18 / 32
第五話 言葉に出来ない
Act.1
しおりを挟む
朋也と電話をしたすぐあとは、服装のことなど全く考えていなかった。しかし、酔いが醒めた翌日になって、やはり女らしさをアピールしたいと急に思い立ち、当日になって着ていく服を物色し始めた。しかも、夜が待ち遠しく思え、時間の流れがいつになく遅く感じてソワソワする。
こんな涼香を見たら、紫織はどう思うだろう。もしかしたら、『涼香可愛い』などと言いながら楽しそうにケラケラ笑うに違いない。馬鹿にする、というより、素直に涼香が〈女〉になっている姿を喜ぶ。紫織はそういう人間だ。
だが、姉と妹は絶対に違う。紫織と違い、あからさまに面白がり、揚げ句の果てにはデートの相手を確かめてやろうと躍起になる。色んな意味で恐ろしい姉妹だから、親に頭を下げてまで一人暮らしを始めて良かったとつくづく思う。
「それにしても、これって変に気合入り過ぎて変に思われないかな……?」
涼香はひとりごちながら、全身鏡で今の自分の格好を改めて見つめる。仕事の時はともかく、普段は進んでスカートを穿くことがない。だが、せっかくだからと滅多に着ることのない、黒地に白い花柄があしらわれたワンピースを引っ張り出したものの、いかにも〈私、すっごく張りきっちゃってます〉感が出ていて、やっぱりこれはどうなのだろうかと思い直してしまう。かと言って、いつものような白シャツとジーンズだとあまりにもラフ過ぎて、それも違うのでは、と思ってしまう。
こんな時、紫織がいたらどう言ってくれるかと考える。
「やっぱ紫織だったら、こっちがいいって強く主張してくるな……」
考え抜いた末、紫織が出すであろう意見を尊重しようと決めた。自分で結論を出したというのが恥ずかしいから、勝手にこの場にいない紫織をダシにしたようなものだが。
「私だって女なのよ、うん!」
鏡の向こうの自分に強く言い聞かせ、何度も頷いて見せる。よくよく自分の姿を見てみれば、ワンピース姿も決して悪くない。膝が隠れるか隠れないかのギリギリの長さだから、脚もいつもよりも長く見える。私もそこそこ見られるじゃない、と思ってしまう辺り、結構なナルシストなのかもしれないと涼香は自分で呆れた。
◆◇◆◇
待ち合わせ場所の駅には、三十分以上も前に着いてしまった。本当に、どれだけ今日を楽しみにしていたのだろう。恥ずかしいと思いつつ、ちょっとだけ、そんな自分を微笑ましくも感じてしまう。
朋也を待っている間、涼香は近くのベンチに腰を下ろし、携帯電話を弄っていた。最近は携帯で様々なサイトを覗けるようになったから、ポケットベルを持っているだけで周りが盛り上がっていた高校の頃を考えると、本当にとても便利になったものだと感心する。
ただ、パソコンと違って見られるサイトはだいぶ限られるし、サクサク見られるわけではない。ディスプレイはカラーになってはいても、画像自体はとても暗くて見づらい。だが、携帯の進化は年々進化を遂げているから、そのうち、パソコンに負けずとも劣らない携帯が生まれてもおかしくないかもしれない。
(時代の変化に着いてけないよ、私……)
まだ二十代前半だというのに、年寄り臭いことを考えてしまう。同時に、こんな発言をしたら、もっと年上の夕純はどんな反応を示すだろうか。さすがに怒りはしないだろうが、『そんなこと言わないでよ』と、ちょっと哀しそうにされてしまうかもしれない。
その夕純とは、初めて飲みに誘われたことがきっかけとなり、それからもたまにふたりで仕事帰りに飲む機会が増えた。夕純は本当に涼香を気に入ってくれているらしく、あの日以降も親しく接してくれる。会社でも一緒に昼食を摂ることが多くなったから、周りの同僚にはとても驚かれている。そして、何となく距離を置かれつつあるのも薄々察していた。だが、自分達が嫌っている〈お局様〉と仲良くしていることで避けられるということは、淋しさよりも呆れてしまう。むしろ、外面だけで判断する人間と付き合いたいと思わないのが涼香だ。煩い噂話を聴き続けるのもうんざりする。
(けど、こんな性格だから誰とも上手く付き合えないんだよな、私って……)
苦笑いしながら、ふと顔を上げた時だった。ちょうど、朋也がこちらに向かって速足で近付いてくるのが目に飛び込んだ。
涼香は携帯をバッグにしまった。そして、今度はニッコリしながらヒラヒラと手を振った。
「ごめん、遅れた?」
恐る恐る訊ねてくる朋也に、涼香は、「ぜーんぜん!」と頭を横に振った。
「私がちょっと早かったのよ。まだ、待ち合わせの五分前」
「そっか」
涼香の言葉に、朋也はホッと胸を撫で下ろしていた。
「それじゃ、早速行こっか? それとも、もうちょっと休んでからにする?」
「いや、いいよ。正直、喉がカラッカラだし」
「あら、ほんとに正直ねえ」
「そういう山辺さんはどうなんだよ?」
「うん、私ももう飲みたい」
「俺とおんなじじゃねえか」
朋也が表情を崩したとたん、涼香の胸が小さく波打った。記憶の中の朋也は、涼香に笑顔を向けてくれたことがない。だから、ほんの小さな変化にもドキリとさせられる。
「よっし! ほんとに行くわよ!」
朋也に心を読まれないようにしようと思った結果、妙なハイテンションで声を張り上げてしまった。
案の定、朋也は呆気に取られている。
だが、涼香はそれに気付かぬふりを装った。朋也の少し前を歩き、ひっそりと深呼吸を繰り返す。
ちなみに今日の行き先は、夕純が初めて連れて行ってくれた居酒屋だ。本来であれば、女らしく、ちょっと洒落た店にでもした方が良かったのだろうが、あの店が本当に気に入ってしまったから、ぜひとも朋也も連れて行きたいと思っていたのだ。それに、あのオヤジ臭い店の雰囲気は、涼香らしいと言えば涼香らしい。しかし、今日の服装は、よくよく考えてみたら場違いだった。それを今になって気付くのだから、迂闊にもほどがある。
(まあ、高沢は私の服装なんて気にしてなさそうだけど……)
せっかく悩んで選んだ服にも無反応な朋也に、ホッとしつつも虚しくもある。もしも自分が紫織だったら、ちょっとした変化にもすぐに気付いてくれたんだろうな、とほんの少しだけ紫織に嫉妬してしまった。
(ああ、ほんっと私ってヤな女……!)
うっかり言葉に出そうになったが、何とか心の中で叫ぶだけに留めた。
こんな涼香を見たら、紫織はどう思うだろう。もしかしたら、『涼香可愛い』などと言いながら楽しそうにケラケラ笑うに違いない。馬鹿にする、というより、素直に涼香が〈女〉になっている姿を喜ぶ。紫織はそういう人間だ。
だが、姉と妹は絶対に違う。紫織と違い、あからさまに面白がり、揚げ句の果てにはデートの相手を確かめてやろうと躍起になる。色んな意味で恐ろしい姉妹だから、親に頭を下げてまで一人暮らしを始めて良かったとつくづく思う。
「それにしても、これって変に気合入り過ぎて変に思われないかな……?」
涼香はひとりごちながら、全身鏡で今の自分の格好を改めて見つめる。仕事の時はともかく、普段は進んでスカートを穿くことがない。だが、せっかくだからと滅多に着ることのない、黒地に白い花柄があしらわれたワンピースを引っ張り出したものの、いかにも〈私、すっごく張りきっちゃってます〉感が出ていて、やっぱりこれはどうなのだろうかと思い直してしまう。かと言って、いつものような白シャツとジーンズだとあまりにもラフ過ぎて、それも違うのでは、と思ってしまう。
こんな時、紫織がいたらどう言ってくれるかと考える。
「やっぱ紫織だったら、こっちがいいって強く主張してくるな……」
考え抜いた末、紫織が出すであろう意見を尊重しようと決めた。自分で結論を出したというのが恥ずかしいから、勝手にこの場にいない紫織をダシにしたようなものだが。
「私だって女なのよ、うん!」
鏡の向こうの自分に強く言い聞かせ、何度も頷いて見せる。よくよく自分の姿を見てみれば、ワンピース姿も決して悪くない。膝が隠れるか隠れないかのギリギリの長さだから、脚もいつもよりも長く見える。私もそこそこ見られるじゃない、と思ってしまう辺り、結構なナルシストなのかもしれないと涼香は自分で呆れた。
◆◇◆◇
待ち合わせ場所の駅には、三十分以上も前に着いてしまった。本当に、どれだけ今日を楽しみにしていたのだろう。恥ずかしいと思いつつ、ちょっとだけ、そんな自分を微笑ましくも感じてしまう。
朋也を待っている間、涼香は近くのベンチに腰を下ろし、携帯電話を弄っていた。最近は携帯で様々なサイトを覗けるようになったから、ポケットベルを持っているだけで周りが盛り上がっていた高校の頃を考えると、本当にとても便利になったものだと感心する。
ただ、パソコンと違って見られるサイトはだいぶ限られるし、サクサク見られるわけではない。ディスプレイはカラーになってはいても、画像自体はとても暗くて見づらい。だが、携帯の進化は年々進化を遂げているから、そのうち、パソコンに負けずとも劣らない携帯が生まれてもおかしくないかもしれない。
(時代の変化に着いてけないよ、私……)
まだ二十代前半だというのに、年寄り臭いことを考えてしまう。同時に、こんな発言をしたら、もっと年上の夕純はどんな反応を示すだろうか。さすがに怒りはしないだろうが、『そんなこと言わないでよ』と、ちょっと哀しそうにされてしまうかもしれない。
その夕純とは、初めて飲みに誘われたことがきっかけとなり、それからもたまにふたりで仕事帰りに飲む機会が増えた。夕純は本当に涼香を気に入ってくれているらしく、あの日以降も親しく接してくれる。会社でも一緒に昼食を摂ることが多くなったから、周りの同僚にはとても驚かれている。そして、何となく距離を置かれつつあるのも薄々察していた。だが、自分達が嫌っている〈お局様〉と仲良くしていることで避けられるということは、淋しさよりも呆れてしまう。むしろ、外面だけで判断する人間と付き合いたいと思わないのが涼香だ。煩い噂話を聴き続けるのもうんざりする。
(けど、こんな性格だから誰とも上手く付き合えないんだよな、私って……)
苦笑いしながら、ふと顔を上げた時だった。ちょうど、朋也がこちらに向かって速足で近付いてくるのが目に飛び込んだ。
涼香は携帯をバッグにしまった。そして、今度はニッコリしながらヒラヒラと手を振った。
「ごめん、遅れた?」
恐る恐る訊ねてくる朋也に、涼香は、「ぜーんぜん!」と頭を横に振った。
「私がちょっと早かったのよ。まだ、待ち合わせの五分前」
「そっか」
涼香の言葉に、朋也はホッと胸を撫で下ろしていた。
「それじゃ、早速行こっか? それとも、もうちょっと休んでからにする?」
「いや、いいよ。正直、喉がカラッカラだし」
「あら、ほんとに正直ねえ」
「そういう山辺さんはどうなんだよ?」
「うん、私ももう飲みたい」
「俺とおんなじじゃねえか」
朋也が表情を崩したとたん、涼香の胸が小さく波打った。記憶の中の朋也は、涼香に笑顔を向けてくれたことがない。だから、ほんの小さな変化にもドキリとさせられる。
「よっし! ほんとに行くわよ!」
朋也に心を読まれないようにしようと思った結果、妙なハイテンションで声を張り上げてしまった。
案の定、朋也は呆気に取られている。
だが、涼香はそれに気付かぬふりを装った。朋也の少し前を歩き、ひっそりと深呼吸を繰り返す。
ちなみに今日の行き先は、夕純が初めて連れて行ってくれた居酒屋だ。本来であれば、女らしく、ちょっと洒落た店にでもした方が良かったのだろうが、あの店が本当に気に入ってしまったから、ぜひとも朋也も連れて行きたいと思っていたのだ。それに、あのオヤジ臭い店の雰囲気は、涼香らしいと言えば涼香らしい。しかし、今日の服装は、よくよく考えてみたら場違いだった。それを今になって気付くのだから、迂闊にもほどがある。
(まあ、高沢は私の服装なんて気にしてなさそうだけど……)
せっかく悩んで選んだ服にも無反応な朋也に、ホッとしつつも虚しくもある。もしも自分が紫織だったら、ちょっとした変化にもすぐに気付いてくれたんだろうな、とほんの少しだけ紫織に嫉妬してしまった。
(ああ、ほんっと私ってヤな女……!)
うっかり言葉に出そうになったが、何とか心の中で叫ぶだけに留めた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
おかしな二人
とおなき
青春
心機一転、晴れて外資系コンサルティング会社に転職した保雄(やすお)。
しかし最初にアサインされたプロジェクトは炎上中でうまく行かないことばかり、一体どうなることやら...
そんな時、ふとしたきっかけで独りぼっちの幼子、シュンスケと出会う。
平日の昼間、周囲の目線を尻目に団地の敷地内で遊びに耽るおかしな二人の運命やいかに!?
あわただしい日常の中、ちょっと立ち止まって一息つきたい貴方に送ります!!
抱きたい・・・急に意欲的になる旦那をベッドの上で指導していたのは親友だった!?裏切りには裏切りを
白崎アイド
大衆娯楽
旦那の抱き方がいまいち下手で困っていると、親友に打ち明けた。
「そのうちうまくなるよ」と、親友が親身に悩みを聞いてくれたことで、私の気持ちは軽くなった。
しかし、その後の裏切り行為に怒りがこみ上げてきた私は、裏切りで仕返しをすることに。
雪花 ~四季の想い・第一幕~
雪原歌乃
青春
紫織はずっと、十歳も離れた幼なじみの宏樹に好意を寄せている。
だが、彼の弟・朋也が自分に恋愛感情を抱いていることに気付き、親友の涼香もまた……。
交錯する想いと想いが重なり合う日は?
※※※
時代設定は1990年代となっております。そのため、現在と比べると違和感を覚えられる点が多々あるかと思います。ご了承下さいませ。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
好青年で社内1のイケメン夫と子供を作って幸せな私だったが・・・浮気をしていると電話がかかってきて
白崎アイド
大衆娯楽
社内で1番のイケメン夫の心をつかみ、晴れて結婚した私。
そんな夫が浮気しているとの電話がかかってきた。
浮気相手の女性の名前を聞いた私は、失意のどん底に落とされる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる