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番外編・二 幸福の条件
Act.1
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※紫織視点、本編後日談です。
十二月に入ると、辺りの景色は綿のような白雪に覆われた。
雪は好きだ。でも、寒いのだけはどうしても慣れない。
「こんな日に外出るなんて馬鹿じゃない」
テレビを観ていた私は、爽やかな笑顔で今日の天気を告げるお姉さんに向かって思わずぼやいてしまった。
「まだそんなこと言って」
私の言葉に即座に突っ込みを入れてきたのは、テレビの向こうのお天気お姉さん――ではなく、お母さんだった。
「あんたはほんと、わがままなのはちっとも変わらないわねえ。いい? 冬は寒くて当然! 寒いから雪が降る! それに、寒くない冬なんて、『冬』とは言わないでしょ?」
「そんなの、いちいち言われなくても分かってますよー」
私は唇を尖らせながら、コタツ台に顎を載せた。
「けど、寒い日に出かけるなんてめんどくさいもん。風邪引いちゃうよ。酷いとインフル罹っちゃうよ」
「この子は……!」
お母さんの形相が一変した。これは確実に、頭に平手のひとつも食らわされる。そう思って、目をギュッと閉じ、歯を食い縛った時だった。
ピンポーン……
実に絶妙なタイミングで、玄関のインターホンが鳴らされた。
お母さんの手は、私の頭まであと数センチ、という所で止まった。
「お客さんだよ」
ニヤリと口の端を上げながら私が言うと、お母さんは忌々しげに私を一睨みし、すぐにリビングを出て玄関へ向かった。
お母さんがいなくなってから、私は、ウトウトとまどろむ。が、それからすぐに、お母さんはリビングに戻って来て、「紫織」と私を呼んだ。
「あんたにだよ」
「は? 誰?」
不機嫌を露わに訊ねたが、お母さんから発せられた名前に、私の目は一気に覚めた。
「宏樹君」
◆◇◆◇
慌てて玄関に出ると、そこにはお母さんの言っていた通り、幼なじみの宏樹君の姿があった。
「おはよう」
私を見るなり、宏樹君はいつものように穏やかな笑みを湛えながら挨拶してくる。
宏樹君の笑顔に、私は昔も今も弱い。先ほどまでのだらけた気持ちは一気に吹っ飛び、釣られて私も、「おはよう」とニッコリしながら返した。
「どうしたの? 連絡もなしに来るなんて珍しいね」
私が言うと、宏樹君は笑顔を引っ込め、わずかに眉根を寄せた。
――な、なに……?
宏樹君が豹変してしまった理由が分からない私は、ただただ戸惑う。
「――紫織」
宏樹君は、私をジッと見つめながら続けた。
「まさかと思うけど、今日のこと、忘れちゃいないよな?」
「え? 今日……?」
ますます意味が分からず、キョトンとしてしまった。
それを見た宏樹君は、「やっぱり」と呟いたあと、髪を掻き上げながら深い溜め息を漏らした。
「今日はドレスを選びに行くって、前々から決めてただろ?」
「ドレスって……? ――ああっ!」
やや間を置いてから、私は家じゅうに響き渡るほどの大声を上げてしまった。
そうだった。宏樹君が言った通り、今日は式で着るためのドレス選びに行くことになっていたのだ。
それにしたって、ドレスの試着をとても楽しみにしてたのに、今の今まで忘れていたなんて間抜け過ぎるにもほどがある。しかも、ついさっきまで、『こんな日に外出るなんて馬鹿じゃない』とぼやいた揚げ句、お母さんの鉄拳を食らいかけたから、なおさら。
「――ごめんなさい……」
どんなに言い訳しても無駄だと思い、私は素直に謝罪した。
そんな私を、宏樹君は黙って凝視していた。けれども、すぐに表情を和らげ、普段の宏樹君に戻った。
「こんなことだろうと思ったから俺も早めに迎えに来たんだ。表に車は出してるから、紫織もすぐに準備して来いよ?」
宏樹君は、私の頭をクシャクシャと撫でる。
「もう! また子供扱いしてっ!」
いつもの癖で私がプウと頬を膨らませると、宏樹君もまた、いつものように声を上げて笑った。
十二月に入ると、辺りの景色は綿のような白雪に覆われた。
雪は好きだ。でも、寒いのだけはどうしても慣れない。
「こんな日に外出るなんて馬鹿じゃない」
テレビを観ていた私は、爽やかな笑顔で今日の天気を告げるお姉さんに向かって思わずぼやいてしまった。
「まだそんなこと言って」
私の言葉に即座に突っ込みを入れてきたのは、テレビの向こうのお天気お姉さん――ではなく、お母さんだった。
「あんたはほんと、わがままなのはちっとも変わらないわねえ。いい? 冬は寒くて当然! 寒いから雪が降る! それに、寒くない冬なんて、『冬』とは言わないでしょ?」
「そんなの、いちいち言われなくても分かってますよー」
私は唇を尖らせながら、コタツ台に顎を載せた。
「けど、寒い日に出かけるなんてめんどくさいもん。風邪引いちゃうよ。酷いとインフル罹っちゃうよ」
「この子は……!」
お母さんの形相が一変した。これは確実に、頭に平手のひとつも食らわされる。そう思って、目をギュッと閉じ、歯を食い縛った時だった。
ピンポーン……
実に絶妙なタイミングで、玄関のインターホンが鳴らされた。
お母さんの手は、私の頭まであと数センチ、という所で止まった。
「お客さんだよ」
ニヤリと口の端を上げながら私が言うと、お母さんは忌々しげに私を一睨みし、すぐにリビングを出て玄関へ向かった。
お母さんがいなくなってから、私は、ウトウトとまどろむ。が、それからすぐに、お母さんはリビングに戻って来て、「紫織」と私を呼んだ。
「あんたにだよ」
「は? 誰?」
不機嫌を露わに訊ねたが、お母さんから発せられた名前に、私の目は一気に覚めた。
「宏樹君」
◆◇◆◇
慌てて玄関に出ると、そこにはお母さんの言っていた通り、幼なじみの宏樹君の姿があった。
「おはよう」
私を見るなり、宏樹君はいつものように穏やかな笑みを湛えながら挨拶してくる。
宏樹君の笑顔に、私は昔も今も弱い。先ほどまでのだらけた気持ちは一気に吹っ飛び、釣られて私も、「おはよう」とニッコリしながら返した。
「どうしたの? 連絡もなしに来るなんて珍しいね」
私が言うと、宏樹君は笑顔を引っ込め、わずかに眉根を寄せた。
――な、なに……?
宏樹君が豹変してしまった理由が分からない私は、ただただ戸惑う。
「――紫織」
宏樹君は、私をジッと見つめながら続けた。
「まさかと思うけど、今日のこと、忘れちゃいないよな?」
「え? 今日……?」
ますます意味が分からず、キョトンとしてしまった。
それを見た宏樹君は、「やっぱり」と呟いたあと、髪を掻き上げながら深い溜め息を漏らした。
「今日はドレスを選びに行くって、前々から決めてただろ?」
「ドレスって……? ――ああっ!」
やや間を置いてから、私は家じゅうに響き渡るほどの大声を上げてしまった。
そうだった。宏樹君が言った通り、今日は式で着るためのドレス選びに行くことになっていたのだ。
それにしたって、ドレスの試着をとても楽しみにしてたのに、今の今まで忘れていたなんて間抜け過ぎるにもほどがある。しかも、ついさっきまで、『こんな日に外出るなんて馬鹿じゃない』とぼやいた揚げ句、お母さんの鉄拳を食らいかけたから、なおさら。
「――ごめんなさい……」
どんなに言い訳しても無駄だと思い、私は素直に謝罪した。
そんな私を、宏樹君は黙って凝視していた。けれども、すぐに表情を和らげ、普段の宏樹君に戻った。
「こんなことだろうと思ったから俺も早めに迎えに来たんだ。表に車は出してるから、紫織もすぐに準備して来いよ?」
宏樹君は、私の頭をクシャクシャと撫でる。
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いつもの癖で私がプウと頬を膨らませると、宏樹君もまた、いつものように声を上げて笑った。
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