宵月桜舞

雪原歌乃

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第九章 恣意と煩慮

第二節-01

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 ◆◇◆◇◆◇

 本家と我が家は全然違う、と美咲は改めて実感していた。藍田やその取り巻き達と過ごす時間はあまりにも長く感じ、ほんの数日なのに何年も過ごしたような気分に陥った。
(お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが生きてた頃は全然違ったのに……)
 全く進まない宿題を前に、美咲は幼い日の記憶を辿る。
 はっきりした理由も分からず、親元を離れて祖父母や伯父の藍田、従姉の朝霞と暮らすことになった幼い頃。確か、まだ五歳ぐらいだっただろうか。本家に行ってから二日ほどはそれほど淋しさを感じなかったが、日に日に不安に襲われた。もしかしたら、自分は両親に捨てられてしまったのではないか、と。
 だが、美咲は当時から負けん気が強く、藍田や朝霞はもちろん、祖父母にも決して弱音を吐かなかった。両親が側にいない分、祖父母が愛情を注ぎ続けてくれたからというのもある。
 祖父母はきっと――いや、間違いなく美咲の背負った運命を知っていた。
 桜姫の魂を持つ娘はいずれ抹殺しなければならない。だから、祖父母からの愛は全てまやかしだったのではないかと疑心暗鬼に陥る。とはいえ、やはり祖父母のことは信じたいと思う。
「ねえ桜姫、どう思う……?」
 ひとり言のように桜姫に問いかけてみる。やはりとは思ったが、桜姫から返答はない。桜姫は気まぐれだ。いつでも美咲に付き合ってくれるわけではない。それか、美咲の中で眠りに就いている頃なのか。
「ほんとムカつくよね、あんたって」
 ここぞとばかりに悪態を吐く美咲。ある意味、自分の中の淋しさや不安を払拭するための手段でもある。
 何故、自分が桜姫の魂を持って生まれてしまったのか。転生の法則は美咲には到底理解出来ないことだが、だからこそ、自分が選ばれたことがどうしても腑に落ちない。
 朝霞に至ってもそうだろう。むしろ、朝霞は美咲の犠牲になると言っても過言ではない。
 朝霞も自分の存在する意味を知らずにいた。表面上はいつもと変わらないが、内心では美咲と同様――いや、むしろ美咲以上にもがき苦しんでいるかもしれない。朝霞は美咲と違い、声を上げて発散させることが出来ない。思慮深いから口を閉ざし、全て自分の中に押し込めてしまう。
 優奈は朝霞を優しいと言っていた。美咲は最初、言っている意味が理解出来なかったが、少しずつではあるが、何となく分かってきたような気がした。
 表情が全く変わらないから冷たい印象があるが、誰よりも周りに気を遣う。確かに、あのような父親とずっと過ごしていれば、顔の筋肉も麻痺してしまうだろう。ましてや、朝霞は祖父母からも距離を置かれていた。それは、幼い美咲も薄々であっても感じていた。
「ああもうっ! 寝るったら寝る!」
 考えれば考えるほど負の感情に押し流される。そう悟った美咲は、椅子から立ち上がろうとした。と、その時だった。

 ピピピピピ、ピピピピピ……

 机の上の携帯電話が鳴り出した。
「南條さんかな?」
 そう思うと、先ほどまでの鬱々した気持ちが晴れてくる。だが、携帯を開き、表示されたデジタル文字を目にしたとたん、一気に落胆した。
「しかも誰よ、この番号……?」
 美咲はそのまま無視してしまおうと思った。だが、いつまでも電子音は鳴り続ける。
「しつっこいなもう……!」
 舌打ちしつつ、それでもとうとう観念して通話に切り替えた。
「誰ですかっ? こんな時間に間違い電話なんて迷惑なんですけどっ! ちゃんと番号確認したらどうですっ?」
 一気にまくし立て、あと少しで切ろうとした時、『美咲』と低い男の声が耳に飛び込んできた。何となく聞き覚えはある。
 美咲は携帯を耳に押し当てたまま、固唾を飲んで相手の反応を待った。
『どうした、急に黙り込んで? さっきまであれほど喚き散らしていたというのに』
 美咲の背中に冷たいものがスッと走る。まさかとは思いつつ、しかし、固有名詞を口にすることも出来ず、「――どなたです……?」と恐る恐る訊ねる。
『ずいぶんと他人行儀な訊き方をするな? 声で私が誰か分かっただろう?』
 相手はクツクツと笑う。それがあまりにも不気味で、美咲の全身に鳥肌が立った。だが、それでも努めて冷静に対応した。
「こんな時間に何の用です? それに、どうして私の携帯番号が分かったんですか……?」
『おや、寝ていたところを起こしてしまったかな?』
「いえ、これから寝るトコでした」
『そうか、それは悪いことをしたな』
 全く悪びれている様子がない。今度は苛立ちが募ってくる。
「用がないなら切ります。明日も学校で早いんで」
 携帯から耳を放しかけたところで、『まあ、待ちなさい』と相手がゆったりと制止してきた。
『私もただの暇潰しのつもりで美咲に電話をしたわけじゃない。むしろ私だって何かと忙しい身でね』
 嘘吐け、と美咲は眉間に皺を刻みながら心の中で舌打ちする。このまま黙って通話を切ってやろうかと思ったが、またしつこくかけてこられそうな気がして、嫌々ながら黙って相手に耳を傾けた。
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