62 / 81
第九章 恣意と煩慮
第三節-01
しおりを挟む
重い足取りで公園まで行くと、ちょうど入口手前に一台の車が停まっているのが目に飛び込んできた。白のセダンは藍田個人の車だ。あまり運転しているところを見たことがないが、誰かに運転させて来たのか。
だが、車の前まで辿り着いてみれば、運転席に藍田本人がいるだけで他には誰もいなかった。
美咲が来たことに気付いた藍田は、車から降りず、助手席に向けて顎をしゃくる。自分でドアを開けて乗れということだろう。
美咲は躊躇いながらもドアを開ける。そして、助手席に座ると、ドアを閉めてシートベルトを着用した。
「ほんとに一人で来たんだな?」
藍田の問いに、美咲は「はい」と短く答える。自分から藍田に話しかけるつもりは毛頭なかった。
「少し疑っていたよ。もしかしたら、彼も着いて来るのではないかと思ったからね」
「――南條さんは今、自分のアパートに戻ってますから……」
「そうか。それは良かった」
藍田は一人で頷きながら、エンジンをかける。車は少しずつ加速してゆく。
「桜姫はどうしているかね?」
「さあ……」
「何も反応がないのか?」
「彼女は気まぐれですから……」
いちいち話しかけてくるのが鬱陶しい。本音を言えばだんまりを決め込みたいのだが、沈黙が続くのも怖い。前科があるから、変に気を緩めたりしたら何が起こるか分かったものではない。
「朝霞はどうしてる?」
「元気ですよ?」
「ウチにいる時よりもか?」
「さあ……」
藍田と狭い空間にいることが息苦しい。これなら、まだ本家にいる方が何十倍も何百倍もマシだと美咲は思った。
そういえば、藍田には適当に答えたが、朝霞は少しずつ明るさを増しているように見えた。本家から解放されたのはもちろん、理由は他にもありそうな気がする。
(アサちゃん、さり気なく雅通のことを気にしてるよね……)
朝霞が本家から来た晩、半ば強制的に雅通と二人きりで散歩に出たらしいが、その時から、『瀧村さんって、いい人よね』と不意に口にするようになった。二人の間に何があったかは知らない。だが、朝霞を変えるほどの〈何か〉があったのは確かだ。
雅通も、朝霞を気にかけている部分があった。もしかしたら、朝霞のこれまでの境遇に同情しているからなのかもしれないが。
(まさか、お互いに好き合ってるとか……?)
つい、変な勘繰りをしてしまう。だが、二人がもし相思相愛であるなら、それはそれで良いことなのでは、とまたよけいなことを考えてしまった。
(あの二人のことはあの二人の問題だもん。私が首を突っ込んじゃダメだ……)
そう自分に言い聞かせ、車窓の外に視線を向ける。ほとんどの家庭が寝静まっている時間帯だ。家の明かりもまばらで、だが、そんな深夜にも関わらず、たまに出歩いているヒトがいる。
(こんな遅くに……)
つい、心の中で突っ込んでしまったが、美咲も同じだと気付き、苦笑いが込み上げてきた。事後報告をすると言われたとはいえ、高校生の娘が家族の許しも得ずに家を出るなんて非常識にもほどがある。普通であれば、あとでこっぴどく叱られる。
(でも、伯父さん相手じゃ何も言えないよね……。お父さんはともかく、お母さんも難しいと思う……)
改めて、未だに呑気に熟睡を決め込んでいる両親が恨めしい。きっと、貴雄は顔面蒼白になってオロオロし、そんな頼りない夫を理美がピシャリと叱咤する。その後、理美が冷静に――内心では非常に心配していると思いたいが――南條に連絡、という流れになるだろう。以前、美咲が本家に連れ去られた時も同様のやり取りがあったらしい。
だが、車の前まで辿り着いてみれば、運転席に藍田本人がいるだけで他には誰もいなかった。
美咲が来たことに気付いた藍田は、車から降りず、助手席に向けて顎をしゃくる。自分でドアを開けて乗れということだろう。
美咲は躊躇いながらもドアを開ける。そして、助手席に座ると、ドアを閉めてシートベルトを着用した。
「ほんとに一人で来たんだな?」
藍田の問いに、美咲は「はい」と短く答える。自分から藍田に話しかけるつもりは毛頭なかった。
「少し疑っていたよ。もしかしたら、彼も着いて来るのではないかと思ったからね」
「――南條さんは今、自分のアパートに戻ってますから……」
「そうか。それは良かった」
藍田は一人で頷きながら、エンジンをかける。車は少しずつ加速してゆく。
「桜姫はどうしているかね?」
「さあ……」
「何も反応がないのか?」
「彼女は気まぐれですから……」
いちいち話しかけてくるのが鬱陶しい。本音を言えばだんまりを決め込みたいのだが、沈黙が続くのも怖い。前科があるから、変に気を緩めたりしたら何が起こるか分かったものではない。
「朝霞はどうしてる?」
「元気ですよ?」
「ウチにいる時よりもか?」
「さあ……」
藍田と狭い空間にいることが息苦しい。これなら、まだ本家にいる方が何十倍も何百倍もマシだと美咲は思った。
そういえば、藍田には適当に答えたが、朝霞は少しずつ明るさを増しているように見えた。本家から解放されたのはもちろん、理由は他にもありそうな気がする。
(アサちゃん、さり気なく雅通のことを気にしてるよね……)
朝霞が本家から来た晩、半ば強制的に雅通と二人きりで散歩に出たらしいが、その時から、『瀧村さんって、いい人よね』と不意に口にするようになった。二人の間に何があったかは知らない。だが、朝霞を変えるほどの〈何か〉があったのは確かだ。
雅通も、朝霞を気にかけている部分があった。もしかしたら、朝霞のこれまでの境遇に同情しているからなのかもしれないが。
(まさか、お互いに好き合ってるとか……?)
つい、変な勘繰りをしてしまう。だが、二人がもし相思相愛であるなら、それはそれで良いことなのでは、とまたよけいなことを考えてしまった。
(あの二人のことはあの二人の問題だもん。私が首を突っ込んじゃダメだ……)
そう自分に言い聞かせ、車窓の外に視線を向ける。ほとんどの家庭が寝静まっている時間帯だ。家の明かりもまばらで、だが、そんな深夜にも関わらず、たまに出歩いているヒトがいる。
(こんな遅くに……)
つい、心の中で突っ込んでしまったが、美咲も同じだと気付き、苦笑いが込み上げてきた。事後報告をすると言われたとはいえ、高校生の娘が家族の許しも得ずに家を出るなんて非常識にもほどがある。普通であれば、あとでこっぴどく叱られる。
(でも、伯父さん相手じゃ何も言えないよね……。お父さんはともかく、お母さんも難しいと思う……)
改めて、未だに呑気に熟睡を決め込んでいる両親が恨めしい。きっと、貴雄は顔面蒼白になってオロオロし、そんな頼りない夫を理美がピシャリと叱咤する。その後、理美が冷静に――内心では非常に心配していると思いたいが――南條に連絡、という流れになるだろう。以前、美咲が本家に連れ去られた時も同様のやり取りがあったらしい。
0
お気に入りに追加
47
あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。



(R18)灰かぶり姫の公爵夫人の華麗なる変身
青空一夏
恋愛
Hotランキング16位までいった作品です。
レイラは灰色の髪と目の痩せぎすな背ばかり高い少女だった。
13歳になった日に、レイモンド公爵から突然、プロポーズされた。
その理由は奇妙なものだった。
幼い頃に飼っていたシャム猫に似ているから‥‥
レイラは社交界でもばかにされ、不釣り合いだと噂された。
せめて、旦那様に人間としてみてほしい!
レイラは隣国にある寄宿舎付きの貴族学校に留学し、洗練された淑女を目指すのだった。
☆マーク性描写あり、苦手な方はとばしてくださいませ。
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる