宵月桜舞

雪原歌乃

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第十章 呪力と言霊

第一節-04

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「また、本家へ乗り込むか?」
 やはりそうきたか、と思った。南條は樋口から目を逸らさず、けれどもゆっくりと首を横に振った。
「今度は、一筋縄ではいかないと思います……」
「何故、そう思う?」
「何となくとしか……」
「何となく、ねえ……」
 樋口は眉間に皺を刻みながら腕組みをする。彼はまだ、藍田本人と対峙したことがない。藍田の人となりについては南條を介して聴いてはいるものの、漠然としか想像出来ないから真の恐ろしさが分からない。
(もう少し、様子を窺って……)
 とはいえ、あまり悠長にしていられないというのも本音だ。美咲を一刻も早く本家から連れ出さないと、今度また、どれほど酷い仕打ちを受けることとなるか。さすがに殺害することはないだろうが、美咲の心を打ちのめし、さらに深い傷を負わせることは想像に難くない。
(俺も、耐えられない……)
 南條は唇を強く噛み締める。美咲を助けたい。美咲が傷付くことを平然とやってのけようとする藍田が憎い。
(美咲は、俺だけのものだ)
 藍田に無理矢理犯され、必死に抵抗し、泣き叫ぶ美咲が脳裏に浮かぶと、とたんに全身がざわざわと粟立つ。
「俺の美咲に指一本でも触れてみろ! ちょっとでも何かしやがったら、貴様を……!」
「落ち着け、南條! 落ち着けっ!」
 樋口は南條の身体を揺さぶり、頬に一発平手を食らわせた。
 平手打ちの衝撃で、朦朧としかけていた南條の意識が戻った。
「樋口、さん……」
 南條が自我を取り戻したと分かり、樋口がホウと深い溜め息を漏らした。
「――戻ったな?」
「ええ。すみません……、押し流されそうになりました……」
「あと一歩ってトコだったな。けど珍しいな。お前が負の感情に支配されかけるとは……」
「――未熟な証拠です……」
「それを言っちゃ、俺もまだまだ未熟だけどなあ……」
 樋口の表情から緊張が解れ、口元には笑みさえ浮かべるほどになっていた。
「でも、これではっきりした」
「――何がですか?」
「美咲の存在が、お前にとってとてつもなくデカいってことが」
「それは……」
 図星を指され、南條は返す言葉が見付からなかった。気まずい思いで樋口からさり気なく目を逸らすと、樋口から、ガハハ、と豪快な笑い声が聴こえてきた。
「いいじゃないか。女にモテてたくせに全く執着しなかったお前が初めて一人の娘に恋をしたってのは、俺にとっちゃ嬉しいことなんだぞ? いいねえ! 南條の青春はこれからってか?」
 アルコールは全く入っていないはずなのに、酔っ払っているように思えるのは気のせいだろうか。ただ、樋口は純朴だから、卑猥な妄想をされないことが救いだ。これが江梨子だったら、『男ならば押し倒せ!』とか、『一発ぶち込みなさい!』とか平気で言っては周りを困惑させている。
(江梨子さんがいなくて良かった……)
 心からそう思い、南條はきんぽらごぼうに箸を付ける。江梨子の人格はともかく、きんぴらごぼうの味付けは絶品だった。
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