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Melting Sweet
Act.1
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私も決して異性に縁がなかったわけじゃない。
二十代の頃は女友達に誘われて合コンにせっせと参加し、そういった場で出逢った男と身体の関係を持ち、その流れで付き合ったことが何度もある。
ただ、長続きした例がない。
私は料理が大の苦手だ。だから、そんな女子力の低い私に幻滅し、ある者は黙って連絡を絶ち、ある者には二股をかけられ、その現場に遭遇した私は逆ギレされてしまった。
『みんな外見に騙されるんだよ』
口さがない女友達に何度言われてきたことか。初めて言われた時はカチンときたけど、今では腹立たしさは全く感じなくなった。そもそも、指摘は正しいのだから反論のしようがない。
そして、気付くと私も三十半ばを超えてしまった。四捨五入すると四十、って、あまりトシのことは考えたくもないけど。
結局、私は結婚することもなく、大卒と同時に入った大手企業に今も居座り続けている。同期どころか、後輩達もどんどんと寿退社をしてしまい、女の同世代はほとんど残っていない。若い子達からは、『お局さま』とベタな陰口を叩かれているのも知っている。けれども、あえて気付かないふりをして、嫌味で口煩い〈お局さま〉を演じ続ける。損な役回りだ。
ただ、唯一ひとりだけ、私の調子を狂わせる存在がいる。
みんな、私を腫れ物でも扱うように敬遠しているのに、彼だけは何故か、やたらと人懐っこい笑顔を振りまきながら私に接近してくる。こっちがどんなに睨みを利かせても、相手は全く動じる様子もない。
正直、あまり関わりたくない。けれども皮肉なことに、彼は私と同じ部署の部下ときた。あからさまに避けたら、かえって周りに変に思われそうな気がして、突っぱねたくても突っぱねられない。本当に厄介な存在だ。
◆◇◆◇
八月下旬、同部署の課長の異動が決まり、部署内で送別会を兼ねた親睦会が催されることになった。つまりは飲み会だ。
私はあまり乗り気ではなかったのだけど、これでも一応、主任という肩書きがあるから故意に欠席するわけにもいかない。そう思い、仕事が終わってから、ひとりで送別会兼親睦会をやる大衆居酒屋へと向かおうとした。
「唐沢さん!」
こっちの気分とは対照的な爽やかな声が私を呼ぶ。
私は気付かぬふりをして歩き続けたのだけど、声の主はすぐに私に追い着き、「お疲れ様です」と、またにこやかに挨拶してくる。
声の主は呼ばれた時からすぐに察した。だからこそ、あえてシカトしたというのに。
でも、ちゃっかり隣に並ばれてしまった以上、知らんふりするわけにもいかない。私はニコリともせず、「お疲れ」と返す。
「杉本君、自分の仕事は終わったの?」
面倒だと思いながら、ついつい話しかけてしまった。
彼――杉本君は相変わらずニコニコしながら、「ええ」と頷く。
「飲み会に最初から参加する気満々でしたから頑張りましたよ。男の会費は高いですから、やっぱ元はしっかり取っときたいじゃないですか」
「ふうん……」
丁寧に答えてくれた杉本君に対し、我ながらずいぶんと愛想のない反応だ。けれども、杉本君は気分を害した様子はない。
「それにしてもあっついですねえ。もう日が暮れかかってるってのに。俺、暑いの苦手だからしんどくて敵いませんわ。唐沢さんはどうですか? 暑いのは平気ですか?」
「平気な人なんてそうそういないんじゃない?」
「そりゃそうですね」
可愛げのない返答に、杉本君が困ったように肩を竦める。さすがに私に懲りたかと思ったのだけど、杉本君はなおも私に話しかけてくる。
「唐沢さんは酒好きですか?」
「――別に嫌いじゃないけど……」
「普段、どんなのを飲んでるんですか?」
「どんなの、って……。普通にビールとかチューハイじゃない?」
「へえ。唐沢さんはお洒落なカクテルのイメージがありましたけど、意外と庶民的なものも飲むんですねえ」
「――当然じゃない。私は一般ピープルだもの。カクテルも飲むことは飲むけど、そんなに小洒落た店なんてそんなに行かないわよ」
「もしかして、バーよりも小料理屋的な場所の方が好きとか?」
「別にどっちでも――って杉本君……」
質問攻めにげんなりした私は、深い溜め息を漏らし、眉をひそめながら杉本君を軽く睨んだ。
「どうでもいいけど、あんまり隣でペラペラ喋られるとかえって暑苦しくて堪らないわ。てか、なんで私と一緒にいるの? 同期や後輩の子達と行けばいいのに……」
「え? 一緒だと迷惑ですか?」
「迷惑とかそういう問題じゃ……。でも、一緒に行ったら周りに変に誤解されちゃうじゃない……」
「どうしてですか? もしや、実は恋人とか……」
「いないわよ」
杉本君が言いかけた言葉を、私は素早く遮って否定した。
「私はともかく、杉本君が困るでしょ? 君は私と違って誰からも好かれてるんだから。私なんかと噂を立てられたりなんかしたら、絶対職場にいづらくなるわよ?」
「別に困りませんよ」
精いっぱい突っぱねたつもりだったのに、杉本君は全く動じていない。それどころか、先ほどにも増して満面の笑みを私に向けてくる。
「周りが言いたいならば、勝手に言わせておけばいいじゃないですか。そんなの、俺は全く気にしませんよ。――まあ、唐沢さんが迷惑だっつうんならば距離を置きますけど、そんなこともないでしょ?」
「――自意識過剰ね……」
「それが俺ですから」
私の嫌味も華麗に躱し、杉本君は私と並んで歩き続ける。
「――勝手にしなさいな」
吐き捨てるように言い放った私は、居酒屋までだんまりを決め込んだ。
その間、杉本君は相変わらずよく喋っていたのだけど。
二十代の頃は女友達に誘われて合コンにせっせと参加し、そういった場で出逢った男と身体の関係を持ち、その流れで付き合ったことが何度もある。
ただ、長続きした例がない。
私は料理が大の苦手だ。だから、そんな女子力の低い私に幻滅し、ある者は黙って連絡を絶ち、ある者には二股をかけられ、その現場に遭遇した私は逆ギレされてしまった。
『みんな外見に騙されるんだよ』
口さがない女友達に何度言われてきたことか。初めて言われた時はカチンときたけど、今では腹立たしさは全く感じなくなった。そもそも、指摘は正しいのだから反論のしようがない。
そして、気付くと私も三十半ばを超えてしまった。四捨五入すると四十、って、あまりトシのことは考えたくもないけど。
結局、私は結婚することもなく、大卒と同時に入った大手企業に今も居座り続けている。同期どころか、後輩達もどんどんと寿退社をしてしまい、女の同世代はほとんど残っていない。若い子達からは、『お局さま』とベタな陰口を叩かれているのも知っている。けれども、あえて気付かないふりをして、嫌味で口煩い〈お局さま〉を演じ続ける。損な役回りだ。
ただ、唯一ひとりだけ、私の調子を狂わせる存在がいる。
みんな、私を腫れ物でも扱うように敬遠しているのに、彼だけは何故か、やたらと人懐っこい笑顔を振りまきながら私に接近してくる。こっちがどんなに睨みを利かせても、相手は全く動じる様子もない。
正直、あまり関わりたくない。けれども皮肉なことに、彼は私と同じ部署の部下ときた。あからさまに避けたら、かえって周りに変に思われそうな気がして、突っぱねたくても突っぱねられない。本当に厄介な存在だ。
◆◇◆◇
八月下旬、同部署の課長の異動が決まり、部署内で送別会を兼ねた親睦会が催されることになった。つまりは飲み会だ。
私はあまり乗り気ではなかったのだけど、これでも一応、主任という肩書きがあるから故意に欠席するわけにもいかない。そう思い、仕事が終わってから、ひとりで送別会兼親睦会をやる大衆居酒屋へと向かおうとした。
「唐沢さん!」
こっちの気分とは対照的な爽やかな声が私を呼ぶ。
私は気付かぬふりをして歩き続けたのだけど、声の主はすぐに私に追い着き、「お疲れ様です」と、またにこやかに挨拶してくる。
声の主は呼ばれた時からすぐに察した。だからこそ、あえてシカトしたというのに。
でも、ちゃっかり隣に並ばれてしまった以上、知らんふりするわけにもいかない。私はニコリともせず、「お疲れ」と返す。
「杉本君、自分の仕事は終わったの?」
面倒だと思いながら、ついつい話しかけてしまった。
彼――杉本君は相変わらずニコニコしながら、「ええ」と頷く。
「飲み会に最初から参加する気満々でしたから頑張りましたよ。男の会費は高いですから、やっぱ元はしっかり取っときたいじゃないですか」
「ふうん……」
丁寧に答えてくれた杉本君に対し、我ながらずいぶんと愛想のない反応だ。けれども、杉本君は気分を害した様子はない。
「それにしてもあっついですねえ。もう日が暮れかかってるってのに。俺、暑いの苦手だからしんどくて敵いませんわ。唐沢さんはどうですか? 暑いのは平気ですか?」
「平気な人なんてそうそういないんじゃない?」
「そりゃそうですね」
可愛げのない返答に、杉本君が困ったように肩を竦める。さすがに私に懲りたかと思ったのだけど、杉本君はなおも私に話しかけてくる。
「唐沢さんは酒好きですか?」
「――別に嫌いじゃないけど……」
「普段、どんなのを飲んでるんですか?」
「どんなの、って……。普通にビールとかチューハイじゃない?」
「へえ。唐沢さんはお洒落なカクテルのイメージがありましたけど、意外と庶民的なものも飲むんですねえ」
「――当然じゃない。私は一般ピープルだもの。カクテルも飲むことは飲むけど、そんなに小洒落た店なんてそんなに行かないわよ」
「もしかして、バーよりも小料理屋的な場所の方が好きとか?」
「別にどっちでも――って杉本君……」
質問攻めにげんなりした私は、深い溜め息を漏らし、眉をひそめながら杉本君を軽く睨んだ。
「どうでもいいけど、あんまり隣でペラペラ喋られるとかえって暑苦しくて堪らないわ。てか、なんで私と一緒にいるの? 同期や後輩の子達と行けばいいのに……」
「え? 一緒だと迷惑ですか?」
「迷惑とかそういう問題じゃ……。でも、一緒に行ったら周りに変に誤解されちゃうじゃない……」
「どうしてですか? もしや、実は恋人とか……」
「いないわよ」
杉本君が言いかけた言葉を、私は素早く遮って否定した。
「私はともかく、杉本君が困るでしょ? 君は私と違って誰からも好かれてるんだから。私なんかと噂を立てられたりなんかしたら、絶対職場にいづらくなるわよ?」
「別に困りませんよ」
精いっぱい突っぱねたつもりだったのに、杉本君は全く動じていない。それどころか、先ほどにも増して満面の笑みを私に向けてくる。
「周りが言いたいならば、勝手に言わせておけばいいじゃないですか。そんなの、俺は全く気にしませんよ。――まあ、唐沢さんが迷惑だっつうんならば距離を置きますけど、そんなこともないでしょ?」
「――自意識過剰ね……」
「それが俺ですから」
私の嫌味も華麗に躱し、杉本君は私と並んで歩き続ける。
「――勝手にしなさいな」
吐き捨てるように言い放った私は、居酒屋までだんまりを決め込んだ。
その間、杉本君は相変わらずよく喋っていたのだけど。
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