宵月桜舞

雪原歌乃

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第六章 追憶と誓言

第二節-01

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 ◆◇◆◇◆◇

 美咲は縁側に腰を下ろし、ぼんやりと外を眺めていた。
 藤崎と綾乃に本家に連れて来られてからというもの、外へ出る機会はめっきりなくなってしまった。
 最初は逃げ出したい気持ちが強かった。しかし、日が経つにつれ、隙を見て抜け出そうと考える気力すらなくなった。
 ただ、伯父である藍田史孝と顔を合わせることは避け続けた。事情をよく知る優奈はもちろん、朝霞も何かを察したらしく、食事時も無理に食堂へ呼ぶことはせず、黙って部屋まで食事を運んできてくれる。その時は必ず、優奈の分も一緒に持ってくる。無愛想なのは変わらないし、相変わらず苦手な従姉ではあるが、以前ほど不快感を抱くことはなくなっている。むしろ、藍田が嫌悪の対象となっているというのもあるのだが。
 ふと、床の軋む音が近付いてきた。美咲は反射的に身構える。
 今日は平日だ。優奈と朝霞は学校に行っているし、藤崎も普段は普通に社会人をしているらしく仕事に行っている。綾乃もまた、仕事は特にしていないのだが、今日は用事があると言って朝早くから出ていた。
 そうなると、この家に残っているのは主である藍田だけだ。
 美咲は拳を強く握り締めた。藍田は怖い。しかし、いざとなれば桜姫を目覚めさせ、藍田の暴走を阻止出来るかもしれない。
(けど、桜姫の力がなければ何も出来ない私は……)
 不意に情けなくなる。だが、自らの身を守るためなら仕方ないのだと言い聞かせ、ゆっくりと顔を上げる。
 ところが、美咲に近付いてきたのは意外な人物だった。思わず目を見開くと、その人物は表情一つ変えず、小首を傾げながら美咲を見下ろしている。
「アサちゃん、学校だったんじゃ……」
 驚きつつも、美咲は自分を凝視している朝霞に訊ねる。
 朝霞はやはり、無表情のままで美咲を見つめる。元々、朝霞は喜怒哀楽といった感情が欠如しているから、笑わなければ怒りもしない。
「今日はちょっと調子が悪いから休んだの」
 美咲の質問に淡々と答えた朝霞は、許可を得ずに黙って美咲の隣にちょこんと座る。
 美咲は眉根を寄せつつ、かと言って、追い払う理由も見付からなかったので何も言わなかった。
 しばらく、二人の間に沈黙が流れた。昔から、決して仲が良かったとは言い難かったから、一緒にいても会話らしい会話なんてあまりした記憶がない。だが、優奈の話を聴く限りでは、朝霞は話しかければ普通に話してくれるし、困ったことがあればすぐに手を差し伸べてくれるらしい。
(もしかしたら、優奈は私よりも素直だから優しく接したくなるのかもしれない)
 つい、そんなひねくれたことを考えてしまう。
「みいちゃんは」
 それまで美咲の隣で静かに庭を眺めていた朝霞が、ゆったりと口を開いた。
 美咲は弾かれたように、朝霞に視線を向ける。
「この家は嫌い?」
 いきなり、何を訊くのか。美咲は怪訝に思いながら目をパチクリさせた。
 朝霞はそんな美咲をジッと見据え、「どう?」と、穏やかに、けれどもしっかりと答えを催促してくる。
「――好きじゃない。でも、ここにはお祖父ちゃんとお祖母ちゃんとの想い出があるから……」
 朝霞の視線をまともに受けながら、美咲はようやくの思いで口を開いた。
 朝霞はやはり、無表情のままだった。先ほどと変わらず、美咲に真っ直ぐな視線を注ぎ、小さく息を漏らす。
「相変わらず正直ね」
 朝霞の言い方に、美咲はピクリと眉を痙攣させた。
「――皮肉?」
 思わず本音を口にしてしまう。
 朝霞は溜め息を吐くと、ゆっくりと首を振った。
「皮肉じゃない、思ったことを言ったまでよ。だってみいちゃんは、私と違って昔から素直ないい子だったでしょ? お祖父さんとお祖母さんも、無表情で何を考えてるのか分からない私より、みいちゃんをとても可愛がっていたもの」
 そこまで言うと、朝霞は縁側に置かれていたサンダルに足を通し、そのまま庭の花壇へと歩を進めた。美咲の家の庭とは比較にならないほど広さのあるそこには、四季折々の花が植えられ、定期的にこの家を訪れる庭師が丁寧に手入れをしている。ただ、庭師の趣味が悪いのか、植えられている花の色彩がアンバランスで、素直に綺麗だとはとても賞賛出来ない。まだ、自分の家の庭の方が狭いながらも趣味がいい、などと心の中でついつい比較してしまう。
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