宵月桜舞

雪原歌乃

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第三章 胎動と陰謀

第五節-03

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「――伯父さん」
 美咲は藍田を真っ直ぐに見据えた。藍田の強烈な眼光に怖気付きそうになったが、恐怖心を抑え、訥々と続けた。
「私を本家まで連れて来た目的は何なんですか? その人は、『お前をじっくりゆっくり苦しませてやりたい』って伯父さんが言ってたと言ってましたけど……」
 美咲が疑問を投げかけると、藍田は、『よけいなことを』と言わんばかりに青年に視線を送った。
 青年はもう、蛇に睨まれた蛙そのものだった。藍田の視線から逃れるように身を縮ませ、情けないほどに俯いている。
「彼の言い方にはちと語弊があったようだな」
 藍田は再び、美咲に視線を向けた。
「私は別に、お前を苦しめたいなどとは思っていないよ。むしろ逆だ。お前を、苦境から救ってやりたい。可愛い姪がつまらんことで命を落とすなど、私は少しも望んでいないのでね」
 そこまで言うと、障子の向こうから、「失礼します」と少女の声が聴こえてきた。声の主の正体は、確認するまでもなかった。
「ああ、ちょうどいいところに来た。入りたまえ」
 藍田が呼びかけると、障子が静かに開かれる。そこにいたのは、髪の長さこそ違うが、美咲とよく似た少女だった。
「お茶をお持ちしました」
 少女は恭しく言い、お茶を載せた盆を手に入って来る。だが、障子の向こうにも誰かがいる気配がした。
(気のせい、かな……)
 美咲は怪訝に思いながら首を傾げる中、お茶を配っている少女に、「あれはどうした?」と、藍田が訊ねてくる。
「いますよ」
 表情一つ変えず、少女は答えた。
「ただ、ここに入りづらいみたいで……。ですからとりあえず待機を……」
「入れなさい」
 少女が言いかけた言葉を、藍田は素早く遮った。
「ですが……」
「いいから入れたまえ、朝霞あさか
 『朝霞』と呼ばれた少女は少し躊躇っていたが、仕方なさそうに、「分かりました」と頷いた。
「朝霞にも逢わせたかったが、こっちの方がより驚くのではないかな?」
 不敵に笑みを浮かべる藍田に、美咲は眉根を寄せた。〈誰か〉がいるのは察したものの、美咲が驚くほどの人物とはいったい誰なのか。
 だが、朝霞が、待機させていたという人物が入って来たとたん、藍田の言う通り、美咲は絶句してしまいそうなほど驚愕した。
「――どうして……?」
 辛うじて声は出たが、これ以上は何も言えない。
 美咲の反応は、藍田にとっては想定の範囲内だったのだろう。瞠目したまま、入って来た人物を凝視する美咲に、「どうかね?」と満足げに笑いかけてくる。
「彼女は我々の遠縁なんだがね、故あってここで預かっている。そうそう、彼女は美咲の友人でもあるそうだな」
 そう言うと、藍田は、美咲とその人物に交互に視線を送る。
 美咲は相変わらず呆然とし、もう一人の人物――優奈は、唇を結んだままで目を伏せている。
「美咲」
 名前を呼ばれ、美咲はハッとして藍田を見た。
「お前もこれからはここに住みなさい。友人が一つ屋根の下にいるのであれば心強いだろう。我々も責任持ってお前の面倒を見よう」
「え、でも……」
 ようやく呪縛から解き放たれたように、美咲がゆったりと口を開く。
「ここからだと学校が……。実家の方がまだ近いから……」
「その心配は無用だ」
 美咲の疑問に、藍田はやんわりと、しかし、きっぱりと答えた。
「送迎は綾乃あやの君と藤崎ふじさき君にさせる。朝霞と優奈のことも二人に任せていたからね。
 気にすることはない。貴雄と理美君にも、朝霞を通して連絡させる。あの二人――特に貴雄は、朝霞のことを何かと気にかけていたから、可愛い姪に頼まれたら決して『否』とは言えんだろう」
 美咲を気遣っているようで、決して異を唱えさせまいという姿勢が、藍田の言葉一つ一つからありありと伝わってくる。
(何とか隙を見て逃げる――なんて無理だね)
 美咲は部屋にいる面子を一通り見回し、ひっそりと溜め息を吐いた。
「大丈夫よ」
 憂鬱さが増した美咲に、女性――綾乃がニッコリと笑いかけてくる。
「あなたのことはこうして無事に保護出来たわけだし。確かに、藤崎はこの家では一番の危険人物だけど、あなたを決して一人にしないように私達も充分に配慮するわ」
 綾乃は、藤崎に冷たい視線を送った。
「そういうわけだから藤崎さん、今後一切、美咲さんへ変な気を起こさないように。万が一、禁を破った時は――分かっているわね?」
 綾乃からの静かな忠告に、藤崎は黙って頷く。つい先ほどまで、美咲に強気な姿勢を見せていたのが嘘のように大人しい。それほど、藍田と綾乃を恐れているという証拠だろうか。
「では、美咲さんは優奈さんと同室にして差し上げましょう。――史孝様、ご意見はございますか?」
「私に異存はないよ。むしろ、優奈と一緒にしてやったほうが何かと安全で安心も出来るだろう。それとも、朝霞と同室の方が良いかな?」
 藍田は、障子の側で控えめに正座している朝霞に視線を向けた。
「いいえ。私と同室だと、かえってみいちゃんの気が安らぐことがないでしょう。ここはやはり、綾乃さんの意見に従った方が良いと思います」
 相変わらず、能面のように表情の動かない朝霞に、この子も父親同様、私のことなんてこれっぽちも気にかけてなんかない、と美咲は苦々しく思った。
「では決まりだな」
 藍田はゆらりとその場から立ち上がった。
「色々あって美咲も疲れているはずだ。優奈、美咲を部屋まで案内してやりなさい。あとは夕飯時までゆっくりするといい」
 そこまで言うと、ほとんど足音を立てずに部屋を出て行く。その後を、綾乃もさり気なく追って行った。
「私達もそろそろ……。藤崎さん、いつまでぼんやりされているのですか? 行きましょう」
 朝霞に静かに促され、藤崎ものっそりと腰を上げる。
「では、ごゆっくりどうぞ」
 藤崎に先頭を歩かせ、朝霞も姿を消してしまった。
 残された美咲と優奈は、互いに気まずい思いを抱える。
(色々と訊きたいけど……)
 美咲は気になりつつ、思いつめた表情で固まっている優奈を前にしたら何も言葉が出なかった。
 知りたいことは山ほどある。しかし今は、優奈に気持ちの余裕を持たせてあげるのが最優先だろう。
(何より、南條さんとは……)
 美咲の心に真っ先に浮かんだのが、両親ではなく南條だというのが我ながら親不孝だと呆れる。だが、それほどまでに、美咲は南條が恋しくて仕方がなかった。
(また、逢えるよね……)
 美咲は瞼をゆっくり閉じ、優しく微笑む南條を想った。

【第三章 - End】
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