぞ。 途中から読んでも大丈夫なので、気になるサブタイトルから読むのもありかと思います。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

【フリー声劇台本】地下劇場ゆうとぴあ(女性3人用)

摩訶子
キャラ文芸
『いらっしゃいませ。カフェではなく、【劇場】の方のお客様ですか。……それなら、あなたはヒトではないようですね』 表向きは、美しすぎる女性店主と元気なバイトの女の子が迎える大人気のカフェ。 しかしその地下に人知れず存在する秘密の【朗読劇場】こそが、彼女たちの本当の仕事場。 観客は、かつては物語の主人公だった者たち。 未完成のまま葬られてしまった絵本の主人公たちにその【結末】を聴かせ、在るべき場所に戻すのが彼女たちの役目。 そんな二人の地下劇場の、ちょっとダークな幻想譚。 どなたでも自由にご使用OKですが、初めに「シナリオのご使用について」を必ずお読みくださいm(*_ _)m

「お節介鬼神とタヌキ娘のほっこり喫茶店~お疲れ心にお茶を一杯~」

GOM
キャラ文芸
  ここは四国のど真ん中、お大師様の力に守られた地。  そこに住まう、お節介焼きなあやかし達と人々の物語。  GOMがお送りします地元ファンタジー物語。  アルファポリス初登場です。 イラスト:鷲羽さん  

処理中です...