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第三章 胎動と陰謀
第三節
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学校に行き、勉強に追われているうちに、美咲は今朝のことをほとんど忘れてしまっていた。朝から不快な気持ちにさせられたのは確かだったが、雅通の忠告――正確には、南條からの言伝だったらしいが――をあまり重要視していなかったからかもしれない。
「ねえ優奈、今日もこのまま帰るの?」
放課後、美咲は下駄箱前で靴を履き替えながら、一緒にいた優奈に声をかけた。
優奈もまた、美咲と同様にローファーに足を通すと、「そうだねえ」と愛らしい笑みを返してくる。
「たまには寄り道する? 私も今日は時間あるし」
「お、今日はまた付き合いいいじゃありませんか、優奈さん」
「人間、息抜きも必要ですからね、美咲さん」
おふざけで敬語を使い合ってから、美咲と優奈は顔を合わせてニッコリと笑う。
「じゃ、駅前のコーヒーショップ行こっか? 座れる場所があることを願って」
優奈の提案に、美咲は「了解!」と首を大きく縦に振った。
◆◇◆◇
美咲と優奈が向かったコーヒーショップは予想通りの混みようだったが、幸い、一番奥に二人分の席が空いていた。ただ、ちょっとした隙に取られてしまうとも限らないと考え、優奈が二人分の注文をし、その間、美咲が先に席を陣取って待機した。
そのうち、透明カップに入ったアイスティーとアイスカフェラテ、個別包装されたパウンドケーキが二個載ったトレイを持って優奈が来た。
「おお、ご苦労!」
美咲はおどけた調子で敬礼して、通学バッグから財布を取り出す。そして、アイスティーとパウンドケーキの代金を優奈に渡した。当然、優奈はそれを素直に受け取り、自らの財布にしまい込んだ。
「まったりするわあ……」
落ち着くなり、優奈は大きく息を吐き出してから、カフェラテのカップにストローを挿しておもむろに口を付けた。
美咲はそれを少しばかり見届けてから、ポーションのガムシロップとミルクをカップの中に流し込み、ストローでカラカラと混ぜ合わせる。琥珀色の液体はベージュへと変化を遂げ、完全に混ざり合ったところで、ようやく飲み始めた。
「ところでさ」
三分の一ほど飲んでから、美咲は優奈を真っ直ぐに見つめた。
「優奈って今、何してんの?」
「何、って?」
不思議そうに首を傾げる優奈に、美咲は、「だからあ」とじれったく思いながら続けた。
「最近、学校以外で逢うことがなくなったじゃない。放課後だってあんまり相手してくれないし……。学校出る時行ってたよね? 『人間、息抜きも必要だ』って。――もしかして、塾でも通ってんの?」
「そうゆうわけじゃないけど……」
美咲の質問責めに、優奈は苦笑いを浮かべる。そして、カフェラテをゆっくり啜ると目を泳がせた。まるで、美咲の視線を逃れようかとするように。
(言いたくないの、かな……?)
美咲はなおも優奈をジッと見据えるが、やはり、優奈はわざと目を合わせまいとしている。ここまで頑なな優奈は、初めて目の当たりにするかもしれない。
「まさか、悪いコトしてるわけじゃないよね?」
美咲としては、場の雰囲気を和ませるために冗談で言ったつもりだった。
ところが、この言葉は優奈には衝撃が大きかったらしい。手にしていたカップを手から滑らせ、ゴトリと音を立ててトレーの上に落下させた。幸い、蓋とストローが付いた状態だったからカフェラテの水溜まりが出来ることはなかったが、それでも、ほんの少しだけ中身が零れてしまった。
「ご、ごめんっ!」
優奈は慌ててカップを戻そうとしていたが、思うように掴めずにいた。よく見ると、手が小さく震えている。
「――大丈夫?」
さすがに美咲も、優奈の過剰なまでの反応に不安を覚えた。軽い気持ちで口にした〈悪いコト〉を、優奈は本当にやっていたということだろうか。美咲は思いながら、優奈の代わりにカップを立て直した。
「ほんとに大丈夫……?」
重ねて問うと、優奈は、小さく呼吸を繰り返しながらゆっくりと頷く。
「う、うん大丈夫。ごめん……」
本当にらしくないと、改めて感じる。だが、優奈をここまで動揺させる理由は、美咲に分かるはずもない。
(けど……)
美咲は改めて、優奈を凝視する。美咲に問い詰められるのを恐れているのか、俯き加減でストローに口を付けている。心なしか、先ほど以上に美咲の視線を避けているようだ。
(この調子だと、あんまり追及しない方がいいかな……)
とは思うものの、理由を知りたいのも本心だ。美咲は辛抱強く、優奈が口を開いてくれるのを待ったが、予想通りと言うべきか、優奈は頑ななまでに口を閉ざしたままだった。
◆◇◆◇
優奈と楽しい時間を過ごすはずが、気まずい雰囲気のままでコーヒーショップをあとにすることとなってしまった。
「――ごめんね……」
別れ際、優奈は美咲に謝罪してきた。だが、やはり顔は合わせようともしてくれない。
「別にいいよ」
内心では非常に困惑していた美咲だったが、これ以上、優奈に気を遣わせてしまうのは酷だと思い、どうにか笑顔を取り繕った。ただ、不自然に歪んでいるのは、美咲も充分に自覚していた。
「よく分かんないけど、あんまり考え過ぎちゃダメだよ? 今はあんまり言いたくなさそうだけど、私はいつでも優奈の相談に乗るから。――私じゃ、役不足かもしれないけど……」
最後の一言を口にすると、それまで俯いたままだった優奈が、チラリと美咲を一瞥した。
「――うん」
優奈は、眩しそうに目を細めながら小さく笑みを浮かべた。だが、それもほんの一瞬で、また、眉間に皺を寄せてしまった。
そんな優奈に、美咲は満面の笑みを見せる。少しでも優奈が微笑んでくれたことで、美咲はホッとした。
「それじゃ、また明日ね」
そう言って手を振り、優奈に背を向けた時だった。
「美咲!」
優奈が、美咲を呼び止めた。
張り詰めたような優奈の声に、美咲は目を見開きながら足を止め、振り返った。
瞳を忙しなく揺らし、口を開きかけている優奈と視線が合った。
「――また、今度ね……」
優奈から出てきたのは、これだけだった。
美咲は目をパチクリさせたが、優奈が自分を真っ直ぐに見て声をかけてきてくれたことが嬉しくて、口元を綻ばせた。
「うん、また明日」
もう一度、別れの挨拶をすると、優奈はぎこちなく手を振る。
美咲は何となく、名残惜しさを感じた。しかし、明日もあるのだから、と自分に言い聞かせ、再び踵を返す。
しばらく歩いてから、気になって肩越しに後ろを顧みる。
優奈は、相変わらず美咲を見送っていた。もしかしたら、美咲の姿が見えなくなるまで立ち続けているつもりだろうか。そう思えるほど、彼女は全く微動だにしない。
(また明日ね)
今度は、心の中で優奈に言う。そして、前を向き、今度は振り返ることなく歩き続けた。
「ねえ優奈、今日もこのまま帰るの?」
放課後、美咲は下駄箱前で靴を履き替えながら、一緒にいた優奈に声をかけた。
優奈もまた、美咲と同様にローファーに足を通すと、「そうだねえ」と愛らしい笑みを返してくる。
「たまには寄り道する? 私も今日は時間あるし」
「お、今日はまた付き合いいいじゃありませんか、優奈さん」
「人間、息抜きも必要ですからね、美咲さん」
おふざけで敬語を使い合ってから、美咲と優奈は顔を合わせてニッコリと笑う。
「じゃ、駅前のコーヒーショップ行こっか? 座れる場所があることを願って」
優奈の提案に、美咲は「了解!」と首を大きく縦に振った。
◆◇◆◇
美咲と優奈が向かったコーヒーショップは予想通りの混みようだったが、幸い、一番奥に二人分の席が空いていた。ただ、ちょっとした隙に取られてしまうとも限らないと考え、優奈が二人分の注文をし、その間、美咲が先に席を陣取って待機した。
そのうち、透明カップに入ったアイスティーとアイスカフェラテ、個別包装されたパウンドケーキが二個載ったトレイを持って優奈が来た。
「おお、ご苦労!」
美咲はおどけた調子で敬礼して、通学バッグから財布を取り出す。そして、アイスティーとパウンドケーキの代金を優奈に渡した。当然、優奈はそれを素直に受け取り、自らの財布にしまい込んだ。
「まったりするわあ……」
落ち着くなり、優奈は大きく息を吐き出してから、カフェラテのカップにストローを挿しておもむろに口を付けた。
美咲はそれを少しばかり見届けてから、ポーションのガムシロップとミルクをカップの中に流し込み、ストローでカラカラと混ぜ合わせる。琥珀色の液体はベージュへと変化を遂げ、完全に混ざり合ったところで、ようやく飲み始めた。
「ところでさ」
三分の一ほど飲んでから、美咲は優奈を真っ直ぐに見つめた。
「優奈って今、何してんの?」
「何、って?」
不思議そうに首を傾げる優奈に、美咲は、「だからあ」とじれったく思いながら続けた。
「最近、学校以外で逢うことがなくなったじゃない。放課後だってあんまり相手してくれないし……。学校出る時行ってたよね? 『人間、息抜きも必要だ』って。――もしかして、塾でも通ってんの?」
「そうゆうわけじゃないけど……」
美咲の質問責めに、優奈は苦笑いを浮かべる。そして、カフェラテをゆっくり啜ると目を泳がせた。まるで、美咲の視線を逃れようかとするように。
(言いたくないの、かな……?)
美咲はなおも優奈をジッと見据えるが、やはり、優奈はわざと目を合わせまいとしている。ここまで頑なな優奈は、初めて目の当たりにするかもしれない。
「まさか、悪いコトしてるわけじゃないよね?」
美咲としては、場の雰囲気を和ませるために冗談で言ったつもりだった。
ところが、この言葉は優奈には衝撃が大きかったらしい。手にしていたカップを手から滑らせ、ゴトリと音を立ててトレーの上に落下させた。幸い、蓋とストローが付いた状態だったからカフェラテの水溜まりが出来ることはなかったが、それでも、ほんの少しだけ中身が零れてしまった。
「ご、ごめんっ!」
優奈は慌ててカップを戻そうとしていたが、思うように掴めずにいた。よく見ると、手が小さく震えている。
「――大丈夫?」
さすがに美咲も、優奈の過剰なまでの反応に不安を覚えた。軽い気持ちで口にした〈悪いコト〉を、優奈は本当にやっていたということだろうか。美咲は思いながら、優奈の代わりにカップを立て直した。
「ほんとに大丈夫……?」
重ねて問うと、優奈は、小さく呼吸を繰り返しながらゆっくりと頷く。
「う、うん大丈夫。ごめん……」
本当にらしくないと、改めて感じる。だが、優奈をここまで動揺させる理由は、美咲に分かるはずもない。
(けど……)
美咲は改めて、優奈を凝視する。美咲に問い詰められるのを恐れているのか、俯き加減でストローに口を付けている。心なしか、先ほど以上に美咲の視線を避けているようだ。
(この調子だと、あんまり追及しない方がいいかな……)
とは思うものの、理由を知りたいのも本心だ。美咲は辛抱強く、優奈が口を開いてくれるのを待ったが、予想通りと言うべきか、優奈は頑ななまでに口を閉ざしたままだった。
◆◇◆◇
優奈と楽しい時間を過ごすはずが、気まずい雰囲気のままでコーヒーショップをあとにすることとなってしまった。
「――ごめんね……」
別れ際、優奈は美咲に謝罪してきた。だが、やはり顔は合わせようともしてくれない。
「別にいいよ」
内心では非常に困惑していた美咲だったが、これ以上、優奈に気を遣わせてしまうのは酷だと思い、どうにか笑顔を取り繕った。ただ、不自然に歪んでいるのは、美咲も充分に自覚していた。
「よく分かんないけど、あんまり考え過ぎちゃダメだよ? 今はあんまり言いたくなさそうだけど、私はいつでも優奈の相談に乗るから。――私じゃ、役不足かもしれないけど……」
最後の一言を口にすると、それまで俯いたままだった優奈が、チラリと美咲を一瞥した。
「――うん」
優奈は、眩しそうに目を細めながら小さく笑みを浮かべた。だが、それもほんの一瞬で、また、眉間に皺を寄せてしまった。
そんな優奈に、美咲は満面の笑みを見せる。少しでも優奈が微笑んでくれたことで、美咲はホッとした。
「それじゃ、また明日ね」
そう言って手を振り、優奈に背を向けた時だった。
「美咲!」
優奈が、美咲を呼び止めた。
張り詰めたような優奈の声に、美咲は目を見開きながら足を止め、振り返った。
瞳を忙しなく揺らし、口を開きかけている優奈と視線が合った。
「――また、今度ね……」
優奈から出てきたのは、これだけだった。
美咲は目をパチクリさせたが、優奈が自分を真っ直ぐに見て声をかけてきてくれたことが嬉しくて、口元を綻ばせた。
「うん、また明日」
もう一度、別れの挨拶をすると、優奈はぎこちなく手を振る。
美咲は何となく、名残惜しさを感じた。しかし、明日もあるのだから、と自分に言い聞かせ、再び踵を返す。
しばらく歩いてから、気になって肩越しに後ろを顧みる。
優奈は、相変わらず美咲を見送っていた。もしかしたら、美咲の姿が見えなくなるまで立ち続けているつもりだろうか。そう思えるほど、彼女は全く微動だにしない。
(また明日ね)
今度は、心の中で優奈に言う。そして、前を向き、今度は振り返ることなく歩き続けた。
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