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第二話 甘く苦い恋の味
Act.3
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涼香に連れて来られたのは、大通りから脇道に入った場所にあるパスタ専門店だった。店構えを見るとちょっと敷居が高そうで、とてもひとりでは入れなさそうな雰囲気がある。
「ここ、意外とリーズナブルで美味しいのよ」
涼香は嬉しそうに言いながら、店の扉を開く。
朋也も続いて入ると、チーズの濃厚な香りを感じた。さすがはパスタ専門店、と単純なことを真っ先に思った。
店内は予想はしていたが、女性客で占められている。男も多少はいたものの、決まって女性と一緒だ。ふたり一組で席に着いているから、恐らくカップルなのだろう。
(つうか、俺らってどんな風に見られてるんだろ……)
そんなことを考えている朋也をよそに、涼香は慣れた様子で空いた席を見付けて朋也を促す。わりと奥に面した場所だ。
席に落ち着いたタイミングで、店のロゴ入りのエプロンを身に着けた女性店員が、水の入ったグラスとメニューを持ってきた。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼び下さい」
そう言い残し、女性店員は一度席を離れる。
「はい、どうぞ」
涼香は早速、メニューを広げた。入り口前で言っていた通り、確かに思ったより値段はどれも手頃だ。
「平日はランチもやってるから。パスタは日替わりになるから選べないけど、こっちの方がお得よ。サラダもデザートもドリンクも付くしね」
そう勧められたので、ランチメニューに注目してみた。今日の日替わりパスタは、どうやら鮭とキノコの和風スパゲッティらしい。
「この鮭とキノコのやつって美味いの?」
朋也が訊ねると、涼香は、「美味しいわよ」と首を縦に振りながら断言した。
「醤油ベースであっさりしてるから、結構食べやすいしね。あと、普通に単品になるけど、イカスミもお勧めよ。でも、これって食べると口の中が真っ黒けになるのよね」
「だろうな」
朋也もイカスミは嫌いじゃない。だが、涼香が特に推すランチに気持ちが傾いていたから、素直にランチを頼むことに決めた。
「じゃ、私もランチにしちゃお。ま、ここ入る時からランチにする気だったんだけどね」
また、ケラケラと楽しそうに笑う。意外といっては失礼かもしれないが、本当に表情豊かだ。
近くを通りかかった従業員を呼び止めた涼香がランチを二人前注文してから、涼香は「良かった」と口にする。
「高沢君、元気そうにやってたみたいだから。正直言うと、ずっとどうしてるか気になってたのよね」
「どうして?」
「何となく」
「ふうん……」
紫織ならともかく、何故、それほど親しくもない自分を気にかけるのか。朋也は当然、分かるはずがない。そもそも、朋也は涼香に声をかけられるまで、涼香の存在自体をすっかり忘れていたほどだ。
「紫織とは逢ったりしてんの?」
どうにか会話をしようと、紫織のことを話題に出す。
「たまにね」
朋也の質問を受けた涼香は、水で口を湿らせてから続けた。
「携帯番号も交換し合ってるから、逢わない時は電話とかメールもするわね。あとは手紙。特にあの子は筆まめだから、よく手紙をくれるわよ」
「ああ、分かる気がする」
「高沢君トコにも、紫織から手紙届く?」
「うん。実は昨日も寮に届いてた」
「そっか。ひとりで頑張ってる高沢君をあの子なりに案じてるのかもね」
「どうだかね」
「そうよ。あの子にとっては、高沢君も大切な存在だもの」
そこまで言うと、会話が途切れた。と、何となく涼香の表情を覗ってみたら、ほんの少し翳りが差したように感じた。だが、それは一瞬のことで、朋也と視線が合うと、ニコリと微笑んできた。
(気のせいか?)
涼香の哀しげな表情がわずかに気になったが、従業員が料理を運んできたとたん、朋也の興味は料理の方へ変わってしまった。
湯気と共に、醤油の香ばしい匂いがふわりと立ち上ってくる。ずっと空腹を覚えていたから、なおのこと魅惑的に感じる。
「ごゆっくりどうぞ」
料理を並べ終えた従業員は、少し早足でその場を去って行く。忙しい時間帯だから、のんびりもしていられないのだろう。
「食べよっか?」
涼香に言われ、朋也はフォークを手にする。
涼香はそれを見届けてから、フォークに加えてスプーンも手に取り、それらを使って綺麗にパスタを巻いてゆく。
一方で、朋也は涼香のような上品な食べ方はとても出来ず、適当に掬い上げては無造作に口に運ぶ。ただ、さすがに音は出さないように気を遣った。
「一人暮らし、どう?」
不意に訊かれ、朋也はフォークを動かす手を止めた。
「寮生活だから、一人暮らしともちと違うけどな」
「そっか、そうよね」
涼香は肩を竦めて微苦笑を浮かべる。それを見ていたら、素っ気ない答え方をしてしまったことを少なからず後悔し、「けど」と言葉を紡いだ。
「もうちょっとカネに余裕が出来たら寮を出たいとは思ってるよ。今はとりあえず、資金を貯め込んでるトコ。まあ、俺は元からあんまり欲しいもんがないんだけど」
「なら、わりとすぐに独立出来るかもね?」
「だといいけどねえ。そういう山辺さんは?」
自分のことだけペラペラ喋るのは悪い気がして、朋也は逆に問い返す。
不意を衝かれた涼香は目を丸くし、けれどもすぐに笑顔を取り戻した。
「私はすぐに一人暮らし始めたから。お金は短大時代にバイトしていた時に貯めてたし。と言いつつ、親にも借金しちゃってるんだけどね、実は」
「借金、てことはちゃんと返すの?」
「当然よ。一生、親の脛を齧り続けるなんてごめんだもの。それに、最近は孫も出来たから、そのうちその子のためにお金もかかるんじゃないかしらね」
「孫……?」
一瞬、涼香をシングルマザーだと勘ぐってしまった。だが、そんな朋也の思惑を瞬時に察したのか、「私の子じゃないわよ」と困ったように笑った。
「姉貴の子。去年産まれたからね」
「姉さん、いたんだ?」
「うん。さらに下に妹もいる」
「てことは、山辺さんは三人姉妹の真ん中ってこと?」
「そうゆうこと」
三人姉妹の次女というのは、妙に納得出来た。朋也や紫織と違ってしっかりしているし、浮世離れしている、というのも違う気がするが、何となく掴みどころがない。もしかしたら、上と下に挟まれ、あまり自分の本心を表に出さないことが自然と身に着いてしまったのだろうか。
(そういや、兄貴にも似てるんだよな、彼女)
朋也はふと思った。と言っても、朋也と宏樹は二人兄弟だから、涼香のところとはまた違うのだが。いや、紫織も兄妹同然に育ったから、家庭環境は似通っているだろうか。
(けど、女ばっかじゃ違うか……)
心の中でひとりで突っ込む。
「――大丈夫?」
涼香が怪訝そうに訊ねてきた。
「さっきから様子が変だけど? 急に気難しい顔になったり」
「え、いや、そんなことは……」
表情の変化を観察されていたことを知った朋也は慌てふためく。
その様子を、涼香はさも面白そうに眺めていた。
「いいのいいの。人間、素直が一番だもの。紫織もすっごく分かりやすい子だし。素直に自分を出せるのってほんといいことだと思うわよ?」
「そ、そうか……?」
「そう」
涼香は大きく首を縦に動かしてから、サラダを咀嚼し、それを水で流し込んだ。
「私は知っての通り、取っ付きにくい印象があるみたいだしね。そうそう、高沢君にも、初めてまともに話した時に『ちょっと怖い』って言われたことあったっけ」
「――え、俺そんなこと言った……?」
「うん。言われちゃった」
おどけた調子で返されたものの、過去にそんな失言をしてしまったことを知った朋也は頭を抱えたくなった。それ以前に、すっかり忘れていたことに問題があるが。
「――ごめん……」
気まずい思いで頭を下げる朋也に、涼香は、「いいのよお」と笑いながら返してきた。
「さっきも言ったじゃない。取っ付きにくい印象がある、って。だからそんなのいちいち気にしてない。それに何より、こうして〈ちょっと怖い〉私とご飯食べてくれてるじゃない」
「――気にしてるじゃねえか……」
項垂れる朋也を前に、涼香は愉快そうに声を出して笑う。改めて考えると、何をしても、何を言っても、朋也は涼香に笑われてしまうらしい。
(いいけどさ、別に……)
朋也はひっそりと溜め息を漏らした。
しかし、こうしてずっと、笑っている涼香を見ていると、ほんの一瞬でも暗い表情を見せたことが嘘のように思えてくる。もしかしたら、朋也の見間違いだったのかもしれない。
(やっぱ、兄貴と同類っつうことか……)
食事を再開した涼香をチラリと一瞥してから、朋也もまた、残りのパスタを平らげていった。
【第二話 - End】
「ここ、意外とリーズナブルで美味しいのよ」
涼香は嬉しそうに言いながら、店の扉を開く。
朋也も続いて入ると、チーズの濃厚な香りを感じた。さすがはパスタ専門店、と単純なことを真っ先に思った。
店内は予想はしていたが、女性客で占められている。男も多少はいたものの、決まって女性と一緒だ。ふたり一組で席に着いているから、恐らくカップルなのだろう。
(つうか、俺らってどんな風に見られてるんだろ……)
そんなことを考えている朋也をよそに、涼香は慣れた様子で空いた席を見付けて朋也を促す。わりと奥に面した場所だ。
席に落ち着いたタイミングで、店のロゴ入りのエプロンを身に着けた女性店員が、水の入ったグラスとメニューを持ってきた。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼び下さい」
そう言い残し、女性店員は一度席を離れる。
「はい、どうぞ」
涼香は早速、メニューを広げた。入り口前で言っていた通り、確かに思ったより値段はどれも手頃だ。
「平日はランチもやってるから。パスタは日替わりになるから選べないけど、こっちの方がお得よ。サラダもデザートもドリンクも付くしね」
そう勧められたので、ランチメニューに注目してみた。今日の日替わりパスタは、どうやら鮭とキノコの和風スパゲッティらしい。
「この鮭とキノコのやつって美味いの?」
朋也が訊ねると、涼香は、「美味しいわよ」と首を縦に振りながら断言した。
「醤油ベースであっさりしてるから、結構食べやすいしね。あと、普通に単品になるけど、イカスミもお勧めよ。でも、これって食べると口の中が真っ黒けになるのよね」
「だろうな」
朋也もイカスミは嫌いじゃない。だが、涼香が特に推すランチに気持ちが傾いていたから、素直にランチを頼むことに決めた。
「じゃ、私もランチにしちゃお。ま、ここ入る時からランチにする気だったんだけどね」
また、ケラケラと楽しそうに笑う。意外といっては失礼かもしれないが、本当に表情豊かだ。
近くを通りかかった従業員を呼び止めた涼香がランチを二人前注文してから、涼香は「良かった」と口にする。
「高沢君、元気そうにやってたみたいだから。正直言うと、ずっとどうしてるか気になってたのよね」
「どうして?」
「何となく」
「ふうん……」
紫織ならともかく、何故、それほど親しくもない自分を気にかけるのか。朋也は当然、分かるはずがない。そもそも、朋也は涼香に声をかけられるまで、涼香の存在自体をすっかり忘れていたほどだ。
「紫織とは逢ったりしてんの?」
どうにか会話をしようと、紫織のことを話題に出す。
「たまにね」
朋也の質問を受けた涼香は、水で口を湿らせてから続けた。
「携帯番号も交換し合ってるから、逢わない時は電話とかメールもするわね。あとは手紙。特にあの子は筆まめだから、よく手紙をくれるわよ」
「ああ、分かる気がする」
「高沢君トコにも、紫織から手紙届く?」
「うん。実は昨日も寮に届いてた」
「そっか。ひとりで頑張ってる高沢君をあの子なりに案じてるのかもね」
「どうだかね」
「そうよ。あの子にとっては、高沢君も大切な存在だもの」
そこまで言うと、会話が途切れた。と、何となく涼香の表情を覗ってみたら、ほんの少し翳りが差したように感じた。だが、それは一瞬のことで、朋也と視線が合うと、ニコリと微笑んできた。
(気のせいか?)
涼香の哀しげな表情がわずかに気になったが、従業員が料理を運んできたとたん、朋也の興味は料理の方へ変わってしまった。
湯気と共に、醤油の香ばしい匂いがふわりと立ち上ってくる。ずっと空腹を覚えていたから、なおのこと魅惑的に感じる。
「ごゆっくりどうぞ」
料理を並べ終えた従業員は、少し早足でその場を去って行く。忙しい時間帯だから、のんびりもしていられないのだろう。
「食べよっか?」
涼香に言われ、朋也はフォークを手にする。
涼香はそれを見届けてから、フォークに加えてスプーンも手に取り、それらを使って綺麗にパスタを巻いてゆく。
一方で、朋也は涼香のような上品な食べ方はとても出来ず、適当に掬い上げては無造作に口に運ぶ。ただ、さすがに音は出さないように気を遣った。
「一人暮らし、どう?」
不意に訊かれ、朋也はフォークを動かす手を止めた。
「寮生活だから、一人暮らしともちと違うけどな」
「そっか、そうよね」
涼香は肩を竦めて微苦笑を浮かべる。それを見ていたら、素っ気ない答え方をしてしまったことを少なからず後悔し、「けど」と言葉を紡いだ。
「もうちょっとカネに余裕が出来たら寮を出たいとは思ってるよ。今はとりあえず、資金を貯め込んでるトコ。まあ、俺は元からあんまり欲しいもんがないんだけど」
「なら、わりとすぐに独立出来るかもね?」
「だといいけどねえ。そういう山辺さんは?」
自分のことだけペラペラ喋るのは悪い気がして、朋也は逆に問い返す。
不意を衝かれた涼香は目を丸くし、けれどもすぐに笑顔を取り戻した。
「私はすぐに一人暮らし始めたから。お金は短大時代にバイトしていた時に貯めてたし。と言いつつ、親にも借金しちゃってるんだけどね、実は」
「借金、てことはちゃんと返すの?」
「当然よ。一生、親の脛を齧り続けるなんてごめんだもの。それに、最近は孫も出来たから、そのうちその子のためにお金もかかるんじゃないかしらね」
「孫……?」
一瞬、涼香をシングルマザーだと勘ぐってしまった。だが、そんな朋也の思惑を瞬時に察したのか、「私の子じゃないわよ」と困ったように笑った。
「姉貴の子。去年産まれたからね」
「姉さん、いたんだ?」
「うん。さらに下に妹もいる」
「てことは、山辺さんは三人姉妹の真ん中ってこと?」
「そうゆうこと」
三人姉妹の次女というのは、妙に納得出来た。朋也や紫織と違ってしっかりしているし、浮世離れしている、というのも違う気がするが、何となく掴みどころがない。もしかしたら、上と下に挟まれ、あまり自分の本心を表に出さないことが自然と身に着いてしまったのだろうか。
(そういや、兄貴にも似てるんだよな、彼女)
朋也はふと思った。と言っても、朋也と宏樹は二人兄弟だから、涼香のところとはまた違うのだが。いや、紫織も兄妹同然に育ったから、家庭環境は似通っているだろうか。
(けど、女ばっかじゃ違うか……)
心の中でひとりで突っ込む。
「――大丈夫?」
涼香が怪訝そうに訊ねてきた。
「さっきから様子が変だけど? 急に気難しい顔になったり」
「え、いや、そんなことは……」
表情の変化を観察されていたことを知った朋也は慌てふためく。
その様子を、涼香はさも面白そうに眺めていた。
「いいのいいの。人間、素直が一番だもの。紫織もすっごく分かりやすい子だし。素直に自分を出せるのってほんといいことだと思うわよ?」
「そ、そうか……?」
「そう」
涼香は大きく首を縦に動かしてから、サラダを咀嚼し、それを水で流し込んだ。
「私は知っての通り、取っ付きにくい印象があるみたいだしね。そうそう、高沢君にも、初めてまともに話した時に『ちょっと怖い』って言われたことあったっけ」
「――え、俺そんなこと言った……?」
「うん。言われちゃった」
おどけた調子で返されたものの、過去にそんな失言をしてしまったことを知った朋也は頭を抱えたくなった。それ以前に、すっかり忘れていたことに問題があるが。
「――ごめん……」
気まずい思いで頭を下げる朋也に、涼香は、「いいのよお」と笑いながら返してきた。
「さっきも言ったじゃない。取っ付きにくい印象がある、って。だからそんなのいちいち気にしてない。それに何より、こうして〈ちょっと怖い〉私とご飯食べてくれてるじゃない」
「――気にしてるじゃねえか……」
項垂れる朋也を前に、涼香は愉快そうに声を出して笑う。改めて考えると、何をしても、何を言っても、朋也は涼香に笑われてしまうらしい。
(いいけどさ、別に……)
朋也はひっそりと溜め息を漏らした。
しかし、こうしてずっと、笑っている涼香を見ていると、ほんの一瞬でも暗い表情を見せたことが嘘のように思えてくる。もしかしたら、朋也の見間違いだったのかもしれない。
(やっぱ、兄貴と同類っつうことか……)
食事を再開した涼香をチラリと一瞥してから、朋也もまた、残りのパスタを平らげていった。
【第二話 - End】
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