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第十章 呪力と言霊
第四節-04※
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「安心しろ。私はそなたを簡単には殺しはせんよ。ゆっくりとゆっくりと、そなたに苦しみを与えてやる。そして、二度と転生が叶わぬようにしてやる」
藍田の首から桜姫の手が離れた。とたんに藍田は畳の上に崩れ落ち、ゲホゲホとむせる。
「ミサキ、聴こえているか?」
桜姫に突然名を呼ばれ、美咲はハッと我に返る。
『――聴こえてる……』
「どうする? とりあえずはこやつを解放したが……。すぐにでも消えてほしいと望むのであれば、してやらなくもないぞ?」
『――伯父さんを……、殺すの……?』
「だからミサキしだいだ。私はすぐにでも闇に葬ってやりたいが、ミサキはそこまで望んでおらんのではないのか?」
さすが、桜姫は美咲の心を全て見抜いている。確かに藍田は怖い。だが、苦渋に顔を歪ませてゆく藍田を見ているうちに、少なくとも憐みの感情が湧いたのは本当だった。
(それに、伯父さんには訊きたいことが山ほどある……)
美咲の想いが伝わったのか、桜姫の表情が少しずつ和らぐ。
「そなたは、〈馬鹿〉が付くほどのお人好しだな……」
桜姫がそう口にすると、一瞬、身体から力が抜けた。
『私はすぐに感情的になってしまう。なら、そなたがそやつと向き合って話すのが最良であろう』
桜姫の意識は、美咲の中へと戻っていた。
美咲はゆっくりと頷き、未だ苦しそうにしている伯父の側に寄り、正座した。
「伯父さん……」
美咲の声に、藍田はピクリと肩を怒らせる。
「伯父さん、私は美咲。桜姫は私の中に戻ったから……」
藍田が恐る恐る顔を上げる。桜姫から与えられた恐怖から解放されないのか、今にも泣き出しそうな表情で美咲を見つめる。
「何故、桜姫のお兄さんまで殺してしまったんですか……?」
自分でも驚くほど冷静に訊ねている。だが、それがかえって藍田に安心感を与えたのか、「仕方、なかったのだ……」と訥々と語り出した。
「さっきもお前に言った。私は――いや、私の先祖は佐久良を狂おしいほどに愛していた。妻は由洲良と佐久良を産んで間もなく黄泉に旅立ち、それからの私は酷く孤独だった……。
佐久良は全てが妻とよく似ていた。顔形だけではなく、仕草も、言葉遣いも、チカラも。だから怖かった……。佐久良を、娘として見られなくなることが……。だから、あえて佐久良を遠ざけた。顔を合わせなければ、邪な感情は決して芽生えぬだろう、と」
藍田はフウと息を吐いた。そして、また続ける。
「なのに、息子は禁忌を犯した。父の目を盗んで妹に逢いに行き、そのうち、互いに心を通わせてしまった。このままでは拙い、もしも契りを交わしてしまったら、と思ったら、居ても立ってもいられなくなってしまった……。だから先祖は……」
「二人が結ばれる前に、殺せと命じた、と?」
美咲の静かな問いに、藍田は力なく頷いた。
「佐久良が死ねば、先祖は全ての苦しみから解放される。だが、佐久良を消すだけでは解決にはならない。佐久良のチカラを増幅させる〈ナカダチ〉のチカラを持つ由洲良も、そして、一番の元凶である息子も葬らねばならなかった。
しかし、まさかの誤算は、鬼王なる者が佐久良に新たな命を吹き込んだことだった。佐久良――桜姫の名を与えられた娘は、さらなる強大なチカラを手に入れた」
「――でも、結局は桜姫も鬼王も封じられたんですよね……?」
「そうだ。息子を始めとする能力者が結集して封じることは辛うじて出来た。だが、我々が転生するたびに桜姫と鬼王も目覚めようとする。だから、完全復活してチカラが増幅する前に彼らを封じてきた」
「同時に、〈ナカダチ〉のチカラを持つヒトも、殺されたんですよね……?」
「それもまた危険な存在だからな……」
藍田は先ほどよりも深い溜め息を漏らした。たくさん喋り、さすがに疲れたのかもしれない。
月明かりだけが差し込む部屋の中で、美咲は様々な想いを巡らせていた。
自分が存在する意味、必然とも呼べる南條との出逢い、知らず知らずのうちに背負うこととなった朝霞の宿命――
桜姫ではないが、藍田の所業は決して許されることではない。だが、今、項垂れている藍田を前にしていたら、ただ可哀想だとしか思えなくなった。この伯父も、愛情に飢えていたのかもしれない。自分の父親である貴雄と違い、当主という立場上、自由に振る舞うことは決して出来なかったであろうから。
『愛している者に愛されないことほど不幸なことはないからな……』
不意に、桜姫が口にする。
いったい、どういうことなのだろうか。美咲は問い質そうとして、やめた。何故か、その〈真実〉知ってはいけない――いや、知ることで、また何かが壊れてしまいそうな予感がした。
【第十章-End】
藍田の首から桜姫の手が離れた。とたんに藍田は畳の上に崩れ落ち、ゲホゲホとむせる。
「ミサキ、聴こえているか?」
桜姫に突然名を呼ばれ、美咲はハッと我に返る。
『――聴こえてる……』
「どうする? とりあえずはこやつを解放したが……。すぐにでも消えてほしいと望むのであれば、してやらなくもないぞ?」
『――伯父さんを……、殺すの……?』
「だからミサキしだいだ。私はすぐにでも闇に葬ってやりたいが、ミサキはそこまで望んでおらんのではないのか?」
さすが、桜姫は美咲の心を全て見抜いている。確かに藍田は怖い。だが、苦渋に顔を歪ませてゆく藍田を見ているうちに、少なくとも憐みの感情が湧いたのは本当だった。
(それに、伯父さんには訊きたいことが山ほどある……)
美咲の想いが伝わったのか、桜姫の表情が少しずつ和らぐ。
「そなたは、〈馬鹿〉が付くほどのお人好しだな……」
桜姫がそう口にすると、一瞬、身体から力が抜けた。
『私はすぐに感情的になってしまう。なら、そなたがそやつと向き合って話すのが最良であろう』
桜姫の意識は、美咲の中へと戻っていた。
美咲はゆっくりと頷き、未だ苦しそうにしている伯父の側に寄り、正座した。
「伯父さん……」
美咲の声に、藍田はピクリと肩を怒らせる。
「伯父さん、私は美咲。桜姫は私の中に戻ったから……」
藍田が恐る恐る顔を上げる。桜姫から与えられた恐怖から解放されないのか、今にも泣き出しそうな表情で美咲を見つめる。
「何故、桜姫のお兄さんまで殺してしまったんですか……?」
自分でも驚くほど冷静に訊ねている。だが、それがかえって藍田に安心感を与えたのか、「仕方、なかったのだ……」と訥々と語り出した。
「さっきもお前に言った。私は――いや、私の先祖は佐久良を狂おしいほどに愛していた。妻は由洲良と佐久良を産んで間もなく黄泉に旅立ち、それからの私は酷く孤独だった……。
佐久良は全てが妻とよく似ていた。顔形だけではなく、仕草も、言葉遣いも、チカラも。だから怖かった……。佐久良を、娘として見られなくなることが……。だから、あえて佐久良を遠ざけた。顔を合わせなければ、邪な感情は決して芽生えぬだろう、と」
藍田はフウと息を吐いた。そして、また続ける。
「なのに、息子は禁忌を犯した。父の目を盗んで妹に逢いに行き、そのうち、互いに心を通わせてしまった。このままでは拙い、もしも契りを交わしてしまったら、と思ったら、居ても立ってもいられなくなってしまった……。だから先祖は……」
「二人が結ばれる前に、殺せと命じた、と?」
美咲の静かな問いに、藍田は力なく頷いた。
「佐久良が死ねば、先祖は全ての苦しみから解放される。だが、佐久良を消すだけでは解決にはならない。佐久良のチカラを増幅させる〈ナカダチ〉のチカラを持つ由洲良も、そして、一番の元凶である息子も葬らねばならなかった。
しかし、まさかの誤算は、鬼王なる者が佐久良に新たな命を吹き込んだことだった。佐久良――桜姫の名を与えられた娘は、さらなる強大なチカラを手に入れた」
「――でも、結局は桜姫も鬼王も封じられたんですよね……?」
「そうだ。息子を始めとする能力者が結集して封じることは辛うじて出来た。だが、我々が転生するたびに桜姫と鬼王も目覚めようとする。だから、完全復活してチカラが増幅する前に彼らを封じてきた」
「同時に、〈ナカダチ〉のチカラを持つヒトも、殺されたんですよね……?」
「それもまた危険な存在だからな……」
藍田は先ほどよりも深い溜め息を漏らした。たくさん喋り、さすがに疲れたのかもしれない。
月明かりだけが差し込む部屋の中で、美咲は様々な想いを巡らせていた。
自分が存在する意味、必然とも呼べる南條との出逢い、知らず知らずのうちに背負うこととなった朝霞の宿命――
桜姫ではないが、藍田の所業は決して許されることではない。だが、今、項垂れている藍田を前にしていたら、ただ可哀想だとしか思えなくなった。この伯父も、愛情に飢えていたのかもしれない。自分の父親である貴雄と違い、当主という立場上、自由に振る舞うことは決して出来なかったであろうから。
『愛している者に愛されないことほど不幸なことはないからな……』
不意に、桜姫が口にする。
いったい、どういうことなのだろうか。美咲は問い質そうとして、やめた。何故か、その〈真実〉知ってはいけない――いや、知ることで、また何かが壊れてしまいそうな予感がした。
【第十章-End】
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