二を構成する膜と鱗粉 Isometric pieces

梅室しば

文字の大きさ
上 下
2 / 11

おいしい空気

しおりを挟む
 さっき端まで歩いた通路をもう一度進む。
 相変わらず、右の通路は未開拓のままだ。もう少し外が明るくなったら見に行ってみよう。そんな機会が来るのかは、わからないが。
 末端部の数メートルには自動販売機が密集する。ペットボトルや缶の飲料だけではなく、ドリップ・コーヒーがカップに注がれるものや、煙草が買えるもの、ホット・スナックが買える変わり種もあった。
 今は特に用事がない。無視して先へ進む。
 喫煙所というのは、大学でもファミレスでも、たいてい敷地の端にあるものだ。ここも例外ではない。だが幸運な事に、屋外ではなく、開かない透明なドアの左側、自動販売機の六台目のような配置で建物内にあった。
 電話ボックスみたいにコンパクトな直方体で、全面硝子張りだ。木製のドアハンドルがついている。鍵はかかっておらず、ハンドルをつかんで横に引くと中に入る事が出来た。
 テーブルはなく、壁際に黒いレザーのベンチが一台置かれている。灰皿は中央に立っていた。本来は、煙草を吸わない自分が入るべきではない場所だが、どこを見ても誰も通りがかりそうにないので、少しの間、ここを使わせてもらう事にする。


 もっときな臭いのを予想していたが、意外にも、キャンディみたいな甘いフレーバーが感じられた。
 史岐しきも兄もシガレット一辺倒だが、最近では非加熱式煙草を取扱う店もずいぶんと増えた。甘いにおいの元は、きっとそれだろう。
 どちらにせよ、煙草のにおいには慣れている。フードコートと断絶されているおかげで、さっきみたいに吐き気を催さずに済むのが心底ありがたかった。
 ラップトップを開く為にベンチに腰かけると、ちょうど目の高さに灰皿があった。新品ではない。所々に引っかき傷や、焦げたような染みがある。だが、外側はきれいに拭き上げられて、吸い殻も灰も残されていなかった。
 やはりここにも、人がいた痕跡はない。
 休みなく駆動する空調の音が、不必要な刺激を吸着するホワイト・ノイズのような役割を果たして、しばらく作業に集中出来た。
 レポートが八割ほど出来上がった所で、利玖はラップトップを閉じ、ぐーんと体を伸ばした。あとの二割を埋めるのに、数日かかる事が経験則でわかっている。
 まだ固形物を食べる気にはなれなかったが、空腹を感じた。喉も少しいがらっぽい。
 財布を持って喫煙所を出た。飲料の自動販売機の前に立ち、商品のサンプルを右上から順に目で追っていく。
 二段目に差しかかった所で、
「あの……」
とか細い声が聞こえた。
 二つ左隣の自動販売機の前に若い女性が立っていた。痩せていて、髪はあまり長くない。眼鏡をかけている。リクルートスーツを着ていたが、そういったものが必要になる年齢にしてはやや小柄だった。それでも、利玖より頭一つ分は背が高い。
「えっと……、すみません。急に声をかけて」
「構いませんよ」利玖は財布を閉めて彼女に向き直った。「こんばんは。何か、お困り事ですか?」
 彼女はこわばった顔で頷いた。
 うつむいて、顎のそばで両手をこすり合わせ、何か思い悩んでいたようだったが、やがて意を決したように顔を上げた。
「やっと人を見つけたから、どうしたらいいか、一緒に考えてほしくて……。このサービスエリアに二日間ぐらい閉じ込められているんです」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

おっ☆パラ

うらたきよひこ
キャラ文芸
こんなハーレム展開あり? これがおっさんパラダイスか!? 新米サラリーマンの佐藤一真がなぜかおじさんたちにモテまくる。大学教授やガテン系現場監督、エリートコンサル、老舗料理長、はたまた流浪のバーテンダーまで、個性派ぞろい。どこがそんなに“おじさん心”をくすぐるのか? その天賦の“モテ力”をご覧あれ!

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

CODE:HEXA

青出 風太
キャラ文芸
舞台は近未来の日本。 AI技術の発展によってAIを搭載したロボットの社会進出が進む中、発展の陰に隠された事故は多くの孤児を生んでいた。 孤児である主人公の吹雪六花はAIの暴走を阻止する組織の一員として暗躍する。 ※「小説家になろう」「カクヨム」の方にも投稿しています。 ※毎週金曜日の投稿を予定しています。変更の可能性があります。

LOST TIME CAFE

一和希
キャラ文芸
高校生の佐々木彼方(ささきかなた)は、ある日不思議なカフェLOST TIME CAFEに入った。そこではお金の代わりに自分の寿命を支払うと言う訳のわからないカフェだった。 これはそんな訳のわからないカフェと彼方のちょっと変わった日常物語である。

怪しい二人 美術商とアウトロー

暇神
キャラ文芸
この街には、都市伝説がある。魔法の絵があるらしい。それらを全て揃えれば、何だってできるとされている。だが注意しなければならない。魔法の絵を持つ者は、美術商に狙われる。 毎週土日祝日の、午後八時に更新します。ぜひ読んで、できればご感想の程、よろしくお願い申し上げます。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...