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第三話 持つべきものは

Act.3

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 涼香が家に来たのは、午後六時十分前だった。
「悪いね。ちょっと早いかと思ったけど」
 そう言いながら、玄関先で涼香は紫織に袋に入った白い箱を差し出してきた。
「わっ、ほんとに買ってきてくれたのっ?」
 紫織は目を爛々と輝かせながら箱を受け取った。
 そんな紫織に、涼香は「あったりまえでしょ!」と踏ん反り返って見せる。
「涼香ちゃんは友達想いだからね。あ、一番はスポンサーに恩を売っとくことか」
「――スポンサー、って、まさか……、お母さん……?」
「他に誰がいると?」
「――だから威張って言うことじゃないでしょ……」
 盛大に溜め息を漏らす紫織を前に、涼香は得意気に歯を見せて笑う。本当に、涼香らしいとしか言いようがない。
「ま、上がってよ。料理はだいたい出来てるからすぐ食べれるよ?」
「おおっ! そういやすっごいいい匂いする!」
 涼香は靴を脱いで上がりながら、鼻をクンクンとさせている。黙っていれば同性から見てもかなりの美人なのに、こういった行為が涼香の魅力を台無しにしている、と紫織はつくづく思う。もちろん、そういう飾らないところが良い面でもあり、母親も気に入ってくれているのだが。
「涼香ちゃん、いらっしゃい」
 リビングに入るなり、母親は満面の笑みで涼香を迎えた。
「こんばんはー! お言葉に甘えてお邪魔しちゃいましたー!」
「いいのよお。涼香ちゃんならばいつでも大歓迎だから。気兼ねしないでゆっくりしてねえ?」
「はーい!」
 無邪気に返事をする涼香に、母親はまた嬉しそうに微笑み返す。
(ほんっと、涼香に甘いよなあ、お母さん……)
 ふたりのやり取りを少しばかり見届けてから、紫織は涼香から貰った箱を母親に渡した。
「これ、涼香からお土産だよ」
「あら、まあ!」
 予想通り、紫織と同様、目をキラキラさせていた。
「もう、涼香ちゃんってば気を遣わなくていいのに。でも、せっかくだからありがたくいただくわね。食後のデザートにしましょ」
 この台詞の最後には、確実に音符マークかハートマークは付け加えられている。もちろん、箱の中身もちゃんと分かっているはずだ。
「それじゃ、早いけどお夕飯にしましょう。お父さんはいつものように帰りが遅いし。待っていたらいつまでも食べられないものね」
「だよね。お父さんを待ってたら死んじゃう……」
「そうそう。お父さんには残りもので充分!」
 いやいや、私はそこまで言ってないし、と紫織は心の中で母親に突っ込みを入れた。とはいえ、実際に父親は残りものにしかあり付けないのだから、母親の言うことは間違ってはいない。
「今日は残りものだって凄い贅沢よ。涼香ちゃんが来てくれたことに感謝してもらわないとね」
 また、妙にずれたことを口にしている。もう、心の中で突っ込む気にもなれなくなった。
「とりあえず、その箱冷蔵庫にしまっとこうよ」
 いつまでも動きそうにないので、紫織が再び箱を取り上げて冷蔵庫へ向かった。
 母親は、そのまま涼香と向かい合わせに座って話を始めてしまった。
(どっちの友達なんだか……)
 そう思いながら、さっきの電話の時と同様に楽しそうにしている母親を、紫織は笑みを湛えながら見つめていた。
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