天蚕糸の月 Good luck.

梅室しば

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二章 学園祭初日

お汁粉(つぶあん)・一杯三百円

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 学園祭が開催される二日間、大学構内は奇天烈な格好をした学生で溢れ返る。
 ミス・コンテストや漫才などのステージに立つ為に着飾っている者もいれば、ただ祭りであるというだけの理由で、特にサークルとは関係のない有名な映像作品のキャラクタの扮装に興じている者もいる。
 その他にも、学生主体でかき集められる予算に限界がある為に、どうしても他所よそと被りがちになるメニューの差別化を図って、サークルの趣旨をアピールする装いに身を包んで臨む所もある。温泉同好会の場合は、ここに当てはまった。
 温泉という単語から、ごく素直な連想で「浴衣姿で歩いてお汁粉を宣伝する」という案が挙げられ、たまたま利玖の実家に普段使いの着物があま眠っている事がわかったので即採用となった。
 茉莉花の分と合わせて二人分、暖かい生綿きわたの羽織も一緒に送ってもらったが、冬の初めに差し掛かった高地・潟杜の冷え込みは生半可なものではなく、利玖も茉莉花もハイネックのインナーとタイツでしっかりと肌を守り、首にはマフラーも巻いていた。
 利玖はさらに、その上からベンチコートまで着ている。現場入りして撮影が始まるのを待っているタレントみたいだ、と茉莉花はひっそり思った。
 仕上げに『温泉同好会のお汁粉(つぶあん)・一杯三百円』と書いたビラを、首からぶら下げた厚紙に貼り付けて、売り子の完成である。
 当日の朝、集まった部員に利玖がビラを配布すると、おおー、と野太い歓声が上がった。
「佐倉川さん、絵上手いね」そう言ったのは、農学部二年生の編森あもり吾朗ごろうだ。
「うん、これはかなり美味しそう」彼の隣にいる今井いまい真一しんいちも同調する。
「紙コップのままだと、いまいち何の食べ物なのかわかりづらかったので、お椀に盛った所を描いてしまいましたが」
「それくらい誤差、誤差」「そうだよねえ。あくまでイメージだもん」
「あと、イラストを描いたのはわたしではありません。工学部の熊野史岐さんという方です。ご存じですか? 三年生で、バンドサークルご所属の方なのですが、多少絵心があると伺ったので、頼んだ所、快く引き受けて下さいました。なので、もし屋台に来られたらサービスしてあげて下さい。ちょっと尋常ではない美男子なのが目印です」
「え? 美男子で、熊野?」農学部トリオの最後の一人、篠ノ井しののい諒太りょうたが目をむいてのけぞった。「それって確か、すっごく女子から人気がある奴だろ? 佐倉川さん、どういう繋がりで──」
 しつけな質問をしようとした篠ノ井諒太の頭に茉莉花の手刀が落ちた。
 たおやかな手指に似つかわしくない一仕事を終えた茉莉花は、羽織の肩にかかった髪を払うと、
「なら、どこかに『イラスト・熊野史岐』って書いた方がいいかもしれないわね。コピーライトの観点からも、宣伝効果の観点からも」
と言った。
「わたしも、その点はご本人に確認しましたが、ビラ自体に料金設定をして売り物にするわけでもないし、無記名で構わないとの事です」
「なら、やめとこやめとこ」編森吾朗がたたみかけるような口調で言う。感情が昂ぶると同じ単語をくり返しがちになるのが彼の癖である。「そんな、年がら年中女子から追っかけ回されてるような人間の名前を借りたら、どこから恨みを買うかわかんないよ。温泉同好会は潟杜周辺の良質な温泉を追い求める、健全なサークルなんだからさ」
「集まればすっぽんぽんになって湯に浸かってる集団が、今更何言ってるのよ」
 編森吾朗の言葉には、うんうんと真面目な顔で頷いていた男子部員も、うら若き華奢な乙女の茉莉花がそう言うと、示し合わせたように赤くなって閉口してしまった。
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