リーリ・チノの弔砲

梅室しば

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祝祭の王都

青い月

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 ラァゴーとの対談は夜更よふけまで続いた。
 強靱な赤竜の体と小竜の群れ、そして、王族という身分に守られて旅をするルィヒは、〈赤竜を駆る姫リーリ・チノ〉としての役目の他に、不穏な動きのある領地や、修理が必要な街道などがないか、自らの目で確かめて王に報告する義務も負っている。
 卓上に広げた地図に文字や図を描き込みながら議論を交わし、いくつかの政策をまとめて、ようやく〈謁見ノ間〉をした時には、一瞬、ぐらっと眩暈がした。
(毎日、朝起きてから眠るまで、ずっとこんな事をくり返しているのか、ラァゴーは)
 ルィヒはぶるっと頭を振って歩き出した。
 赤竜の軍事転用という途方もない計画が、ラァゴー一人の思いつきであるはずがない。おそらく、まつりごとの中枢にいる大臣達が、ずっと前からそういった構想を抱いていて、機を見てラァゴーに進言したのだろう。
 もしかしたら、ラァゴーも、〈赤竜を駆る姫リーリ・チノ〉を神聖な慈愛の象徴として留めておきたい思いと、大臣達を納得させねばならない義務の間で苦しんだ時期もあったのかもしれない。それに比べて、王族としての特権を持ちながら、王宮に縛られる事なく旅をしている自分は、なんと身軽である事か……。
(軍事転用の件、真剣に考えなければならないな)
 いつでも王宮に良い香りをもたらすように、季節をずらして咲く花をいくつも植えた中庭を囲む回廊に差しかかると、幽鬼ゆうきのようにたたずむ柱の間から、澄んだ月の光が降りそそいだ。
 幼い頃……、まだ〈赤竜を駆る姫リーリ・チノ〉の役割も、この世のことわりもわかっていなかった頃、ルィヒは月がのぼるのにつれて、さらされたように色を失っていくのがさびしかった。地平線近くにいる時には、うっすらと赤みを帯びているのに、ぐんぐん、天の高みへ押し上げられるにつれて、まるで古い皮を脱ぎ捨てるように、穢れのない、まぶしい光に変わってしまう。
 人々が崇めるこの瞳も、髪の色も、ルィヒにとっては、どこか生々しい、血や傷跡を想起させるものだった。
 ぼんやりと柱に肩をつけて月を見上げていたルィヒは、奥の曲がり角から現れた人影に気がつかなかった。
「……ルィヒ様?」
 懐かしい声で名前を呼ばれて、ルィヒは我に返った。
 まだ十四、五かそこらといった年頃の少女が、高揚こうようを抑えきれないように胸に両手を置いてこちらを見上げていた。
 なめらかな白の生地に燃えるような赤い糸で縁取りを施した衣は、クィヤラートの王族の正装だが、狼の牙をかたどった銀の地金じがねに美しい青玉せいぎょくをあしらった髪飾りは、汞狼族との絆を象徴している。ユィトカ峡谷に最も近い街・ゴタルムの領主の一族が好んで使う意匠だ。
 王家の血を引きながらゴタルムと深い繋がりを持つ少女は、一人しかいない。
 しかし、そんな事を考えるまでもなく、ルィヒは彼女の顔をひと目見た瞬間、幼子を迎え入れるように両手を広げていた。
「イゼルギットか!」
 顔いっぱいに笑みを浮かべて、イゼルギットが腕の中に飛び込んできた。
「──お久しゅうございます! まあ、こんなに疲れたお顔をなさって……。殿下がお酒をすすめたのね? ルィヒ様がお着きになった後は、何よりもまず、ゆっくりと休んで旅の疲れを癒やして頂く事が最優先だと何度も申し上げましたのに」イゼルギットはルィヒの肩越しに〈謁見ノ間〉のある方を睨んだ。「今から行って、ひと言、注意して差し上げようかしら」
「いや、いいんだ」ルィヒは苦笑した。「わたしも、早く報告を終えて肩の荷を下ろしたかった。酒がなければ、最後まで気力がもたなかったよ」
「そんなやり方じゃ、お体に障りますわ」
 イゼルギットは不満げに頬を膨らませた後、何か、良い事を思いついたように両手を合わせた。
「そうだわ。ルィヒ様、この後、お時間はあって? よろしければ、わたくしの客間で一緒にお茶などいかがかしら」
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