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第十章 呪力と言霊
第一節-01
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美咲を藍田本家から連れ戻し、これからは美咲がずっと側にいると信じていた。だが、やはりと言うべきか、藍田史孝という男は一筋縄ではいかなかった。
一度、あっさりと解放してくれた時に少しは疑ったはずだ。なのに、美咲が自らの元に戻って来たとたん、舞い上がって完全に油断した。
以前の南條であれば、決してあり得ないことだった。他人はもとより、一番に自分自身を疑い、どんな状況にあっても警戒心を緩めない。
美咲の存在が、南條を変えたのだ。美咲を守りたいと思ったのは義務ではない。ただ、愛おしいという想いが彼を突き動かしている。それをはっきりと自覚したのはきっと、最初に美咲と離れてしまってからだ。
(結局、俺は無力だ……)
アパートの自室で、南條は虚ろに壁を見つめる。酒でも飲んで気分を晴らそうと思うものの、なかなか飲む気分にもなれない。ただ、自分を責め、後悔の念に囚われる。
三日前の美咲との電話越しの会話が、ずいぶんと懐かしく感じる。電話の向こうで美咲は気丈に振る舞っていたが、それがかえって、南條を辛くさせる。
結局、南條の方が美咲に甘えているのだ。美咲がいなくなっただけで、こうも腑抜けになってしまうのだから。
(美咲がいないなら、俺なんてどうなってもいい……)
完全に負の感情に流されている。これがどれほど危険なことかは南條が一番承知しているはずなのに、それ以上に喪失感の方が勝った。
仕事も本当は行きたくない。しかし、南條の気持ちとは裏腹に身体は勝手に動き、勝手に日課をこなす。それでも食欲はあまりないから、体力は落ちつつある。
(人間、このままいたらいつか干からびるもんなんだろうか……?)
そんなことを考えながらローテーブルにぐったりと頭を載せていた時だった。
ピンポーン……
呼び鈴が鳴った。
南條はそのままの体制で、テーブルに置いていた携帯電話に手を伸ばす。
「十時過ぎてるじゃないか……」
こんな時間に迷惑な、と思いながら、居留守を使おうと無視した。だが――
ピンポーン、ピンポンピンポンピンポーン……
今度は連発して鳴らしてくる。まるで悪質な借金の取り立てだ。もちろん、借金など作った覚えはないが。
あまりのしつこさに南條は舌打ちし、けれどもまた何度も鳴らされては近所迷惑になると思い、渋々重い腰を上げた。
面倒ごとは避けたいから、まずはドアスコープから誰かを確認する。と、そこから見えたのは、無駄に体格のいい男だった。
分かったとたん、一気に脱力した。同時に、何しに来たのかと怪訝に思いつつ、鍵を解除してドアを開けた。
「おお南條、生きてたみたいだなー! 良かった良かったー!」
周りへの迷惑も顧みず、男――樋口は声を上げてガハガハ笑う。ただでさえ地声が大きいのだから、もっとボリュームを下げてほしい。
「樋口さん、煩いですよ……」
顔をしかめながら南條が窘めるも、「悪い悪い!」と相変わらずのトーンで返されるだけで、全く反省している気配がない。
とりあえず、中に通した方が少しはマシだ。そう判断し、南條は樋口に入るように促した。
「相変わらずさっぱりした部屋だなあ。物がほとんどないじゃないか」
勝手知ったる何とかと言わんばかりに、樋口は無遠慮にあちこち徘徊する。とはいえ、八畳間一部屋と狭い台所があるぐらいの質素な室内だから、樋口宅や藍田宅と違い、どこを見ても何の面白みもない。
一度、あっさりと解放してくれた時に少しは疑ったはずだ。なのに、美咲が自らの元に戻って来たとたん、舞い上がって完全に油断した。
以前の南條であれば、決してあり得ないことだった。他人はもとより、一番に自分自身を疑い、どんな状況にあっても警戒心を緩めない。
美咲の存在が、南條を変えたのだ。美咲を守りたいと思ったのは義務ではない。ただ、愛おしいという想いが彼を突き動かしている。それをはっきりと自覚したのはきっと、最初に美咲と離れてしまってからだ。
(結局、俺は無力だ……)
アパートの自室で、南條は虚ろに壁を見つめる。酒でも飲んで気分を晴らそうと思うものの、なかなか飲む気分にもなれない。ただ、自分を責め、後悔の念に囚われる。
三日前の美咲との電話越しの会話が、ずいぶんと懐かしく感じる。電話の向こうで美咲は気丈に振る舞っていたが、それがかえって、南條を辛くさせる。
結局、南條の方が美咲に甘えているのだ。美咲がいなくなっただけで、こうも腑抜けになってしまうのだから。
(美咲がいないなら、俺なんてどうなってもいい……)
完全に負の感情に流されている。これがどれほど危険なことかは南條が一番承知しているはずなのに、それ以上に喪失感の方が勝った。
仕事も本当は行きたくない。しかし、南條の気持ちとは裏腹に身体は勝手に動き、勝手に日課をこなす。それでも食欲はあまりないから、体力は落ちつつある。
(人間、このままいたらいつか干からびるもんなんだろうか……?)
そんなことを考えながらローテーブルにぐったりと頭を載せていた時だった。
ピンポーン……
呼び鈴が鳴った。
南條はそのままの体制で、テーブルに置いていた携帯電話に手を伸ばす。
「十時過ぎてるじゃないか……」
こんな時間に迷惑な、と思いながら、居留守を使おうと無視した。だが――
ピンポーン、ピンポンピンポンピンポーン……
今度は連発して鳴らしてくる。まるで悪質な借金の取り立てだ。もちろん、借金など作った覚えはないが。
あまりのしつこさに南條は舌打ちし、けれどもまた何度も鳴らされては近所迷惑になると思い、渋々重い腰を上げた。
面倒ごとは避けたいから、まずはドアスコープから誰かを確認する。と、そこから見えたのは、無駄に体格のいい男だった。
分かったとたん、一気に脱力した。同時に、何しに来たのかと怪訝に思いつつ、鍵を解除してドアを開けた。
「おお南條、生きてたみたいだなー! 良かった良かったー!」
周りへの迷惑も顧みず、男――樋口は声を上げてガハガハ笑う。ただでさえ地声が大きいのだから、もっとボリュームを下げてほしい。
「樋口さん、煩いですよ……」
顔をしかめながら南條が窘めるも、「悪い悪い!」と相変わらずのトーンで返されるだけで、全く反省している気配がない。
とりあえず、中に通した方が少しはマシだ。そう判断し、南條は樋口に入るように促した。
「相変わらずさっぱりした部屋だなあ。物がほとんどないじゃないか」
勝手知ったる何とかと言わんばかりに、樋口は無遠慮にあちこち徘徊する。とはいえ、八畳間一部屋と狭い台所があるぐらいの質素な室内だから、樋口宅や藍田宅と違い、どこを見ても何の面白みもない。
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