71 / 81
第十章 呪力と言霊
第一節-02
しおりを挟む
「そうそう、江梨子から持たされた」
テーブルの前にどっかりと胡座をかくなり、樋口はやや乱暴に南條に風呂敷包みを差し出してきた。樋口の声の大きさに気を取られ、そんな物を持っていたことすら気付かなかった。
「何ですか、これ……?」
南條は恐る恐る、風呂敷包に手を伸ばす。江梨子から持たされた、というのが何となく怖い。
「お前、ほんっとーに江梨子が怖いんだなあ!」
また近所迷惑も顧みず大音声で笑う樋口を前に、南條はガックリと項垂れる。ここはもう、周りから苦情がきたら樋口の代わりに頭を下げるしかない。
一方、憂鬱になっている南條をよそに、樋口は能天気に続ける。
「大丈夫だよ。いくら江梨子だって毒なんて盛らんよ。それに、あれはあれで南條を心配してるんだから」
「はあ……」
「あ、その反応と目! まーだ疑ってやがるなあ?」
「――疑うな、というのが無理だと思いますが……」
「まあそう言うなって! ほれ、開けてみろ。ほれほれ!」
あなたが開ければいいでしょう、と心の中で突っ込みつつ、南條は結局、素直に樋口に従った。風呂敷の結び目を解くと、そこからは二段重ねの重箱が姿を現す。またさらに重箱の蓋を開けてみれば、玉子焼きに唐揚げ、里芋とイカの煮物、きんぴらごぼうと菜の花とほうれんそうのお浸しらしきものがぴっちりと詰められていた。
「これは……?」
怪訝に思いながら訊ねる南條に、樋口は、「弁当だろ」とこともなげに答えた。
「ほら、下も見てみ?」
また、樋口に言われるがまま、おかずが入ったお重をそっと上に上げる。想像はしていたが、下はご飯もの。おにぎりといなり寿司が、これもまた所狭しと入っている。
「すげえだろ、ん?」
樋口は弁当と南條を交互に見ながら目を爛々と輝かせている。考えるまでもなく、この弁当は南條への差し入れなのだろうが、差し入れの遣いを頼まれた樋口の方が明らかにテンションが高い。量も量だから、一緒に食べてきなさい、と江梨子に言われたのだろう。
「――二人でも多過ぎますよね、この量……」
口にしてから、しまった、と思った。量に驚いたとはいえ、感謝の言葉を先に言うべきだった。
だが、樋口はそんなことを気にする男ではない。「お前ってやつぁ!」と、また迷惑な笑い声を上げ、南條の背中をバシバシと叩いてくる。
「ま、とりあえず食おうじゃないか。お前、ほんとにやつれてんぞ? 江梨子の心配した通りだ」
「江梨子さんが……?」
「うん。『南條君ってあれですっごく神経細いから、ろくに食べてないんじゃない? 放っておいたら干からびて死んじゃうわ』って」
江梨子の口真似をするも、かえって気色悪い。それに、これほど酷い自分の口真似をされたと知れば、江梨子は烈火の如く怒るだろう。本人がこの場にいないとはいえ、そんな命知らずなことを出来るのは、夫である樋口ぐらいなものだ。
何にしても、こうして弁当を届けようと考えてくれたのだから、江梨子の厚意はありがたく受け止めようと思った。自称〈男嫌い〉の江梨子だが、何だかんだで面倒見がいいのも確かだ。その辺は樋口と似合いの夫婦だ。
「何か飲むもの出してきます」
南條は立ち上がり、台所へ向かって冷蔵庫を開ける。一瞬、ビールに手をかけたが、酔っ払った樋口にさらに酷く絡まれることが安易に想像出来たから、二リットルペットボトルの烏龍茶を取り出す。それを一度部屋に持って行き、今度は食器棚からコップと小皿を二個ずつ、さらに箸を二膳取って再び戻った。
「あれ、アルコールは?」
やはりと思ったが、酒を期待していたらしい。
南條は苦笑いしながら、「ダメですよ」と首を横に振った。
「あなたに飲ませるとロクでもないことになりますから。それ以前に、車で来たんじゃないですか?」
「いや、江梨子が送ってくれた」
「帰りも呼ぶんですか?」
「いや、南條ントコ泊まって、朝一で南條に送ってもらえって言われてる」
とんでもない夫婦だ。長い付き合いだから分かっていたとはいえ、また項垂れるしかない。
何にしても、江梨子は帰りの迎えに来る気はないということだ。確かに、あれでも母親をやっているから、旦那のために無駄な時間を割く気にもなれないのだろうが。
「とにかく酒はダメです」
さらに強く念を押し、二つのコップに烏龍茶を順番に注いでゆく。
酒禁止令を出された樋口はあからさまに不満そうにしていたが、軽く乾杯し、持たされた弁当を口にしたとたん、「おおっ! うめー!」と機嫌が戻った。現金な男だ。
テーブルの前にどっかりと胡座をかくなり、樋口はやや乱暴に南條に風呂敷包みを差し出してきた。樋口の声の大きさに気を取られ、そんな物を持っていたことすら気付かなかった。
「何ですか、これ……?」
南條は恐る恐る、風呂敷包に手を伸ばす。江梨子から持たされた、というのが何となく怖い。
「お前、ほんっとーに江梨子が怖いんだなあ!」
また近所迷惑も顧みず大音声で笑う樋口を前に、南條はガックリと項垂れる。ここはもう、周りから苦情がきたら樋口の代わりに頭を下げるしかない。
一方、憂鬱になっている南條をよそに、樋口は能天気に続ける。
「大丈夫だよ。いくら江梨子だって毒なんて盛らんよ。それに、あれはあれで南條を心配してるんだから」
「はあ……」
「あ、その反応と目! まーだ疑ってやがるなあ?」
「――疑うな、というのが無理だと思いますが……」
「まあそう言うなって! ほれ、開けてみろ。ほれほれ!」
あなたが開ければいいでしょう、と心の中で突っ込みつつ、南條は結局、素直に樋口に従った。風呂敷の結び目を解くと、そこからは二段重ねの重箱が姿を現す。またさらに重箱の蓋を開けてみれば、玉子焼きに唐揚げ、里芋とイカの煮物、きんぴらごぼうと菜の花とほうれんそうのお浸しらしきものがぴっちりと詰められていた。
「これは……?」
怪訝に思いながら訊ねる南條に、樋口は、「弁当だろ」とこともなげに答えた。
「ほら、下も見てみ?」
また、樋口に言われるがまま、おかずが入ったお重をそっと上に上げる。想像はしていたが、下はご飯もの。おにぎりといなり寿司が、これもまた所狭しと入っている。
「すげえだろ、ん?」
樋口は弁当と南條を交互に見ながら目を爛々と輝かせている。考えるまでもなく、この弁当は南條への差し入れなのだろうが、差し入れの遣いを頼まれた樋口の方が明らかにテンションが高い。量も量だから、一緒に食べてきなさい、と江梨子に言われたのだろう。
「――二人でも多過ぎますよね、この量……」
口にしてから、しまった、と思った。量に驚いたとはいえ、感謝の言葉を先に言うべきだった。
だが、樋口はそんなことを気にする男ではない。「お前ってやつぁ!」と、また迷惑な笑い声を上げ、南條の背中をバシバシと叩いてくる。
「ま、とりあえず食おうじゃないか。お前、ほんとにやつれてんぞ? 江梨子の心配した通りだ」
「江梨子さんが……?」
「うん。『南條君ってあれですっごく神経細いから、ろくに食べてないんじゃない? 放っておいたら干からびて死んじゃうわ』って」
江梨子の口真似をするも、かえって気色悪い。それに、これほど酷い自分の口真似をされたと知れば、江梨子は烈火の如く怒るだろう。本人がこの場にいないとはいえ、そんな命知らずなことを出来るのは、夫である樋口ぐらいなものだ。
何にしても、こうして弁当を届けようと考えてくれたのだから、江梨子の厚意はありがたく受け止めようと思った。自称〈男嫌い〉の江梨子だが、何だかんだで面倒見がいいのも確かだ。その辺は樋口と似合いの夫婦だ。
「何か飲むもの出してきます」
南條は立ち上がり、台所へ向かって冷蔵庫を開ける。一瞬、ビールに手をかけたが、酔っ払った樋口にさらに酷く絡まれることが安易に想像出来たから、二リットルペットボトルの烏龍茶を取り出す。それを一度部屋に持って行き、今度は食器棚からコップと小皿を二個ずつ、さらに箸を二膳取って再び戻った。
「あれ、アルコールは?」
やはりと思ったが、酒を期待していたらしい。
南條は苦笑いしながら、「ダメですよ」と首を横に振った。
「あなたに飲ませるとロクでもないことになりますから。それ以前に、車で来たんじゃないですか?」
「いや、江梨子が送ってくれた」
「帰りも呼ぶんですか?」
「いや、南條ントコ泊まって、朝一で南條に送ってもらえって言われてる」
とんでもない夫婦だ。長い付き合いだから分かっていたとはいえ、また項垂れるしかない。
何にしても、江梨子は帰りの迎えに来る気はないということだ。確かに、あれでも母親をやっているから、旦那のために無駄な時間を割く気にもなれないのだろうが。
「とにかく酒はダメです」
さらに強く念を押し、二つのコップに烏龍茶を順番に注いでゆく。
酒禁止令を出された樋口はあからさまに不満そうにしていたが、軽く乾杯し、持たされた弁当を口にしたとたん、「おおっ! うめー!」と機嫌が戻った。現金な男だ。
0
お気に入りに追加
47
あなたにおすすめの小説
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる