宵月桜舞

雪原歌乃

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第七章 揺動と傷痕

第一節-01

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 藍田家は昔から、地元では影響力の強い家系だ。一見、地味で目立たないが、それはあえて表舞台に立とうとしないだけで、陰では絶対的な権力を誇り続けている。
 代々続く当主は大半が狡猾、時に手段を選ばない冷酷さを併せ持っていたらしい。
 朝霞の実父である藍田史孝もまた、その例から外れない性質を備えている。
 ただ、先代の祖父だけは違っていたようだ。〈ようだ〉と表現するのは、先代は美咲のことは目に入れても痛くないほど可愛がっていたが、朝霞と藍田には決して優しくしてくれることはなかった。温かな微笑みは美咲にだけ向けられ、ひとたび朝霞を目の当たりにすると、笑顔はスッとかき消され、能面のように表情がなくなる。
 恐らく、朝霞が感情を表に出すことが出来なくなったのは、母親がいなかったのはもちろん、それ以上に、先代と祖母、藍田から充分な愛情を注がれなかったからだ。だが、甘えることを許されなかったのは、女とはいえ、自分が次期当主になるからこその試練なのだと、成長を遂げるにつれて納得した。いや、納得せざるを得なかった。
 歳月は刻々と流れ、朝霞も十八となった。それまでの間、義務教育を済ませ、そのままエスカレーター式で私立の女子高校に進学したが、朝霞に染み付いてしまった性格が災いし、学校でも周囲から距離を置かれている。〈友達〉と呼べる存在が欲しいと思わないわけではない。しかし、自分のようなつまらない人間に近付く物好きがいないのもよく理解していたから、自ら他人に歩み寄ることもしなかった。
「美咲、帰ったんですね」
 台所で並んで夕飯の支度をしていた優奈が、ポツリと漏らした。
 朝霞はじゃがいもの皮を剥く手を休めることなく、「ええ」と答える。
「貴雄叔父さんが、わざわざお迎えを差し向けて下さったから。いえ、むしろ迎えに来た本人が進んで乗り込んできた、と言った方が正しいかもしれないわね」
「もしかしてその人、美咲が前に『チョームカつく』って言ってたヒトかな?」
「チョー、ムカつく……?」
 何となく、美咲の口調を真似てみたつもりだったが、今時の若者の感性からだいぶずれている朝霞は、口に出してから眉をひそめた。
 苦虫を噛み砕いた心地の朝霞とは対照的に、優奈は無邪気に笑っている。
「はい、とにかくすっごく失礼なヒトだったみたいです。あ、もちろんこれは美咲の第一印象ですけどね。でも、美咲の話を聴いて、私は何となくそのヒトに因縁めいたものを感じたんです。って、これこそ大袈裟でしょうか?」
「そんなことはないわ」
 じゃがいもの皮を全て剥き終えた朝霞は、それをボウルに満たした水に沈めてから続けた。
「みいちゃんと南條さんの間に紡がれ続けた糸は、時を経るたびに強さを増している。私もそれは何となくだけど感じてる。
 二人のルーツは兄妹で、兄の方は許されることのない愛に苦しみ続けていた。妹――桜姫も恐らくは……。
 長い時間をかけて転生を繰り返して血の繋がりは薄らいだけど、鬼王、そして、藍田が存続し続ける限り、決して明るい未来は拓けないわね、あの二人……」
 そこまで言い終えてから、本人達がいないとはいえ、美咲と南條に対してずいぶんと残酷なことを口にしてしまったと朝霞は思った。だが、美咲が桜姫の魂を受け継ぎ、南條が鬼王や桜姫を封じられるだけの力を持っている限り、人並みな幸せなど望めるはずがない。いずれ、桜姫が暴走してしまえば、南條はそれを抑える役目がある。南條本人が望まずとも、南條以外に出来ないことなのだから、否が応でも止めてもらわなければならない。――美咲の命の灯火を消すことになろうとも。
「――運命に流されるしかないんでしょうか……?」
 棚から食器を出しながら、優奈は淋しげに続けた。
「本人達の気持ちしだいだとは思います。けど、運命の波に流され続けるのも違う気がするんです。
 私、美咲のことはほんとによく知ってます。はっきり言って朝霞さんよりもずっとずっと。だから分かるんです。美咲は、簡単に自分の意思を曲げてしまうような弱い子じゃない。一人っ子で、大切に育てられたから、ちょっと甘えんぼなトコも確かにありますけど、その分、諦めも悪いから、大波が襲ってくればくるほどそれに立ち向かうだけの力も持っているんじゃないか、って。美咲は私なんかよりも強くて逞しいですよ。――私も気付かないぐらい、ずっと」
 朝霞は作業していた手を止め、優奈にジッと視線を注いだ。無表情を自覚しているだけに、もしかしたら睨んでいると勘違いされているかもしれないと思ったが、目を離すことが出来なかった。 
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