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番外編・四 愛情のカタチ
Act.3-02
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しばらくして、宏樹君がカップをふたつ持って戻って来た。
「どうぞ」
宏樹君は、ココアの入ったカップを私の前に置き、もうひとつ、コーヒーの入ったカップは持ったままで座る。
「ありがとう」
私はお礼を言ってから、カップを手に取って、息を吹きかけてからゆっくりと啜る。熱いけど、チョコレートのような甘さが口いっぱいに広がって、身体の芯まであったまる。
宏樹君は、コーヒーをブラックのまま飲んでいる。多分、砂糖も入っていない。ミルクや砂糖が入っていても飲めない私にとっては、ブラックで飲むなんてとても信じられない。
そういえば、と私は不意に想い出した。去年、朋也とも、こうしてふたりであったかいものを飲んだ。しかもその時も、私はココア、朋也は宏樹君と同じ、ブラックコーヒー。宏樹君はともかく、朋也はブラックで飲むイメージがなかったから、ちょっとビックリした。と言っても、あの時は精神的に追い詰められていた状態だったから、今のように、ブラックで飲むなんて、って考える余裕もなかったけど。
でも、一年経ってから、今度は宏樹君とふたりっきりで同じ部屋で過ごしているなんて、ちょっと不思議な縁を感じる。
「あ、せっかくだから食っていい、これ?」
宏樹君はカップを置き、クッキーの包みを指差した。
「あ、うん。食べて食べて」
ちょっと慌てて私が勧めると、宏樹君はおもむろにリボンを解く。
「お、見た目は上等」
そんなことを言いながら、星型のクッキーに手を伸ばし、てっぺんの部分をひと齧りして咀嚼する。
私はその様子を、ココアに口を付けたままで凝視した。
「ふうん……」
宏樹君は飲み込んでから、小さく何度も首を縦に動かす。これが何を意味するのか分からなくて、つい、「どう?」と感想を催促してしまった。
宏樹君は真っ直ぐに私を見据え、口元に笑みを湛えた。
「美味いよ。見た目通り」
「――ほんと?」
「ほんとほんと。これだったら、朋也の奴も喜んで食うよ」
宏樹君に褒められて嬉しい。でも、褒められるばかりじゃ悪いような気がして、よけいなことを言ってしまった。
「でも、ちょっと硬くない? お母さんには指摘されちゃったんだけど……」
宏樹君は二枚目に手を伸ばし、口に入れて噛み砕く。
「まあ、ちょっとだけな。でも、硬ければ噛む回数も増えるから歯が丈夫になる」
「――宏樹君、オッサン臭いよ」
私が突っ込むと、宏樹君は、あははと声をあげて笑った。
「そりゃあ、紫織から見たら俺はオッサンだろ?」
「年は離れてるけど、宏樹君はオッサンじゃないよ……」
「けど、紫織が今の俺の年になったら俺は? 四捨五入したら余裕で四十だぞ?」
「――そんなことで四捨五入しないで……」
すっかり呆れて大仰に溜め息を吐いた私に、宏樹君はまた、豪快に笑う。大真面目なのか、それとも単にからかわれているのか、時々、宏樹君が分からなくなるから困る。
「あ、そうだ」
宏樹君は笑うのをやめ、立ち上がった。
「ちょっと待っててくれるか?」
何を想い出したのだろう。宏樹君はそう言って、リビングから出て行ってしまった。
残された私は、とりあえずココアを飲む。時間が経ったから、淹れたての時よりはだいぶ飲みやすくなっていた。でも、やっぱり熱くても、甘いのをゆっくり口にするのが一番かな、なんて贅沢なことを考えてしまった。
「どうぞ」
宏樹君は、ココアの入ったカップを私の前に置き、もうひとつ、コーヒーの入ったカップは持ったままで座る。
「ありがとう」
私はお礼を言ってから、カップを手に取って、息を吹きかけてからゆっくりと啜る。熱いけど、チョコレートのような甘さが口いっぱいに広がって、身体の芯まであったまる。
宏樹君は、コーヒーをブラックのまま飲んでいる。多分、砂糖も入っていない。ミルクや砂糖が入っていても飲めない私にとっては、ブラックで飲むなんてとても信じられない。
そういえば、と私は不意に想い出した。去年、朋也とも、こうしてふたりであったかいものを飲んだ。しかもその時も、私はココア、朋也は宏樹君と同じ、ブラックコーヒー。宏樹君はともかく、朋也はブラックで飲むイメージがなかったから、ちょっとビックリした。と言っても、あの時は精神的に追い詰められていた状態だったから、今のように、ブラックで飲むなんて、って考える余裕もなかったけど。
でも、一年経ってから、今度は宏樹君とふたりっきりで同じ部屋で過ごしているなんて、ちょっと不思議な縁を感じる。
「あ、せっかくだから食っていい、これ?」
宏樹君はカップを置き、クッキーの包みを指差した。
「あ、うん。食べて食べて」
ちょっと慌てて私が勧めると、宏樹君はおもむろにリボンを解く。
「お、見た目は上等」
そんなことを言いながら、星型のクッキーに手を伸ばし、てっぺんの部分をひと齧りして咀嚼する。
私はその様子を、ココアに口を付けたままで凝視した。
「ふうん……」
宏樹君は飲み込んでから、小さく何度も首を縦に動かす。これが何を意味するのか分からなくて、つい、「どう?」と感想を催促してしまった。
宏樹君は真っ直ぐに私を見据え、口元に笑みを湛えた。
「美味いよ。見た目通り」
「――ほんと?」
「ほんとほんと。これだったら、朋也の奴も喜んで食うよ」
宏樹君に褒められて嬉しい。でも、褒められるばかりじゃ悪いような気がして、よけいなことを言ってしまった。
「でも、ちょっと硬くない? お母さんには指摘されちゃったんだけど……」
宏樹君は二枚目に手を伸ばし、口に入れて噛み砕く。
「まあ、ちょっとだけな。でも、硬ければ噛む回数も増えるから歯が丈夫になる」
「――宏樹君、オッサン臭いよ」
私が突っ込むと、宏樹君は、あははと声をあげて笑った。
「そりゃあ、紫織から見たら俺はオッサンだろ?」
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「――そんなことで四捨五入しないで……」
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