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番外編・一 Modest promise
Act.1
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※宏樹視点。本編より十年前の話です。
母親がいつになく血相を変えて俺の部屋に現れたのは、午後六時過ぎ。宿題も済ませ、小休止を取っていた時だった。
「宏樹!」
普段は几帳面な人なのに、ノックも忘れてドアを開けてきたことにさすがの俺も驚きを隠せなかった。だが、そんな気持ちとは裏腹に、「なに?」と我ながら他人事のように母親に話しかけていた。
母親からしたら、なにずいぶんと呑気に構えてんの、といった心境だったのだろう。苛立ちを露わにしながら、「あんた、紫織ちゃんが行きそうな場所に心当たりない?」と訊ねてきた。
「紫織ちゃん、こんな時間になってもまだ帰って来てないそうなのよ。幼稚園から一度戻ってから、『ちょっと遊んで来るね』と言ったっきり……。
加藤さんの奥さんは最初、てっきり、ウチに遊びに来ているものだと思い込んでいたらしいけど、今日は一度もウチには来てないでしょ? だから……」
母親の話をひとしきり聴いた俺は、なるほどな、と心の中でひとり納得していた。 もちろん、大変な事態になっていることには変わりないし、心配もしている。
「で、それを俺に報告してどうするつもりだったわけ?」
この質問の仕方は迂闊だった。
口にしてしまってから後悔したが、あとの祭りだ。
案の定、母親は、部屋に押し入って来た時以上に表情を険しくさせ、「あんたって子は!」と怒号を浴びせてきた。
「こんな時に、どうしてそんな冷たいこと言うのっ? 紫織ちゃん、今頃どこかで泣いてるかもしれないってのに……。――我が子ながらほんっとに情けないわ……!」
そこまで言うと、母親は大袈裟なまでに深い溜め息を漏らす。
俺は苦々しさを感じつつ、それでも、出来る限り表には出さぬようにと冷静を装いながら言った。
「分かった。俺も紫織を探しに出るよ。親父も行くんだろ?」
俺の言葉に、母親は少しばかり驚いていたが、やがて、ハッとしたように「そ、そうね」と口にした。
「宏樹も探してくれるならば助かるわ。あとは、ウチのお父さんはもちろんだけど、加藤さんの旦那さんも、今日はたまたま早く帰っていらっしゃったみたいだから」
コートを着て外に出ると、すでに俺の親父と紫織の両親が家の前で待機していた。
「悪いな、宏樹君」
真っ先に声をかけてきたのは、加藤の小父さん――紫織の親父さんだった。
サービス関係の仕事をしている小父さんは忙しい毎日を送っているため、こんな早い時間帯に家にいることは滅多にない。
珍しいこともあるもんだな、と思っていたら、まるで俺の心の中を見透かしたかのように、「今日は珍しく早く上がれたんだよ」と苦笑した。
「仕事とはいえ、普段、紫織をほったらかしにしてるのには変わりないからね。だから今日ぐらいは、あいつの相手をしてやろうかと思ってたんだが……」
そう言うなり、小父さんは落胆を露わにした。大事なひとり娘の姿が消えてしまったショックは計り知れないものだろう。
加藤の小母さんに至っては、今にも卒倒してしまうのではないかと思えるほど顔面蒼白になっている。
「加藤さん」
娘の安否でいっぱいになっている加藤夫妻に、俺の親父が優しい声音で言った。
「とにかく、一刻も早く探しに出ましょう。まだ、紫織ちゃんに何かあったと決まったわけじゃないんですから。宏樹もいますし、きっとすぐに見付かりますよ」
「そ、そうですね。父親の俺がしっかりしませんと」
小父さんの言葉は、まるで自分に言い聞かせているようだった。
俺は神妙な気持ちでふたりを見比べながら、「俺も頑張って探しますから」と気休めにもならないことを言った。
けれども、小父さんにはその言葉も救いになったようだ。口元に笑みを浮かべ、「ありがとう」と返してくれた。
「それじゃあ、早速手分けして探しましょう」
親父の号令を合図に、俺と親父、小父さんは、それぞれ紫織を探しに出た。
母親がいつになく血相を変えて俺の部屋に現れたのは、午後六時過ぎ。宿題も済ませ、小休止を取っていた時だった。
「宏樹!」
普段は几帳面な人なのに、ノックも忘れてドアを開けてきたことにさすがの俺も驚きを隠せなかった。だが、そんな気持ちとは裏腹に、「なに?」と我ながら他人事のように母親に話しかけていた。
母親からしたら、なにずいぶんと呑気に構えてんの、といった心境だったのだろう。苛立ちを露わにしながら、「あんた、紫織ちゃんが行きそうな場所に心当たりない?」と訊ねてきた。
「紫織ちゃん、こんな時間になってもまだ帰って来てないそうなのよ。幼稚園から一度戻ってから、『ちょっと遊んで来るね』と言ったっきり……。
加藤さんの奥さんは最初、てっきり、ウチに遊びに来ているものだと思い込んでいたらしいけど、今日は一度もウチには来てないでしょ? だから……」
母親の話をひとしきり聴いた俺は、なるほどな、と心の中でひとり納得していた。 もちろん、大変な事態になっていることには変わりないし、心配もしている。
「で、それを俺に報告してどうするつもりだったわけ?」
この質問の仕方は迂闊だった。
口にしてしまってから後悔したが、あとの祭りだ。
案の定、母親は、部屋に押し入って来た時以上に表情を険しくさせ、「あんたって子は!」と怒号を浴びせてきた。
「こんな時に、どうしてそんな冷たいこと言うのっ? 紫織ちゃん、今頃どこかで泣いてるかもしれないってのに……。――我が子ながらほんっとに情けないわ……!」
そこまで言うと、母親は大袈裟なまでに深い溜め息を漏らす。
俺は苦々しさを感じつつ、それでも、出来る限り表には出さぬようにと冷静を装いながら言った。
「分かった。俺も紫織を探しに出るよ。親父も行くんだろ?」
俺の言葉に、母親は少しばかり驚いていたが、やがて、ハッとしたように「そ、そうね」と口にした。
「宏樹も探してくれるならば助かるわ。あとは、ウチのお父さんはもちろんだけど、加藤さんの旦那さんも、今日はたまたま早く帰っていらっしゃったみたいだから」
コートを着て外に出ると、すでに俺の親父と紫織の両親が家の前で待機していた。
「悪いな、宏樹君」
真っ先に声をかけてきたのは、加藤の小父さん――紫織の親父さんだった。
サービス関係の仕事をしている小父さんは忙しい毎日を送っているため、こんな早い時間帯に家にいることは滅多にない。
珍しいこともあるもんだな、と思っていたら、まるで俺の心の中を見透かしたかのように、「今日は珍しく早く上がれたんだよ」と苦笑した。
「仕事とはいえ、普段、紫織をほったらかしにしてるのには変わりないからね。だから今日ぐらいは、あいつの相手をしてやろうかと思ってたんだが……」
そう言うなり、小父さんは落胆を露わにした。大事なひとり娘の姿が消えてしまったショックは計り知れないものだろう。
加藤の小母さんに至っては、今にも卒倒してしまうのではないかと思えるほど顔面蒼白になっている。
「加藤さん」
娘の安否でいっぱいになっている加藤夫妻に、俺の親父が優しい声音で言った。
「とにかく、一刻も早く探しに出ましょう。まだ、紫織ちゃんに何かあったと決まったわけじゃないんですから。宏樹もいますし、きっとすぐに見付かりますよ」
「そ、そうですね。父親の俺がしっかりしませんと」
小父さんの言葉は、まるで自分に言い聞かせているようだった。
俺は神妙な気持ちでふたりを見比べながら、「俺も頑張って探しますから」と気休めにもならないことを言った。
けれども、小父さんにはその言葉も救いになったようだ。口元に笑みを浮かべ、「ありがとう」と返してくれた。
「それじゃあ、早速手分けして探しましょう」
親父の号令を合図に、俺と親父、小父さんは、それぞれ紫織を探しに出た。
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