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第四話 彼女と彼女の間
Act.2-01
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合コンという名の飲み会は二時間で終わった。だが、今度はカラオケに行きたいと数人が言い出し、そのまま自然に全員がカラオケ店に向けて歩き出す。
朋也は悩んだ。正直、人前で歌うのは苦手だし、何より一次会だけで疲労が溜まっている。仕事でも充分疲れるが、気疲れはその比ではない。
「あ、あのさ……」
場の空気を壊すのを覚悟で、朋也は意を決して切り出した。
「わりいけど、俺先に帰るわ。明日早いし……」
案の定、白けた雰囲気となった。やばいな、と思いつつ、かと言って、一度出てしまった言葉は取り消しが利かない。
「ほんっとにごめん! じゃな!」
逃げるが勝ち、とばかりに、朋也は素早く踵を返し、脱兎のごとくその場を去った。もう、これから先のことは知ったことじゃない。女子には完全に嫌われただろうが、そんなのはどうでもいい。むしろ、最初から合コンなんて参加したいとは思っていなかったのだから。
◆◇◆◇
しばらく走り、飲み会に参加したメンバーの姿が完全に見えなくなってから、朋也はようやく足を止めた。とたんに、ゼイゼイと息が切れる。考えてみたら、高校を卒業後はロクに運動をすることもなくなっていたから、体力もだいぶ落ちている。
「トシ取ったよな、俺も……」
無意識に呟き、ふと、こんな台詞を兄の宏樹が聞いたらどんなに突っ込まれるか、と思った。宏樹は穏やかそうで、相当痛いところを鋭く突いてくる。優しいのに、笑顔が不思議と恐怖を煽る。
「あいつ、昔っからサドっ気が強かったしな……」
満面の笑みを見せる宏樹を思い浮かべ、朋也は何度も頭を振った。そして、別のことを考えようと思い直したら、今度は紫織が浮かんでくる。
「ああもうっ! ダメだダメだダメだーっ!」
クソッ! と捨て台詞を吐き、自らの髪を乱暴に掻き乱した。本当に、いつになったらけじめを着けられるのか。そんなことを悶々と考えていた時だった。
「――大丈夫?」
すぐ側で声をかけられた。
朋也は仰天した。誰だ、と思いながら恐る恐る声のした方に首を動かすと、カラオケに行ったはずの誓子が怪訝そうに朋也を凝視していた。
「どうしたの、急に喚き出しちゃって? もしかして酔っ払ってる……?」
「え、いや、酔っ払ってるっつうか……」
朋也はしどろもどろになりつつ、「それよりも」と話題を切り返した。
「えっと、いの、うえさんこそどうしてここに? カラオケ行ったんじゃねえの?」
朋也の問いに、誓子は小首を傾げる仕草を見せた。
「うーん、どうしよっか考えたけど、やめちゃった」
「なんで?」
「高沢君が行かないってゆうから」
誓子の言葉に、今度は朋也が首を傾げる番だった。
「俺、歌はすっげえヘッタクソだから耳が腐ると思うけど?」
「そうゆう人ほど下手じゃないと思うよ?」
「いや、他の連中も知ってっから……」
どうしてここまで自分に絡んでくるのか。その理由がまるっきり分からない朋也は戸惑うばかりだった。どうすべきか考え、けれどもいつまでも立ち止まっているのもどうかと思い、ゆっくりと歩き出す。
まさかとは思ったが、誓子も朋也に着いて来る。さすがにべったりとくっ付いてはいないものの、それでもやたらと距離が近い。
「高沢君」
苗字を呼ばれ、朋也は無言で隣の誓子を一瞥した。
「高沢君って、ほんとは彼女とかいる?」
突拍子もない質問だった。朋也は慌てて視線を逸らし、「いねえけど……」と答えた。
「なら、好きな子は?」
またさらに、突っ込んでくる。
(この女、ほんと何なんだよいったい……)
朋也は心の中で舌打ちをする。答える義理なんてないと思い、黙秘しようとしたのだが、誓子はやはりしつこかった。
「ね、いる?」
「そんなこと訊いてどうすんの?」
さすがに苛立ちが募り、つい刺々しい言い回しになってしまった。
とたんに、誓子は驚いたように呆然と朋也を凝視した。そして、しだいに気まずくなってきたのか、しぼんた風船のように勢いを失くし、そのまま俯いてしまった。
朋也の良心が痛んだ。他人のプライバシーに首を突っ込んできたのは確かに誓子だったが、もう少し、オブラートに包んだ口調で返すことも出来たはずだ。
ふたりの間に沈黙が流れる。誓子に謝ろうとも思ったが、どこかでそれを拒んでいる。恐らく誓子も、朋也を怒らせてしまったと気にしているかもしれない。
朋也は悩んだ。正直、人前で歌うのは苦手だし、何より一次会だけで疲労が溜まっている。仕事でも充分疲れるが、気疲れはその比ではない。
「あ、あのさ……」
場の空気を壊すのを覚悟で、朋也は意を決して切り出した。
「わりいけど、俺先に帰るわ。明日早いし……」
案の定、白けた雰囲気となった。やばいな、と思いつつ、かと言って、一度出てしまった言葉は取り消しが利かない。
「ほんっとにごめん! じゃな!」
逃げるが勝ち、とばかりに、朋也は素早く踵を返し、脱兎のごとくその場を去った。もう、これから先のことは知ったことじゃない。女子には完全に嫌われただろうが、そんなのはどうでもいい。むしろ、最初から合コンなんて参加したいとは思っていなかったのだから。
◆◇◆◇
しばらく走り、飲み会に参加したメンバーの姿が完全に見えなくなってから、朋也はようやく足を止めた。とたんに、ゼイゼイと息が切れる。考えてみたら、高校を卒業後はロクに運動をすることもなくなっていたから、体力もだいぶ落ちている。
「トシ取ったよな、俺も……」
無意識に呟き、ふと、こんな台詞を兄の宏樹が聞いたらどんなに突っ込まれるか、と思った。宏樹は穏やかそうで、相当痛いところを鋭く突いてくる。優しいのに、笑顔が不思議と恐怖を煽る。
「あいつ、昔っからサドっ気が強かったしな……」
満面の笑みを見せる宏樹を思い浮かべ、朋也は何度も頭を振った。そして、別のことを考えようと思い直したら、今度は紫織が浮かんでくる。
「ああもうっ! ダメだダメだダメだーっ!」
クソッ! と捨て台詞を吐き、自らの髪を乱暴に掻き乱した。本当に、いつになったらけじめを着けられるのか。そんなことを悶々と考えていた時だった。
「――大丈夫?」
すぐ側で声をかけられた。
朋也は仰天した。誰だ、と思いながら恐る恐る声のした方に首を動かすと、カラオケに行ったはずの誓子が怪訝そうに朋也を凝視していた。
「どうしたの、急に喚き出しちゃって? もしかして酔っ払ってる……?」
「え、いや、酔っ払ってるっつうか……」
朋也はしどろもどろになりつつ、「それよりも」と話題を切り返した。
「えっと、いの、うえさんこそどうしてここに? カラオケ行ったんじゃねえの?」
朋也の問いに、誓子は小首を傾げる仕草を見せた。
「うーん、どうしよっか考えたけど、やめちゃった」
「なんで?」
「高沢君が行かないってゆうから」
誓子の言葉に、今度は朋也が首を傾げる番だった。
「俺、歌はすっげえヘッタクソだから耳が腐ると思うけど?」
「そうゆう人ほど下手じゃないと思うよ?」
「いや、他の連中も知ってっから……」
どうしてここまで自分に絡んでくるのか。その理由がまるっきり分からない朋也は戸惑うばかりだった。どうすべきか考え、けれどもいつまでも立ち止まっているのもどうかと思い、ゆっくりと歩き出す。
まさかとは思ったが、誓子も朋也に着いて来る。さすがにべったりとくっ付いてはいないものの、それでもやたらと距離が近い。
「高沢君」
苗字を呼ばれ、朋也は無言で隣の誓子を一瞥した。
「高沢君って、ほんとは彼女とかいる?」
突拍子もない質問だった。朋也は慌てて視線を逸らし、「いねえけど……」と答えた。
「なら、好きな子は?」
またさらに、突っ込んでくる。
(この女、ほんと何なんだよいったい……)
朋也は心の中で舌打ちをする。答える義理なんてないと思い、黙秘しようとしたのだが、誓子はやはりしつこかった。
「ね、いる?」
「そんなこと訊いてどうすんの?」
さすがに苛立ちが募り、つい刺々しい言い回しになってしまった。
とたんに、誓子は驚いたように呆然と朋也を凝視した。そして、しだいに気まずくなってきたのか、しぼんた風船のように勢いを失くし、そのまま俯いてしまった。
朋也の良心が痛んだ。他人のプライバシーに首を突っ込んできたのは確かに誓子だったが、もう少し、オブラートに包んだ口調で返すことも出来たはずだ。
ふたりの間に沈黙が流れる。誓子に謝ろうとも思ったが、どこかでそれを拒んでいる。恐らく誓子も、朋也を怒らせてしまったと気にしているかもしれない。
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