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第三話 持つべきものは
Act.5-01
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涼香が上がり、紫織も入浴を済ませてから、ふたりはそのまま紫織の部屋に入った。その間、帰りが遅い紫織の父親も帰宅したので挨拶もした。
紫織の父親は感じがいい。接客に携わる仕事をしているからだろうか、どんなに疲れていても、この家の客である涼香にさり気なくであっても気を配ってくれる。
つい、自分の父親と比べてしまう。涼香の父親も悪い人間では決してないものの、愛想がいいとはとても言い難い。嫌いではないが、好きとも言えない。
改めて、紫織が羨ましくなる。欲しいものを全て持っている紫織。自分が想いを寄せる相手の心も捉え続ける紫織。けれど、涼香は紫織が大好きだから嫌いになんてなれない。
「あーあ、私が男だったら良かったのになあ」
思ったことを口に出すと、紫織は驚いたように目を丸くさせた。
「急に何なの?」
「そのまんま、言った通りの意味だけど?」
「男の人になりたいの?」
「その方が何かと楽そうじゃん?」
「そうかなあ……?」
紫織は小首を傾げる。本当に、この何気ない仕草ひとつひとつが可愛らしいのがちょっと憎らしい。
「ああもうっ! 可愛いぞこんちくちょうめっ!」
涼香は紫織に両腕を伸ばし、そのまま華奢な身体を抱き締めた。風呂上がりだから、シャンプーとボディソープの匂いに加え、柚子湯の香りが鼻を掠める。
「ちょっ、やだっ! 涼香なにすんのっ? 馬鹿アホド変態っ!」
予想を裏切ることなく、紫織はありったけの言葉で喚きながら、涼香の腕の中でジタバタと暴れる。この反応が面白いから、腕の力はさらに強くなる。
「こらこら、大人しくなさい。これ以上はなーんも変なことしないからあ」
「〈これ以上〉があって堪るかっ!」
「おーおー、最近の若い娘は活きがいいねえ」
「涼香の変態オヤジーっ!」
「私変態オヤジだし」
「そこは突っ込め!」
あまりにも紫織が騒ぐものだから、そのうち、紫織の母親が心配して姿を現した。幸い、ノックをしてきたところでさすがに涼香も紫織を解放したから、涼香と紫織がじゃれ合っている姿を見られてしまうことはなかった。
◆◇◆◇
クールダウンしてきたところで、紫織が、「そろそろ寝る?」と言ってきた。
「まだちょっと早い気もするけど」
涼香と紫織は、同時に壁時計に視線を向ける。十時を回ったばかり。ちょっとどころか、普段の涼香は今頃が一番フィーバーしている。
「眠くなった?」
紫織に訊くと、「全然」と返ってくる。
「てゆうか、さっきのですっかり目が覚めちゃったし」
「あらあら、紫織ちゃんには刺激が強過ぎましたな」
「――刺激が強いとかどうとかって以前の話でしょ……」
紫織は盛大に溜め息を漏らし、ベッドに潜り込んだ。結局寝てしまうのか、と思ったが、違った。
「――涼香」
肩まですっぽりと布団を被った紫織が、ベッドの下にいる涼香を見下ろす。
涼香は床に直に敷かれた布団の上で胡座をかきながら、黙って紫織に視線を注いだ。
そのまま沈黙が流れた。涼香は紫織が何かを言うのを待ち、紫織は紫織で、相変わらず涼香を見つめ続ける。
時計の針の音が煩いほどにカチコチと部屋中に響いている。
このまま、互いに口を開くことなく眠りに就いてしまうのだろうか。そう思っていた時だった。
「今、好きな人とか、いる?」
遠慮がちに訊ねられた。
涼香の心臓がドキリと跳ね上がる。だが、努めて冷静を装い、「どうだと思う?」と逆に訊き返した。
紫織の父親は感じがいい。接客に携わる仕事をしているからだろうか、どんなに疲れていても、この家の客である涼香にさり気なくであっても気を配ってくれる。
つい、自分の父親と比べてしまう。涼香の父親も悪い人間では決してないものの、愛想がいいとはとても言い難い。嫌いではないが、好きとも言えない。
改めて、紫織が羨ましくなる。欲しいものを全て持っている紫織。自分が想いを寄せる相手の心も捉え続ける紫織。けれど、涼香は紫織が大好きだから嫌いになんてなれない。
「あーあ、私が男だったら良かったのになあ」
思ったことを口に出すと、紫織は驚いたように目を丸くさせた。
「急に何なの?」
「そのまんま、言った通りの意味だけど?」
「男の人になりたいの?」
「その方が何かと楽そうじゃん?」
「そうかなあ……?」
紫織は小首を傾げる。本当に、この何気ない仕草ひとつひとつが可愛らしいのがちょっと憎らしい。
「ああもうっ! 可愛いぞこんちくちょうめっ!」
涼香は紫織に両腕を伸ばし、そのまま華奢な身体を抱き締めた。風呂上がりだから、シャンプーとボディソープの匂いに加え、柚子湯の香りが鼻を掠める。
「ちょっ、やだっ! 涼香なにすんのっ? 馬鹿アホド変態っ!」
予想を裏切ることなく、紫織はありったけの言葉で喚きながら、涼香の腕の中でジタバタと暴れる。この反応が面白いから、腕の力はさらに強くなる。
「こらこら、大人しくなさい。これ以上はなーんも変なことしないからあ」
「〈これ以上〉があって堪るかっ!」
「おーおー、最近の若い娘は活きがいいねえ」
「涼香の変態オヤジーっ!」
「私変態オヤジだし」
「そこは突っ込め!」
あまりにも紫織が騒ぐものだから、そのうち、紫織の母親が心配して姿を現した。幸い、ノックをしてきたところでさすがに涼香も紫織を解放したから、涼香と紫織がじゃれ合っている姿を見られてしまうことはなかった。
◆◇◆◇
クールダウンしてきたところで、紫織が、「そろそろ寝る?」と言ってきた。
「まだちょっと早い気もするけど」
涼香と紫織は、同時に壁時計に視線を向ける。十時を回ったばかり。ちょっとどころか、普段の涼香は今頃が一番フィーバーしている。
「眠くなった?」
紫織に訊くと、「全然」と返ってくる。
「てゆうか、さっきのですっかり目が覚めちゃったし」
「あらあら、紫織ちゃんには刺激が強過ぎましたな」
「――刺激が強いとかどうとかって以前の話でしょ……」
紫織は盛大に溜め息を漏らし、ベッドに潜り込んだ。結局寝てしまうのか、と思ったが、違った。
「――涼香」
肩まですっぽりと布団を被った紫織が、ベッドの下にいる涼香を見下ろす。
涼香は床に直に敷かれた布団の上で胡座をかきながら、黙って紫織に視線を注いだ。
そのまま沈黙が流れた。涼香は紫織が何かを言うのを待ち、紫織は紫織で、相変わらず涼香を見つめ続ける。
時計の針の音が煩いほどにカチコチと部屋中に響いている。
このまま、互いに口を開くことなく眠りに就いてしまうのだろうか。そう思っていた時だった。
「今、好きな人とか、いる?」
遠慮がちに訊ねられた。
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