31 / 81
第五章 呪縛と執愛
第五節-01※
しおりを挟む
気が付くと、三時間以上も居座ってしまった。女将も主人も南條達を邪険にはしなかったが、さすがに気が引けて、勘定を素早く済ませて店を後にした。
「ああ、いい感じに風が冷たいですね」
外に出るなり、雅通は背筋を存分に伸ばし、外の新鮮な空気を吸い込んでいる。
「あ、南條さん、次は俺に奢らせて下さいね? 今はちょっと持ち合わせがなかったんですけど、給料が入れば少しはマシになるはずですから」
珍しく殊勝なことを口にする。そう思いながら、南條は口元を綻ばせ、「期待しないでおこう」と返した。
そんな南條を、雅通は眉根を寄せて睨んでくる。
「その言い方はないでしょ? それとも、南條さんをちょっと煽ったことへの仕返しですか?」
「さあな」
南條はわざと肩を竦め、歩き出そうとした。
その時だった。
風に乗って、ほんのりと甘い匂いが流れてきた。一瞬、気のせいかと思った。しかし、それは消えるどころか徐々に強さを増している。
「何か、匂いますね」
やはり、雅通も匂いを嗅ぎ取っていたらしい。
匂い如きでこれほど過剰反応するのもおかしい。だが、その匂いの元は南條達を引き寄せようとする。
南條と雅通は顔を見合わせた。そして、互いに頷き、匂いを辿ってゆく。
急ぎもせず、かと言って、のんびりするでもなく、一歩、また一歩と進むと、十字路に差しかかった。真正面を見ても、匂いの元は感じられない。そうなると、右か、それとも左か。
南條は首を動かし、隣にいた雅通に向けて目配せした。
雅通は、南條の無言の指示をすぐに察した。南條よりも優れている嗅覚を活かし、十字路の前で匂いを探る。
「こっちですね」
雅通が指し示したのは左だった。南條と雅通は再び歩き出し、慎重に左に曲がる。
「うわっ!」
曲がったとたん、声を上げたのは雅通だった。一瞬、何が起こったのか理解するまでに多少の時間を要したが、雅通が襲撃されたと気付き、南條は咄嗟に身構えた。
ヒト――いや、ヒトという器を身に纏った化け物だ。これまでにも何度か遭遇したことはあったが、近頃は全く姿を見せなくなっていたので完全に油断していた。
「このやろ……、離れやがれってんだ!」
雅通は必死でもがくも、化け物――妖鬼――に身体を乗っ取られているヒトの力は並外れている。雅通も鍛えているから常人よりは力があるが、酒が入った後ということもあって苦戦を強いられている。しかも、妖鬼はざっと見た限りでも十近くはいる。
(鬼王か? いや、あの夢に封じられている鬼王が、現にまで干渉出来るはずは……)
南條が考えている間にも、他の妖鬼が迫り寄ってくる。
「とっとと片を着けてやる」
そう言って軽く舌打ちすると、南條は精神を集中し、右腕に気を送り込んでゆく。途中、妖鬼が南條に襲いかかってきたが、それを足だけでどうにか撃退しつつ、刀を出現させた。
「邪魔だ」
足で蹴り倒された妖鬼が立ち上がりかけていたところに、南條は容赦なく刀を突き付ける。
「うぎあああ……ぎゃあああああ……!」
刀で体内を抉られている妖鬼の叫び声は、獣のそれと大差ない。何とか刀から逃れようと暴れ続けていたが、そのうちに力尽き、口から泡を吹いてそのまま失神した。
とりあえず、器として利用されたヒトは、意識が戻れば普通に戻っているはずだ。南條の刀は本来、鬼を消滅させるためのものであって、器を傷付けるものではない。
南條は続けざまに三匹目を撃退したところで、雅通を一瞥する。
雅通も何とか、真っ先に襲いかかってきた妖鬼から逃れられたようだ。先ほどとは打って変わり、雅通の力の源である槍を得意げに振り回している。
「俺はな、やられたら二倍にも三倍にもして返してやるんだ、よ!」
ターゲットにされた雅通を襲った妖鬼は、南條に消滅させられた妖鬼同様、断末魔の叫びを上げる。それを雅通は、口の端を上げ、じっくりと眺めている。
「苦しいのはあとちょっとだ。我慢しとけ」
雅通が、最後の仕上げとばかりに力を入れた。と、妖鬼は力を失い、その場に崩れ落ちた。
その後も、酒が入った状態で調子が良いと言えないながらも、順調に妖鬼を斃していった。ほとんどは南條が消したが、場数をそれほど踏んでいない雅通もなかなか奮闘した。
だが、妖鬼達に南條と雅通を襲わせた黒幕は別にいる。甘い匂いも未だに漂い続けているから、どこかで戦う様子を眺めていたに違いない。
「そろそろ出てきたらどうだ?」
静かに、しかし、凛と響き渡る声音で、南條は匂いの主に言う。
とたんに、辺りに烈風が吹き荒れ、轟々と音を立てる中、南條と雅通はそれぞれの武器を握り締めながら、反対の左腕で自らの顔を庇い、強く瞼を閉じる。
「ああ、いい感じに風が冷たいですね」
外に出るなり、雅通は背筋を存分に伸ばし、外の新鮮な空気を吸い込んでいる。
「あ、南條さん、次は俺に奢らせて下さいね? 今はちょっと持ち合わせがなかったんですけど、給料が入れば少しはマシになるはずですから」
珍しく殊勝なことを口にする。そう思いながら、南條は口元を綻ばせ、「期待しないでおこう」と返した。
そんな南條を、雅通は眉根を寄せて睨んでくる。
「その言い方はないでしょ? それとも、南條さんをちょっと煽ったことへの仕返しですか?」
「さあな」
南條はわざと肩を竦め、歩き出そうとした。
その時だった。
風に乗って、ほんのりと甘い匂いが流れてきた。一瞬、気のせいかと思った。しかし、それは消えるどころか徐々に強さを増している。
「何か、匂いますね」
やはり、雅通も匂いを嗅ぎ取っていたらしい。
匂い如きでこれほど過剰反応するのもおかしい。だが、その匂いの元は南條達を引き寄せようとする。
南條と雅通は顔を見合わせた。そして、互いに頷き、匂いを辿ってゆく。
急ぎもせず、かと言って、のんびりするでもなく、一歩、また一歩と進むと、十字路に差しかかった。真正面を見ても、匂いの元は感じられない。そうなると、右か、それとも左か。
南條は首を動かし、隣にいた雅通に向けて目配せした。
雅通は、南條の無言の指示をすぐに察した。南條よりも優れている嗅覚を活かし、十字路の前で匂いを探る。
「こっちですね」
雅通が指し示したのは左だった。南條と雅通は再び歩き出し、慎重に左に曲がる。
「うわっ!」
曲がったとたん、声を上げたのは雅通だった。一瞬、何が起こったのか理解するまでに多少の時間を要したが、雅通が襲撃されたと気付き、南條は咄嗟に身構えた。
ヒト――いや、ヒトという器を身に纏った化け物だ。これまでにも何度か遭遇したことはあったが、近頃は全く姿を見せなくなっていたので完全に油断していた。
「このやろ……、離れやがれってんだ!」
雅通は必死でもがくも、化け物――妖鬼――に身体を乗っ取られているヒトの力は並外れている。雅通も鍛えているから常人よりは力があるが、酒が入った後ということもあって苦戦を強いられている。しかも、妖鬼はざっと見た限りでも十近くはいる。
(鬼王か? いや、あの夢に封じられている鬼王が、現にまで干渉出来るはずは……)
南條が考えている間にも、他の妖鬼が迫り寄ってくる。
「とっとと片を着けてやる」
そう言って軽く舌打ちすると、南條は精神を集中し、右腕に気を送り込んでゆく。途中、妖鬼が南條に襲いかかってきたが、それを足だけでどうにか撃退しつつ、刀を出現させた。
「邪魔だ」
足で蹴り倒された妖鬼が立ち上がりかけていたところに、南條は容赦なく刀を突き付ける。
「うぎあああ……ぎゃあああああ……!」
刀で体内を抉られている妖鬼の叫び声は、獣のそれと大差ない。何とか刀から逃れようと暴れ続けていたが、そのうちに力尽き、口から泡を吹いてそのまま失神した。
とりあえず、器として利用されたヒトは、意識が戻れば普通に戻っているはずだ。南條の刀は本来、鬼を消滅させるためのものであって、器を傷付けるものではない。
南條は続けざまに三匹目を撃退したところで、雅通を一瞥する。
雅通も何とか、真っ先に襲いかかってきた妖鬼から逃れられたようだ。先ほどとは打って変わり、雅通の力の源である槍を得意げに振り回している。
「俺はな、やられたら二倍にも三倍にもして返してやるんだ、よ!」
ターゲットにされた雅通を襲った妖鬼は、南條に消滅させられた妖鬼同様、断末魔の叫びを上げる。それを雅通は、口の端を上げ、じっくりと眺めている。
「苦しいのはあとちょっとだ。我慢しとけ」
雅通が、最後の仕上げとばかりに力を入れた。と、妖鬼は力を失い、その場に崩れ落ちた。
その後も、酒が入った状態で調子が良いと言えないながらも、順調に妖鬼を斃していった。ほとんどは南條が消したが、場数をそれほど踏んでいない雅通もなかなか奮闘した。
だが、妖鬼達に南條と雅通を襲わせた黒幕は別にいる。甘い匂いも未だに漂い続けているから、どこかで戦う様子を眺めていたに違いない。
「そろそろ出てきたらどうだ?」
静かに、しかし、凛と響き渡る声音で、南條は匂いの主に言う。
とたんに、辺りに烈風が吹き荒れ、轟々と音を立てる中、南條と雅通はそれぞれの武器を握り締めながら、反対の左腕で自らの顔を庇い、強く瞼を閉じる。
0
お気に入りに追加
47
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。



今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。


淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる