宵月桜舞

雪原歌乃

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第五章 呪縛と執愛

第五節-01※

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 気が付くと、三時間以上も居座ってしまった。女将も主人も南條達を邪険にはしなかったが、さすがに気が引けて、勘定を素早く済ませて店を後にした。
「ああ、いい感じに風が冷たいですね」
 外に出るなり、雅通は背筋を存分に伸ばし、外の新鮮な空気を吸い込んでいる。
「あ、南條さん、次は俺に奢らせて下さいね? 今はちょっと持ち合わせがなかったんですけど、給料が入れば少しはマシになるはずですから」
 珍しく殊勝なことを口にする。そう思いながら、南條は口元を綻ばせ、「期待しないでおこう」と返した。
 そんな南條を、雅通は眉根を寄せて睨んでくる。
「その言い方はないでしょ? それとも、南條さんをちょっと煽ったことへの仕返しですか?」
「さあな」
 南條はわざと肩を竦め、歩き出そうとした。
 その時だった。
 風に乗って、ほんのりと甘い匂いが流れてきた。一瞬、気のせいかと思った。しかし、それは消えるどころか徐々に強さを増している。
「何か、匂いますね」
 やはり、雅通も匂いを嗅ぎ取っていたらしい。
 匂い如きでこれほど過剰反応するのもおかしい。だが、その匂いの元は南條達を引き寄せようとする。
 南條と雅通は顔を見合わせた。そして、互いに頷き、匂いを辿ってゆく。
 急ぎもせず、かと言って、のんびりするでもなく、一歩、また一歩と進むと、十字路に差しかかった。真正面を見ても、匂いの元は感じられない。そうなると、右か、それとも左か。
 南條は首を動かし、隣にいた雅通に向けて目配せした。
 雅通は、南條の無言の指示をすぐに察した。南條よりも優れている嗅覚を活かし、十字路の前で匂いを探る。
「こっちですね」
 雅通が指し示したのは左だった。南條と雅通は再び歩き出し、慎重に左に曲がる。
「うわっ!」
 曲がったとたん、声を上げたのは雅通だった。一瞬、何が起こったのか理解するまでに多少の時間を要したが、雅通が襲撃されたと気付き、南條は咄嗟に身構えた。
 ヒト――いや、ヒトという器を身に纏った化け物だ。これまでにも何度か遭遇したことはあったが、近頃は全く姿を見せなくなっていたので完全に油断していた。
「このやろ……、離れやがれってんだ!」
 雅通は必死でもがくも、化け物――妖鬼ようき――に身体を乗っ取られているヒトの力は並外れている。雅通も鍛えているから常人よりは力があるが、酒が入った後ということもあって苦戦を強いられている。しかも、妖鬼はざっと見た限りでも十近くはいる。
(鬼王か? いや、あの夢に封じられている鬼王が、現にまで干渉出来るはずは……)
 南條が考えている間にも、他の妖鬼が迫り寄ってくる。
「とっとと片を着けてやる」
 そう言って軽く舌打ちすると、南條は精神を集中し、右腕に気を送り込んでゆく。途中、妖鬼が南條に襲いかかってきたが、それを足だけでどうにか撃退しつつ、刀を出現させた。
「邪魔だ」
 足で蹴り倒された妖鬼が立ち上がりかけていたところに、南條は容赦なく刀を突き付ける。
「うぎあああ……ぎゃあああああ……!」
 刀で体内を抉られている妖鬼の叫び声は、獣のそれと大差ない。何とか刀から逃れようと暴れ続けていたが、そのうちに力尽き、口から泡を吹いてそのまま失神した。
 とりあえず、器として利用されたヒトは、意識が戻れば普通に戻っているはずだ。南條の刀は本来、鬼を消滅させるためのものであって、器を傷付けるものではない。
 南條は続けざまに三匹目を撃退したところで、雅通を一瞥する。
 雅通も何とか、真っ先に襲いかかってきた妖鬼から逃れられたようだ。先ほどとは打って変わり、雅通の力の源である槍を得意げに振り回している。
「俺はな、やられたら二倍にも三倍にもして返してやるんだ、よ!」
 ターゲットにされた雅通を襲った妖鬼は、南條に消滅させられた妖鬼同様、断末魔の叫びを上げる。それを雅通は、口の端を上げ、じっくりと眺めている。
「苦しいのはあとちょっとだ。我慢しとけ」
 雅通が、最後の仕上げとばかりに力を入れた。と、妖鬼は力を失い、その場に崩れ落ちた。
 その後も、酒が入った状態で調子が良いと言えないながらも、順調に妖鬼を斃していった。ほとんどは南條が消したが、場数をそれほど踏んでいない雅通もなかなか奮闘した。
 だが、妖鬼達に南條と雅通を襲わせた黒幕は別にいる。甘い匂いも未だに漂い続けているから、どこかで戦う様子を眺めていたに違いない。
「そろそろ出てきたらどうだ?」
 静かに、しかし、凛と響き渡る声音で、南條は匂いの主に言う。
 とたんに、辺りに烈風が吹き荒れ、轟々と音を立てる中、南條と雅通はそれぞれの武器を握り締めながら、反対の左腕で自らの顔を庇い、強く瞼を閉じる。
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