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Act.5-02
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「わたくし、今、最高に幸せです」
遥人の胸に顔を埋めながら、消え入るような声でトキネが言う。
「本当は不安で堪りませんでした。わたくしは、あなたを一目見て、ハルヒトさまだとすぐに察しましたが、あなたはずっと、わたくしを想い出して下さらないのではないかと……。いえ、想い出していなかったとしても良いのです。こうして、ハルヒトさまの温もりを感じられるだけで……」
「――俺は、〈ハルヒト〉じゃないよ」
遥人は思わず口にした。
トキネが、弾かれたように顔を上げる。涙で濡れたつぶらな双眸を真っ直ぐに向け、不思議そうに首を傾げた。
トキネにまともに見つめられた遥人は、微苦笑を浮かべる。
「俺には、〈遥人〉ってちゃんとした名前がある」
「――ハルト……?」
「そ。〈ハルト〉」
遥人は自分の名前を繰り返してから、続けた。
「似たような名前だけどな。けど、正直言って、俺の名前じゃない名前を呼ばれてもあんまり嬉しくないっつうか……。トキネには理解出来ないかもしれねえけど、俺は俺であって〈ハルヒト〉じゃないんだ。
〈ハルヒト〉はもういない。今いるのは、トキネのためだけの〈ハルト〉だ」
自分でも何を言っているのかと、遥人は心の中で思った。だが、例え無理矢理であっても、ハルヒトはもう、この世に存在しないのだと、トキネに強く訴えたかった。
「――ハルト、さま……」
躊躇いがちに、トキネが遥人の名前を口にする。
遥人は、「〈さま〉はいらねえよ」と笑いを含みながら言った。
「俺はごく普通の一般民だ。呼び捨てで呼ばれた方がよっぽど気楽でいい」
「ですが……」
「いいから」
もう一度呼んでみろ、と促すと、トキネは困り果てていたが、ついに諦めたように、「ハルト」と名前を紡いだ。
「トキネ」
トキネに応えるように、遥人もまた、トキネの名前を呼び、その唇に自らのそれを重ね合わせる。トキネは体温を持たない。それなのに、口付けの感触は不思議と温かみがあった。
「俺はいつでも、トキネを見守ってやるから……」
幸せにする、とはさすがに言えなかった。しかし、見守ることなら、この身が朽ち果てるまで出来る。遥人はそう思い、精いっぱいの想いを伝えた。
トキネは遥人を真っ直ぐに見つめ、口元に笑みを湛える。きっと、それがトキネの遥人に対しての答えなのだろう。
◆◇◆◇◆◇
緩やかな風に吹かれ、花びらがはらはらと舞い降りる。
運命に逆らえない恋人を憂えてか、それとも、いつか幸せが訪れることを願っているのか、薄紅色のかけらで優しくふたりを包み込んでゆく――
【儚き君へ永久の愛を-End】
遥人の胸に顔を埋めながら、消え入るような声でトキネが言う。
「本当は不安で堪りませんでした。わたくしは、あなたを一目見て、ハルヒトさまだとすぐに察しましたが、あなたはずっと、わたくしを想い出して下さらないのではないかと……。いえ、想い出していなかったとしても良いのです。こうして、ハルヒトさまの温もりを感じられるだけで……」
「――俺は、〈ハルヒト〉じゃないよ」
遥人は思わず口にした。
トキネが、弾かれたように顔を上げる。涙で濡れたつぶらな双眸を真っ直ぐに向け、不思議そうに首を傾げた。
トキネにまともに見つめられた遥人は、微苦笑を浮かべる。
「俺には、〈遥人〉ってちゃんとした名前がある」
「――ハルト……?」
「そ。〈ハルト〉」
遥人は自分の名前を繰り返してから、続けた。
「似たような名前だけどな。けど、正直言って、俺の名前じゃない名前を呼ばれてもあんまり嬉しくないっつうか……。トキネには理解出来ないかもしれねえけど、俺は俺であって〈ハルヒト〉じゃないんだ。
〈ハルヒト〉はもういない。今いるのは、トキネのためだけの〈ハルト〉だ」
自分でも何を言っているのかと、遥人は心の中で思った。だが、例え無理矢理であっても、ハルヒトはもう、この世に存在しないのだと、トキネに強く訴えたかった。
「――ハルト、さま……」
躊躇いがちに、トキネが遥人の名前を口にする。
遥人は、「〈さま〉はいらねえよ」と笑いを含みながら言った。
「俺はごく普通の一般民だ。呼び捨てで呼ばれた方がよっぽど気楽でいい」
「ですが……」
「いいから」
もう一度呼んでみろ、と促すと、トキネは困り果てていたが、ついに諦めたように、「ハルト」と名前を紡いだ。
「トキネ」
トキネに応えるように、遥人もまた、トキネの名前を呼び、その唇に自らのそれを重ね合わせる。トキネは体温を持たない。それなのに、口付けの感触は不思議と温かみがあった。
「俺はいつでも、トキネを見守ってやるから……」
幸せにする、とはさすがに言えなかった。しかし、見守ることなら、この身が朽ち果てるまで出来る。遥人はそう思い、精いっぱいの想いを伝えた。
トキネは遥人を真っ直ぐに見つめ、口元に笑みを湛える。きっと、それがトキネの遥人に対しての答えなのだろう。
◆◇◆◇◆◇
緩やかな風に吹かれ、花びらがはらはらと舞い降りる。
運命に逆らえない恋人を憂えてか、それとも、いつか幸せが訪れることを願っているのか、薄紅色のかけらで優しくふたりを包み込んでゆく――
【儚き君へ永久の愛を-End】
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