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第五話 言葉に出来ない
Act.4
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◆◇◆◇◆◇
いったい、何が起こったのか。朋也には理解出来なかった。
何か気に障ることでもしてしまったのだろうかと思ったが、思い当たる節は全くない。ただ、涼香を傷付けたことだけは何となく察した。
「女の気持ちって分かんねえ……」
こういう時、誰に相談したらいいのだろう。紫織――は、とても言いづらい。涼香は紫織の親友だ。もしも、傷付けてしまったかも、なんて言ったら、紫織にこっぴどく叱られることは明白だ。かと言って、自分に告白してきた張本人である誓子には、なおさら相談出来ない。
朋也はその場に立ち尽くしたまま、チノパンのポケットから携帯電話を取り出す。
ほとんど無意識だった。指は、電話帳登録されている兄――宏樹の番号を選択して押していた。
コール音が鳴り続ける。不意に我に返って通話を切ろうとしたのだが、それより先にコール音は途切れてしまった。
『お、朋也か?』
向こうも番号を登録しているから、すぐに朋也からだと分かったらしい。挨拶を抜きに、いきなり、『どうした?』と切り出してくる。
『電話してくるなんて珍しいな。今頃になって家が恋しくなったか?』
「うるせえ。茶化してんじゃねえよ」
『あっははは! 冗談だよ、冗談! すぐにムキになるトコは昔っから変わらねえなあ』
電話の向こうで笑い続ける宏樹。腹立たしく思いつつ、懐かしいやり取りに、ほんのちょっぴり心が和む。
『で、ほんとにどうしたんだ? もしかして、兄ちゃんに相談事か、ん?』
「――その〈まさか〉だったらどうするよ……?」
朋也の台詞に、宏樹の笑い声がピタリとやんだ。まさか、本気で朋也が宏樹に相談事を持ちかけてくるなんて夢にも思わなかったのだろう。そもそも、宏樹以上に朋也本人が一番驚いているのだから。
「――ほんとは女子の方がいいと思ったんだけど……」
『紫織じゃダメなのか? 紫織はれっきとした女子だぞ?』
先ほどとは打って変わり、真面目に返してきた宏樹に対し、朋也は絞り出すように、「ダメなんだよ」と訥々と続けた。
「紫織に言ったら、確実にこってり絞られるし……。なんつうか……、紫織の友達絡みだから……」
これ以上はどう説明していいのか分からなかったこともあり、言えなかった。
携帯の電波を通し、沈黙が流れる。宏樹も何か考えているのだろうか。
『よく分からんけど』
しばらくして、宏樹から口火を切った。
『今度、連休でも取ってウチに来いよ。お前、ずーっと実家に戻ってないだろ? 親父もおふくろも、朋也はいつになったら帰って来るんだ、ってぼやいてるし』
「――別に俺が帰らなくたって、兄貴はずっとそっちにいるだろ?」
『お前のことが心配なんだよ。特におふくろは、いっつもお前を案じてるんだぞ? 手紙を書いても、ちっとも返事を寄越さないだろ?』
宏樹の鋭い指摘に、朋也はグッと言葉を詰まらせる。確かに、実家にも戻らず、手紙での連絡さえもしていないのだから、普通の親であれば気にかかるのは当然のことかもしれない。
「まあ、何の音沙汰もないんじゃな……」
『そうだぞ? お前、とんでもない親不孝をしてるんだからな』
気付けば宏樹に説教されている。とはいえ、宏樹の言うことはいちいちもっともだから、反論のしようがない。
「分かったよ」
朋也は溜め息を吐きながら言った。
「今度連休取ってそっち行く。日にちがはっきりしたら、また兄貴に連絡するよ」
『了解。紫織もお前に逢いたがってたしな』
宏樹は何気なく紫織の名前を出したのだと思う。だが、朋也にしてみたら、紫織と逢うことは何としても避けたかった。今回の件とは別にしても。
「あのさ、兄貴……」
朋也は無意識に声を潜めた。
「紫織には、俺が帰ることは内緒にしてくれないか?」
『ああ、友達のことがあるからか?』
「ま、まあな……」
煮えきらない口調で、宏樹も電話越しにでも察しただろう。しかし、分かっているからこそ、よけいな詮索はしてこなかった。
『とにかく、帰って来る時は気を付けて来いよ? 事故ったりしたら元も子もねえからな?』
「分かってるよ。気を付けるから」
『じゃあ、またな』
「ああ、また」
会話を終え、朋也は携帯を耳から離して通話を切った。ディスプレイはまだ、ぼんやりと明るい。
「兄貴とも、逃げないでちゃんと向き合わなきゃ、だな……」
携帯のディスプレイに向かって、ひとりごちる。すると、ほどなくして黒い画面へと変貌を遂げた。
朋也は携帯を折り畳んだ。そして、再びポケットに押し込むと、一歩、また一歩と歩き出す。
「まだまだ冷えるな……」
歩きながら、自らの身体を両腕で抱き締める。白い息こそ吐き出されないが、頬や首筋を掠めてゆくそよ風は冷たい。
(あったかいコーヒーでも買って飲むか)
自動販売機を求めて、キョロキョロと辺りを見渡す。と、少し先にほの白い明かりを見付けた。
朋也は口元を緩め、その明かりに向かって駆け出した。
【第五話 - End】
いったい、何が起こったのか。朋也には理解出来なかった。
何か気に障ることでもしてしまったのだろうかと思ったが、思い当たる節は全くない。ただ、涼香を傷付けたことだけは何となく察した。
「女の気持ちって分かんねえ……」
こういう時、誰に相談したらいいのだろう。紫織――は、とても言いづらい。涼香は紫織の親友だ。もしも、傷付けてしまったかも、なんて言ったら、紫織にこっぴどく叱られることは明白だ。かと言って、自分に告白してきた張本人である誓子には、なおさら相談出来ない。
朋也はその場に立ち尽くしたまま、チノパンのポケットから携帯電話を取り出す。
ほとんど無意識だった。指は、電話帳登録されている兄――宏樹の番号を選択して押していた。
コール音が鳴り続ける。不意に我に返って通話を切ろうとしたのだが、それより先にコール音は途切れてしまった。
『お、朋也か?』
向こうも番号を登録しているから、すぐに朋也からだと分かったらしい。挨拶を抜きに、いきなり、『どうした?』と切り出してくる。
『電話してくるなんて珍しいな。今頃になって家が恋しくなったか?』
「うるせえ。茶化してんじゃねえよ」
『あっははは! 冗談だよ、冗談! すぐにムキになるトコは昔っから変わらねえなあ』
電話の向こうで笑い続ける宏樹。腹立たしく思いつつ、懐かしいやり取りに、ほんのちょっぴり心が和む。
『で、ほんとにどうしたんだ? もしかして、兄ちゃんに相談事か、ん?』
「――その〈まさか〉だったらどうするよ……?」
朋也の台詞に、宏樹の笑い声がピタリとやんだ。まさか、本気で朋也が宏樹に相談事を持ちかけてくるなんて夢にも思わなかったのだろう。そもそも、宏樹以上に朋也本人が一番驚いているのだから。
「――ほんとは女子の方がいいと思ったんだけど……」
『紫織じゃダメなのか? 紫織はれっきとした女子だぞ?』
先ほどとは打って変わり、真面目に返してきた宏樹に対し、朋也は絞り出すように、「ダメなんだよ」と訥々と続けた。
「紫織に言ったら、確実にこってり絞られるし……。なんつうか……、紫織の友達絡みだから……」
これ以上はどう説明していいのか分からなかったこともあり、言えなかった。
携帯の電波を通し、沈黙が流れる。宏樹も何か考えているのだろうか。
『よく分からんけど』
しばらくして、宏樹から口火を切った。
『今度、連休でも取ってウチに来いよ。お前、ずーっと実家に戻ってないだろ? 親父もおふくろも、朋也はいつになったら帰って来るんだ、ってぼやいてるし』
「――別に俺が帰らなくたって、兄貴はずっとそっちにいるだろ?」
『お前のことが心配なんだよ。特におふくろは、いっつもお前を案じてるんだぞ? 手紙を書いても、ちっとも返事を寄越さないだろ?』
宏樹の鋭い指摘に、朋也はグッと言葉を詰まらせる。確かに、実家にも戻らず、手紙での連絡さえもしていないのだから、普通の親であれば気にかかるのは当然のことかもしれない。
「まあ、何の音沙汰もないんじゃな……」
『そうだぞ? お前、とんでもない親不孝をしてるんだからな』
気付けば宏樹に説教されている。とはいえ、宏樹の言うことはいちいちもっともだから、反論のしようがない。
「分かったよ」
朋也は溜め息を吐きながら言った。
「今度連休取ってそっち行く。日にちがはっきりしたら、また兄貴に連絡するよ」
『了解。紫織もお前に逢いたがってたしな』
宏樹は何気なく紫織の名前を出したのだと思う。だが、朋也にしてみたら、紫織と逢うことは何としても避けたかった。今回の件とは別にしても。
「あのさ、兄貴……」
朋也は無意識に声を潜めた。
「紫織には、俺が帰ることは内緒にしてくれないか?」
『ああ、友達のことがあるからか?』
「ま、まあな……」
煮えきらない口調で、宏樹も電話越しにでも察しただろう。しかし、分かっているからこそ、よけいな詮索はしてこなかった。
『とにかく、帰って来る時は気を付けて来いよ? 事故ったりしたら元も子もねえからな?』
「分かってるよ。気を付けるから」
『じゃあ、またな』
「ああ、また」
会話を終え、朋也は携帯を耳から離して通話を切った。ディスプレイはまだ、ぼんやりと明るい。
「兄貴とも、逃げないでちゃんと向き合わなきゃ、だな……」
携帯のディスプレイに向かって、ひとりごちる。すると、ほどなくして黒い画面へと変貌を遂げた。
朋也は携帯を折り畳んだ。そして、再びポケットに押し込むと、一歩、また一歩と歩き出す。
「まだまだ冷えるな……」
歩きながら、自らの身体を両腕で抱き締める。白い息こそ吐き出されないが、頬や首筋を掠めてゆくそよ風は冷たい。
(あったかいコーヒーでも買って飲むか)
自動販売機を求めて、キョロキョロと辺りを見渡す。と、少し先にほの白い明かりを見付けた。
朋也は口元を緩め、その明かりに向かって駆け出した。
【第五話 - End】
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