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第七章 揺動と傷痕
第一節-02
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「――イヤな女だと思った?」
不意に訊ねた朝霞に、優奈は不思議そうに首を傾げる。
「何故ですか?」
「だって私は、あなたが大好きな親友のことを蔑ろにするようなことを平然と言ってのけたのよ? 事実とはいえ、軽率に口に出してはならなかった……」
朝霞は優奈を見据えたまま、黙って反応を待った。かえって気分を害してしまっただろうか。そう思っていたのだが――
「ほんと真面目だな」
微苦笑を浮かべながら優奈は言葉を紡いだ。
「朝霞さんが軽率だなんて一度も思ったことはありませんよ。むしろ、慎重過ぎるほどに慎重じゃないですか。それに、少なくとも朝霞さんは、この家の中では一番美咲を案じていると思います。美咲がいた間、みんなに逢わせないようにと気を遣って食事を部屋まで運んだりしてくれたでしょ?」
「あれは……、当たり前のことをしただけだけど……」
「けど、その〈当たり前〉は、朝霞さん以外には出来ないんですよ。いえ、しようともしないでしょうね。――私もほんとはどうしようもなく臆病だから、行動に起こすよりも先に、周りの反応を気にしてしまいますから……。だから私、どんなことも当たり前に出来てしまう朝霞さんがとても好きなんですよ」
優奈の予想外の言葉に、朝霞はわずかに目を瞠った。疎ましく思われることはあっても、『好き』などとはっきり言われたことは、生まれてこの方一度たりともなかった。もしかしたら、この先も優奈以外に言ってもらえることはないかもしれない。
「私、つまらない人間なのに……」
嬉しさよりも戸惑っていた朝霞は、ついつい可愛げのない発言をしてしまう。だが、そんな朝霞の言動にも、優奈は嫌な顔一つせずにこやかにしている。
「そんなに自分を卑下することなんてないですよ。私はほんとに朝霞さんを尊敬してるんですから。だって、この家に来てから何でも教えてくれたのは他でもない朝霞さんですよ? 綾乃さんはさすがに取っ付きにくくて苦手ですけど、朝霞さんだったら何でも話せます。朝霞さんがいたからこそ、この家に突然連れて来られても何とかやっていけてますし」
屈託なく話す優奈に、朝霞の困惑はさらに増した。自分を高く評価してくれているのはよく分かる。分かるのだが、褒められることに慣れていないだけに、反応のしようがない。
(いっそ、みいちゃんのように嫌味の一つでも言ってくれればいいのに……)
そんなことを考えてしまう自分が情けなくなる。優奈は美咲とはまた違ったタイプで素直な少女だ。ただ、優し過ぎるがゆえに、朝霞もたまにどう接していいか悩んでしまうこともある。それでもこうして一緒にいるのは、この家で味方が一人もいない孤独を誰よりも知っているからだ。せめて、優奈には自分と同じ思いは味わわせたくない。そう思い、家にいる時ぐらいは出来る限り行動を共にするようにしていた。
(私にでも、彼女のために出来ることがあるのならば……)
再び手を動かしてから、朝霞は思った。高額の金と引き換えに本家に売られた憐れな少女。だが、そんな憂いなど感じさせず、気丈に振る舞い続ける。だからこそ、優奈の力になりたい。朝霞にとっては、優奈は初めての〈友人〉と呼べる存在なのだから。
「――美咲とは、また学校で仲良く出来るでしょうか?」
そんなことを、何故私に訊くの? と思いつつ、朝霞はただ一言、「出来るわよ」とだけ答えた。
これは優奈を安堵させたらしい。先ほどにも増して嬉しそうに微笑んでいる。
「良かった、美咲は大切な親友ですから。どんなことがあっても、ずっと仲良くしたいんです」
素直な気持ちを口にしただけかもしれない。だが、この台詞が朝霞の中のモヤモヤを増大させた。また、美咲だけが愛されるのかと。
(馬鹿ね、朝霞。またみいちゃんに嫉妬しちゃうなんて……)
心の中で言い聞かせ、歪みつつあった感情を消してゆく。
自分も愛されたい。だが、愛されるだけの器量がないのも自覚している。どう足掻いても、朝霞は美咲にはなれないのだ。
「もうちょっと急いで支度しましょう。あんまり遅くなると、綾乃さんから嫌味を言われるわ」
別に綾乃の嫌味など気にならないが、気分の悪さを払拭するためにあえて言った。
「あ、そうですね」
優奈はやはり、素直に同調していそいそと動き出す。
朝霞は甲斐甲斐しく働いてくれる優奈をチラリと一瞥してから、自らも作業を進めた。
不意に訊ねた朝霞に、優奈は不思議そうに首を傾げる。
「何故ですか?」
「だって私は、あなたが大好きな親友のことを蔑ろにするようなことを平然と言ってのけたのよ? 事実とはいえ、軽率に口に出してはならなかった……」
朝霞は優奈を見据えたまま、黙って反応を待った。かえって気分を害してしまっただろうか。そう思っていたのだが――
「ほんと真面目だな」
微苦笑を浮かべながら優奈は言葉を紡いだ。
「朝霞さんが軽率だなんて一度も思ったことはありませんよ。むしろ、慎重過ぎるほどに慎重じゃないですか。それに、少なくとも朝霞さんは、この家の中では一番美咲を案じていると思います。美咲がいた間、みんなに逢わせないようにと気を遣って食事を部屋まで運んだりしてくれたでしょ?」
「あれは……、当たり前のことをしただけだけど……」
「けど、その〈当たり前〉は、朝霞さん以外には出来ないんですよ。いえ、しようともしないでしょうね。――私もほんとはどうしようもなく臆病だから、行動に起こすよりも先に、周りの反応を気にしてしまいますから……。だから私、どんなことも当たり前に出来てしまう朝霞さんがとても好きなんですよ」
優奈の予想外の言葉に、朝霞はわずかに目を瞠った。疎ましく思われることはあっても、『好き』などとはっきり言われたことは、生まれてこの方一度たりともなかった。もしかしたら、この先も優奈以外に言ってもらえることはないかもしれない。
「私、つまらない人間なのに……」
嬉しさよりも戸惑っていた朝霞は、ついつい可愛げのない発言をしてしまう。だが、そんな朝霞の言動にも、優奈は嫌な顔一つせずにこやかにしている。
「そんなに自分を卑下することなんてないですよ。私はほんとに朝霞さんを尊敬してるんですから。だって、この家に来てから何でも教えてくれたのは他でもない朝霞さんですよ? 綾乃さんはさすがに取っ付きにくくて苦手ですけど、朝霞さんだったら何でも話せます。朝霞さんがいたからこそ、この家に突然連れて来られても何とかやっていけてますし」
屈託なく話す優奈に、朝霞の困惑はさらに増した。自分を高く評価してくれているのはよく分かる。分かるのだが、褒められることに慣れていないだけに、反応のしようがない。
(いっそ、みいちゃんのように嫌味の一つでも言ってくれればいいのに……)
そんなことを考えてしまう自分が情けなくなる。優奈は美咲とはまた違ったタイプで素直な少女だ。ただ、優し過ぎるがゆえに、朝霞もたまにどう接していいか悩んでしまうこともある。それでもこうして一緒にいるのは、この家で味方が一人もいない孤独を誰よりも知っているからだ。せめて、優奈には自分と同じ思いは味わわせたくない。そう思い、家にいる時ぐらいは出来る限り行動を共にするようにしていた。
(私にでも、彼女のために出来ることがあるのならば……)
再び手を動かしてから、朝霞は思った。高額の金と引き換えに本家に売られた憐れな少女。だが、そんな憂いなど感じさせず、気丈に振る舞い続ける。だからこそ、優奈の力になりたい。朝霞にとっては、優奈は初めての〈友人〉と呼べる存在なのだから。
「――美咲とは、また学校で仲良く出来るでしょうか?」
そんなことを、何故私に訊くの? と思いつつ、朝霞はただ一言、「出来るわよ」とだけ答えた。
これは優奈を安堵させたらしい。先ほどにも増して嬉しそうに微笑んでいる。
「良かった、美咲は大切な親友ですから。どんなことがあっても、ずっと仲良くしたいんです」
素直な気持ちを口にしただけかもしれない。だが、この台詞が朝霞の中のモヤモヤを増大させた。また、美咲だけが愛されるのかと。
(馬鹿ね、朝霞。またみいちゃんに嫉妬しちゃうなんて……)
心の中で言い聞かせ、歪みつつあった感情を消してゆく。
自分も愛されたい。だが、愛されるだけの器量がないのも自覚している。どう足掻いても、朝霞は美咲にはなれないのだ。
「もうちょっと急いで支度しましょう。あんまり遅くなると、綾乃さんから嫌味を言われるわ」
別に綾乃の嫌味など気にならないが、気分の悪さを払拭するためにあえて言った。
「あ、そうですね」
優奈はやはり、素直に同調していそいそと動き出す。
朝霞は甲斐甲斐しく働いてくれる優奈をチラリと一瞥してから、自らも作業を進めた。
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