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第二話 甘く苦い恋の味
Act.1
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高校を卒業したら家を出ると決めていた。自立したいから、というのももちろんあったが、一番の理由は、兄の宏樹や幼なじみの紫織と距離を置きたかったからだ。
卒業後、高沢朋也は本当に実家を出た。金銭的な面でも、さすがに一人暮らしは無理があるだろうと、寮のある会社を探して受け、すぐに内定の通知を受けた。
正直なところ、仕事内容に拘りはなかった。とにかく、宏樹や紫織と顔を合わせる機会が減れば、それだけで気持ちが晴れる。そう思っていた。
だが、離れて暮らしてみても、心のどこかではまだ、モヤモヤとした感情が燻り続けていた。
宏樹と紫織が無事に結ばれたことにホッとしている。しかし、やはり紫織への想いは簡単に断ち切れるものではなかった。
会社の寮に入ってからも、紫織からたまに手紙は届く。多分、離れて暮らしている朋也を気遣い、周りの近況報告をするつもりで送ってくれているのだろう。
朋也は手紙が届くたび、喜びと同時に胸に微かな痛みを覚える。本当は読まずに捨ててしまいたいと思うこともあったが、手は無意識に封を開け、中の便箋を取り出している。そして、癖のある女ものの文字を隅々まで読んでしまうのだから、未練がましいにもほどがある、と朋也は我ながら呆れてしまう。
今日も各部屋の郵便受けに手紙が入っていた。つい最近、不便だからと買った携帯電話の請求書と、空色のシンプルな封筒。空色の封筒の差出人を見ると、黒い水性ペンで〈加藤紫織〉と書かれている。
「おっ、また例の彼女か?」
背後から声をかけられ、朋也の心臓が急激に跳ね上がった。二通の封筒を握り締めたまま、顔をしかめて振り返る。
「やっだ、そんな怖い顔しないでよお、高沢君ってばあ」
「――オカマみてえな言葉遣いすんな、気色わりい」
吐き捨てるように言い放つと、声をかけてきた張本人――田口充は、「おお怖っ!」とわざとらしく肩を竦める。それがよけい、朋也の癇にいちいち障る。
「それはそうと、お前、どうせ暇だろ? 今日は俺の酒に付き合え」
馴れ馴れしく肩に手を載せてくる充に、朋也はさらに眉間に皺を刻んで睨んだ。
「『今日は』じゃなくて『今日も』だろ? 日本語は正しく使え」
「まあ、そうとも言う。てか、お前も細かいねえ」
何を言っても充には全く効果がない。それどころか、朋也がムキになるのを面白がっているのがありありと伝わってくるから腹立たしい。
(ったく、実家を出て兄貴から解放されたと思ったのに……)
首を横に振りながら溜め息を吐くと、充は「どうした?」と顔を覗き込んでくる。口元を歪めながら。
「ああ、訊くのは野暮ってヤツだな? 分かった分かった。その可愛い彼女が恋しくなったんだろ? 高沢君も健全な男子だもんねえ」
「――ゲスな詮索をするんじゃねえよ……」
朋也は舌打ちをし、強引に充を振り払って歩き出した。
「おい、待て待て!」
充が慌てたように追って来るも、当然、振り返りもしなければ立ち止まる気もない。だが、あっという間に隣に並び、結局、一緒に階段を昇って部屋へ向かうハメになった。どのみち、朋也と充は同室だから、最初から逃げることなど無理だったのだが。
「とりあえず、部屋の冷蔵庫にはビールのストックがあったな」
金魚の糞のようにピッタリ並びながら、充が言う。
「つまみも確かあったな。あ、メシはどうする? ピザでも頼んどく?」
「――お前の好きにすりゃいいだろ」
抵抗する気力もなくなった朋也は、適当に返事をする。
「ほんと釣れないねえ」
充は苦笑いすると、「ま、それがおもしれえけど」とニヤリとしながら漏らした。
「『おもしれえ』とかわけ分かんねえわ」
「そこが面白いのよ、高沢君は」
また、オカマのような言葉遣いをわざとする。いや、もしかしたら、これが本性なんじゃないか、などと朋也は思わず勘ぐってしまった。
「んじゃ、部屋に行ったらピザ屋に電話すっか」
そう言いながら、階段を昇りきってから早速、自分の携帯電話をポケット取り出してピザ屋に電話をする。しかも、チラシも反対のポケットから引き出し、それを見ながらテキパキと注文を言う。これが仕事だったら感心するところだが。
「よし、注文完了!」
電話を終えたタイミングで、ちょうど部屋の前に着いた。充の手は、携帯とチラシで両方とも塞がっていたから、必然的に朋也が鍵を開けることとなった。
ドアも開け、電気も点けると、部屋の中がいっぺんに明るさを取り戻す。室内は男のふたり部屋のわりには整然としている。どちらも極端な綺麗好きというわけでもないが、無駄に物を増やして散らかすこともしない。掃除も分担して、そこそこしている。
「やっぱ自分の場所が落ち着くねえ」
そう言いながら、充は自分専用のスペースで仕事着から部屋着に着替える。
朋也も少しばかりそれを見届けてから、紫織からの手紙をベッドに備え付けの引き出しにしまい込み、同様に着替えを始めた。
互いに着替えが済むと、まずは充が共有している冷蔵庫の前へ行き、そこから350ミリリットルのビール缶を二本取り出す。そして、ローテーブルの上に置くと、「こっち来いや」と朋也を手招きしてきた。
朋也は言われるがまま、テーブルの前に来てそのまま胡座をかいた。
「っと、空きっ腹に飲むのは良くねえな。ちょっとつまみ探すか」
ようやく落ち着くかと思いきや、充はよく動く。
(そういえばこいつ、これで美味いメシをよく作るんだよな)
充専用の戸棚を漁っている充の背中を凝視しつつ、朋也は思った。
料理なんてまともに出来ない朋也とは対照的に、充は休みの日はまめに料理をしている。ただ、仕事のある日は疲れが勝ってしまい、作る気力が湧かないとよく零している。実際、先ほどもピザをデリバリーしたぐらいだ。ただ、朋也だったら、休みであろうとも料理なんて面倒だから、レトルトを温めるか、インスタントラーメンを茹でるぐらいで済ませてしまう。
「とりあえず、こいつを胃に突っ込んどけ」
前触れもなく朋也に投げ付けてきたのは、個別包装された一口サイズのサラミだった。
朋也は驚きつつ、それでもしっかりキャッチする。料理はダメでも反射神経だけは自身がある。
「さっすが高沢君。ナイスキャッチ!」
親指を立てながらニヤリと笑う充に、「茶化すな」と吐き付け、朋也はおもむろにサラミの袋を開けた。
「別に茶化しちゃいねえんだけどねえ」
充はあたりめを手に戻ってくる。そして、やはり食べやすいように袋を全開し、テーブルの中心にそれを置いた。
「そんじゃ、ピザが届くまでまずは乾杯するぞー!」
充はビール缶を持って、それを朋也に近付ける。
朋也は面倒臭いと思いつつ、つまみだけでなく、実はビールも充がストックしていたものだと気付き、少し慌てて缶を手に取った。
(スポンサーには逆らねえよな、さすがに)
充は細かいことを気にしない性格だが、それでも、気を遣うべきところは遣わないと、と朋也は思う。〈親しき中にも礼儀あり〉、もしくは、〈持ちつ持たれつ〉とも言うべきか。
「今日もお疲れさん」
充の言葉を合図に、互いの缶がカツンとぶつかり合う。そのまま喉に流し込むと、ほど良く冷えた苦みがゆっくりと染み渡ってゆく。
「ああ、うめえ。これぞ大人の醍醐味だよなあ」
オヤジ臭さ全開な充を傍観しながら、朋也はビールを啜り続ける。気持ちは分からなくないが、さすがに充のように堂々とオヤジに変貌出来ない。この辺は、充曰く、『青臭い』ということらしいが。
(青臭いと言われようが、俺はまだまだ中年オヤジになんてなんねえぞ)
ビールを半分ほど飲んでから、朋也はサラミに手を伸ばし、包装を開けて噛み締めた。
「そうそう」
食べかけのあたりめを手に持ったままで、充が身を乗り出してくる。満面の笑みを浮かべているのが何故か怖い。
「――なんだよ?」
警戒心を露わにして朋也が訊くと、充はさらにニンマリと笑いながら、「さっきの手紙の子」と言葉を紡いだ。
「ほんと高沢とどういう関係? その子から手紙が届くと、お前、妙にそわそわしてるよな?」
「別にただの幼なじみだよ。てか、そんなにそわそわしてねえし」
「いやあ、違うな。高沢は動揺してるのを隠そうとしてっけど、俺にはぜーんぶお見通しよ?」
「――気色わりいな……」
「なに言ってんだ? お前が分かりやす過ぎるんだろうが。こっちが詮索するまでもなく、ぜーんぶ顔に出ちまってるんだぜ?」
そこまで言うと、充は残ったあたりめを全て口に放り込み、咀嚼した。そして、さらにビールでそれを流し込んでゆく。
「――そんなに、俺って分かりやすい……?」
ビールから口を離したタイミングで恐る恐る訊ねると、充は、「分かりやすいねえ」と口の端を上げながら続けた。
「お前は必死で思ってることを隠そうとしてるけど、隠そうとすればするほどドツボに嵌ってる。まあ、そういう素直さが可愛い、とか言ってる女子がいるのも確かだけどさ」
「――可愛い、って言われてもちっとも嬉しくねえよ……」
「だから、俺じゃなくて女子だって。そう言ってんのは」
「んなもん分かってら」
朋也は半ばヤケクソになりながらビールをグイと呷る。
「けど、そいつらに俺の何が分かるってんだ? お前にしろ、ただ面白がってるだけだろ? 紫織のことはデリケートなことなんだ。いちいち詮索されて堪るか!」
言いきったのと同時に、朋也は空になった缶をグシャリと潰した。それはテーブルの上に戻されたが、惨めな姿に変貌させられた缶は、辛うじて立っているものの、今にも崩れ落ちそうなほどの脆さを感じさせる。
と、その時だった。部屋に備え付けられている内線電話が鳴り響いた。
「おっ、ピザ来たんだな?」
憂鬱になっている朋也とは対照的に、充は嬉々として腰を上げ、受話器を取る。
「あ、はい。わっかりましたー! すぐ行きまーす!」
異様なまでのテンションで応対した充は、受話器を置いて朋也の方を振り返った。
「そんじゃ、俺はピザ取って来るから。高沢君はゆっくりしてなさいな」
財布を持ちながら朋也に挨拶する充が気色悪い。わざとなのは分かっているが、それでも、女言葉を使われるのはあまりいい気分になれない。とはいえ、また金を払わせてしまう手前、邪険には扱えない。
「戻ったら俺も払うから」
充が出ていく間際、朋也は告げた。
充はわずかに目を見開き、けれどもすぐに笑顔を取り戻した。
「次にお願いするわ」
また、わざとオカマのような口調で返してきた充は、今度こそ部屋を出た。
「しょうがねえ奴……」
朋也はドアを睨んだまま、溜め息と同時に苦笑いした。
卒業後、高沢朋也は本当に実家を出た。金銭的な面でも、さすがに一人暮らしは無理があるだろうと、寮のある会社を探して受け、すぐに内定の通知を受けた。
正直なところ、仕事内容に拘りはなかった。とにかく、宏樹や紫織と顔を合わせる機会が減れば、それだけで気持ちが晴れる。そう思っていた。
だが、離れて暮らしてみても、心のどこかではまだ、モヤモヤとした感情が燻り続けていた。
宏樹と紫織が無事に結ばれたことにホッとしている。しかし、やはり紫織への想いは簡単に断ち切れるものではなかった。
会社の寮に入ってからも、紫織からたまに手紙は届く。多分、離れて暮らしている朋也を気遣い、周りの近況報告をするつもりで送ってくれているのだろう。
朋也は手紙が届くたび、喜びと同時に胸に微かな痛みを覚える。本当は読まずに捨ててしまいたいと思うこともあったが、手は無意識に封を開け、中の便箋を取り出している。そして、癖のある女ものの文字を隅々まで読んでしまうのだから、未練がましいにもほどがある、と朋也は我ながら呆れてしまう。
今日も各部屋の郵便受けに手紙が入っていた。つい最近、不便だからと買った携帯電話の請求書と、空色のシンプルな封筒。空色の封筒の差出人を見ると、黒い水性ペンで〈加藤紫織〉と書かれている。
「おっ、また例の彼女か?」
背後から声をかけられ、朋也の心臓が急激に跳ね上がった。二通の封筒を握り締めたまま、顔をしかめて振り返る。
「やっだ、そんな怖い顔しないでよお、高沢君ってばあ」
「――オカマみてえな言葉遣いすんな、気色わりい」
吐き捨てるように言い放つと、声をかけてきた張本人――田口充は、「おお怖っ!」とわざとらしく肩を竦める。それがよけい、朋也の癇にいちいち障る。
「それはそうと、お前、どうせ暇だろ? 今日は俺の酒に付き合え」
馴れ馴れしく肩に手を載せてくる充に、朋也はさらに眉間に皺を刻んで睨んだ。
「『今日は』じゃなくて『今日も』だろ? 日本語は正しく使え」
「まあ、そうとも言う。てか、お前も細かいねえ」
何を言っても充には全く効果がない。それどころか、朋也がムキになるのを面白がっているのがありありと伝わってくるから腹立たしい。
(ったく、実家を出て兄貴から解放されたと思ったのに……)
首を横に振りながら溜め息を吐くと、充は「どうした?」と顔を覗き込んでくる。口元を歪めながら。
「ああ、訊くのは野暮ってヤツだな? 分かった分かった。その可愛い彼女が恋しくなったんだろ? 高沢君も健全な男子だもんねえ」
「――ゲスな詮索をするんじゃねえよ……」
朋也は舌打ちをし、強引に充を振り払って歩き出した。
「おい、待て待て!」
充が慌てたように追って来るも、当然、振り返りもしなければ立ち止まる気もない。だが、あっという間に隣に並び、結局、一緒に階段を昇って部屋へ向かうハメになった。どのみち、朋也と充は同室だから、最初から逃げることなど無理だったのだが。
「とりあえず、部屋の冷蔵庫にはビールのストックがあったな」
金魚の糞のようにピッタリ並びながら、充が言う。
「つまみも確かあったな。あ、メシはどうする? ピザでも頼んどく?」
「――お前の好きにすりゃいいだろ」
抵抗する気力もなくなった朋也は、適当に返事をする。
「ほんと釣れないねえ」
充は苦笑いすると、「ま、それがおもしれえけど」とニヤリとしながら漏らした。
「『おもしれえ』とかわけ分かんねえわ」
「そこが面白いのよ、高沢君は」
また、オカマのような言葉遣いをわざとする。いや、もしかしたら、これが本性なんじゃないか、などと朋也は思わず勘ぐってしまった。
「んじゃ、部屋に行ったらピザ屋に電話すっか」
そう言いながら、階段を昇りきってから早速、自分の携帯電話をポケット取り出してピザ屋に電話をする。しかも、チラシも反対のポケットから引き出し、それを見ながらテキパキと注文を言う。これが仕事だったら感心するところだが。
「よし、注文完了!」
電話を終えたタイミングで、ちょうど部屋の前に着いた。充の手は、携帯とチラシで両方とも塞がっていたから、必然的に朋也が鍵を開けることとなった。
ドアも開け、電気も点けると、部屋の中がいっぺんに明るさを取り戻す。室内は男のふたり部屋のわりには整然としている。どちらも極端な綺麗好きというわけでもないが、無駄に物を増やして散らかすこともしない。掃除も分担して、そこそこしている。
「やっぱ自分の場所が落ち着くねえ」
そう言いながら、充は自分専用のスペースで仕事着から部屋着に着替える。
朋也も少しばかりそれを見届けてから、紫織からの手紙をベッドに備え付けの引き出しにしまい込み、同様に着替えを始めた。
互いに着替えが済むと、まずは充が共有している冷蔵庫の前へ行き、そこから350ミリリットルのビール缶を二本取り出す。そして、ローテーブルの上に置くと、「こっち来いや」と朋也を手招きしてきた。
朋也は言われるがまま、テーブルの前に来てそのまま胡座をかいた。
「っと、空きっ腹に飲むのは良くねえな。ちょっとつまみ探すか」
ようやく落ち着くかと思いきや、充はよく動く。
(そういえばこいつ、これで美味いメシをよく作るんだよな)
充専用の戸棚を漁っている充の背中を凝視しつつ、朋也は思った。
料理なんてまともに出来ない朋也とは対照的に、充は休みの日はまめに料理をしている。ただ、仕事のある日は疲れが勝ってしまい、作る気力が湧かないとよく零している。実際、先ほどもピザをデリバリーしたぐらいだ。ただ、朋也だったら、休みであろうとも料理なんて面倒だから、レトルトを温めるか、インスタントラーメンを茹でるぐらいで済ませてしまう。
「とりあえず、こいつを胃に突っ込んどけ」
前触れもなく朋也に投げ付けてきたのは、個別包装された一口サイズのサラミだった。
朋也は驚きつつ、それでもしっかりキャッチする。料理はダメでも反射神経だけは自身がある。
「さっすが高沢君。ナイスキャッチ!」
親指を立てながらニヤリと笑う充に、「茶化すな」と吐き付け、朋也はおもむろにサラミの袋を開けた。
「別に茶化しちゃいねえんだけどねえ」
充はあたりめを手に戻ってくる。そして、やはり食べやすいように袋を全開し、テーブルの中心にそれを置いた。
「そんじゃ、ピザが届くまでまずは乾杯するぞー!」
充はビール缶を持って、それを朋也に近付ける。
朋也は面倒臭いと思いつつ、つまみだけでなく、実はビールも充がストックしていたものだと気付き、少し慌てて缶を手に取った。
(スポンサーには逆らねえよな、さすがに)
充は細かいことを気にしない性格だが、それでも、気を遣うべきところは遣わないと、と朋也は思う。〈親しき中にも礼儀あり〉、もしくは、〈持ちつ持たれつ〉とも言うべきか。
「今日もお疲れさん」
充の言葉を合図に、互いの缶がカツンとぶつかり合う。そのまま喉に流し込むと、ほど良く冷えた苦みがゆっくりと染み渡ってゆく。
「ああ、うめえ。これぞ大人の醍醐味だよなあ」
オヤジ臭さ全開な充を傍観しながら、朋也はビールを啜り続ける。気持ちは分からなくないが、さすがに充のように堂々とオヤジに変貌出来ない。この辺は、充曰く、『青臭い』ということらしいが。
(青臭いと言われようが、俺はまだまだ中年オヤジになんてなんねえぞ)
ビールを半分ほど飲んでから、朋也はサラミに手を伸ばし、包装を開けて噛み締めた。
「そうそう」
食べかけのあたりめを手に持ったままで、充が身を乗り出してくる。満面の笑みを浮かべているのが何故か怖い。
「――なんだよ?」
警戒心を露わにして朋也が訊くと、充はさらにニンマリと笑いながら、「さっきの手紙の子」と言葉を紡いだ。
「ほんと高沢とどういう関係? その子から手紙が届くと、お前、妙にそわそわしてるよな?」
「別にただの幼なじみだよ。てか、そんなにそわそわしてねえし」
「いやあ、違うな。高沢は動揺してるのを隠そうとしてっけど、俺にはぜーんぶお見通しよ?」
「――気色わりいな……」
「なに言ってんだ? お前が分かりやす過ぎるんだろうが。こっちが詮索するまでもなく、ぜーんぶ顔に出ちまってるんだぜ?」
そこまで言うと、充は残ったあたりめを全て口に放り込み、咀嚼した。そして、さらにビールでそれを流し込んでゆく。
「――そんなに、俺って分かりやすい……?」
ビールから口を離したタイミングで恐る恐る訊ねると、充は、「分かりやすいねえ」と口の端を上げながら続けた。
「お前は必死で思ってることを隠そうとしてるけど、隠そうとすればするほどドツボに嵌ってる。まあ、そういう素直さが可愛い、とか言ってる女子がいるのも確かだけどさ」
「――可愛い、って言われてもちっとも嬉しくねえよ……」
「だから、俺じゃなくて女子だって。そう言ってんのは」
「んなもん分かってら」
朋也は半ばヤケクソになりながらビールをグイと呷る。
「けど、そいつらに俺の何が分かるってんだ? お前にしろ、ただ面白がってるだけだろ? 紫織のことはデリケートなことなんだ。いちいち詮索されて堪るか!」
言いきったのと同時に、朋也は空になった缶をグシャリと潰した。それはテーブルの上に戻されたが、惨めな姿に変貌させられた缶は、辛うじて立っているものの、今にも崩れ落ちそうなほどの脆さを感じさせる。
と、その時だった。部屋に備え付けられている内線電話が鳴り響いた。
「おっ、ピザ来たんだな?」
憂鬱になっている朋也とは対照的に、充は嬉々として腰を上げ、受話器を取る。
「あ、はい。わっかりましたー! すぐ行きまーす!」
異様なまでのテンションで応対した充は、受話器を置いて朋也の方を振り返った。
「そんじゃ、俺はピザ取って来るから。高沢君はゆっくりしてなさいな」
財布を持ちながら朋也に挨拶する充が気色悪い。わざとなのは分かっているが、それでも、女言葉を使われるのはあまりいい気分になれない。とはいえ、また金を払わせてしまう手前、邪険には扱えない。
「戻ったら俺も払うから」
充が出ていく間際、朋也は告げた。
充はわずかに目を見開き、けれどもすぐに笑顔を取り戻した。
「次にお願いするわ」
また、わざとオカマのような口調で返してきた充は、今度こそ部屋を出た。
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