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第八話 壊したいほどに
Act.4
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どこからともなく聴こえてきた物音で、朋也は目を覚ました。気が付くと、コタツの上でうつ伏せで眠っていたらしい。
「何時だ……?」
朋也はぼんやりしている頭をもたげながら、壁に掲げられた時計を見上げる。針は九時ちょうどを指している。
「もうこんな時間か……」
そう呟いて立ち上がろうとした時、リビングのドアが開かれた。
「ただいま」
現れたのは宏樹だった。
朋也は髪を掻き上げながら、「あ、ああ、お帰り」と返した。
「ずいぶんと遅かったな」
「いつものことだろ?」
宏樹はわざとらしく肩を竦めると、コタツの上に目をやった。
「あれ? 客が来てたのか?」
無造作に置かれたふたつのマグカップを目敏く見付けて訊ねてきた。
「ああ、ちょっとな」
朋也は適当に返答し、今度こそ立ち上がってカップを手にしてキッチンへ向かった。
「それにしても珍しいな。お前、親達がいなくても絶対にこっちに入れることってないだろ?」
宏樹の変に鋭い発言に、小さく舌打ちする。もしかしたら、客が誰であるか察してしまったのかもしれない。
「――客は紫織だよ」
宏樹に背を向けた格好で答えた。
「俺が家に帰って来たら、あいつは反対方向から歩いてきた。――泣き腫らした目をしながら」
そこまで言うと、朋也は宏樹の反応を覗うつもりで、首だけ動かして宏樹に視線を送った。
だが、宏樹は眉ひとつ動かさない。ただ、「そうか」と口にしたのみだった。
「――泣いてた理由、気になんない?」
無反応とも思える宏樹に苛立ちを覚えつつ、それでも、どうにか感情を抑えながら訊ねた。
宏樹は少しばかり考え込むように、自らの顎を何度も擦る。
「若いうちは、色々あるだろうしな」
そう答えた宏樹は、微苦笑を浮かべながら背を向けてリビングを出ようとしていた。
「待てよ!」
朋也はカップを流し台の中に入れ、宏樹の元へと大股で近付くと、肩を掴んで足止めした。
「他に言うことあるだろ?」
朋也に鋭く睨まれた宏樹は、さすがに困惑の色を見せた。が、そのうち、宏樹から深い溜め息が漏れ出した。
「――紫織に同情しろ、とでも言いたいのか?」
いつになく冷ややかな口調で宏樹が言った。
「朋也、俺は紫織の気持ちに応えてやれるだけの度量は持ち合わせていない。紫織は昔から俺にとっては〈妹〉だし、これからもそれは変わることがないと思う。
俺は、お前と紫織が幸せになってくれることが一番だとずっと思ってるんだ。――俺が相手では、紫織は、幸せになんてなれないだろうから……」
「――そっちの方が酷じゃねえか……」
全身を怒りで震わせながら、朋也は今度は宏樹の胸倉に手をかけた。
「結局兄貴は逃げてるだけだ。紫織だけじゃない、現実そのものからもな。
紫織はな、ただ兄貴に、『ずっと側にいてやる』って言ってもらいたいだけなんだよ!」
朋也はそこまで言って、ハッと我に返った。
よくよく冷静になって考えてみると、今の台詞は非常に矛盾している。宏樹には彼女がいるはず。そうなると、紫織の気持ちに応えられないのは当然のことだ。
「――ごめん、変なこと言った……」
朋也は手を緩め、力なくダラリと腕を垂らした。
「いや」
宏樹はゆっくりと首を振った。
「確かに朋也の言う通りだよ。俺は今、全てから逃げ出してしまいたい気持ちが強い。この間俺に電話をかけてきた〈ナカガワ〉って女にはフラれたから。――もう、自分が傷付くのが、怖くて堪らない……」
初めて、宏樹の心の声を聴いた気がした。
朋也は返す言葉が見付からず、ただ、呆然とその場に立ち尽くしているのが精いっぱいだった。
「何時だ……?」
朋也はぼんやりしている頭をもたげながら、壁に掲げられた時計を見上げる。針は九時ちょうどを指している。
「もうこんな時間か……」
そう呟いて立ち上がろうとした時、リビングのドアが開かれた。
「ただいま」
現れたのは宏樹だった。
朋也は髪を掻き上げながら、「あ、ああ、お帰り」と返した。
「ずいぶんと遅かったな」
「いつものことだろ?」
宏樹はわざとらしく肩を竦めると、コタツの上に目をやった。
「あれ? 客が来てたのか?」
無造作に置かれたふたつのマグカップを目敏く見付けて訊ねてきた。
「ああ、ちょっとな」
朋也は適当に返答し、今度こそ立ち上がってカップを手にしてキッチンへ向かった。
「それにしても珍しいな。お前、親達がいなくても絶対にこっちに入れることってないだろ?」
宏樹の変に鋭い発言に、小さく舌打ちする。もしかしたら、客が誰であるか察してしまったのかもしれない。
「――客は紫織だよ」
宏樹に背を向けた格好で答えた。
「俺が家に帰って来たら、あいつは反対方向から歩いてきた。――泣き腫らした目をしながら」
そこまで言うと、朋也は宏樹の反応を覗うつもりで、首だけ動かして宏樹に視線を送った。
だが、宏樹は眉ひとつ動かさない。ただ、「そうか」と口にしたのみだった。
「――泣いてた理由、気になんない?」
無反応とも思える宏樹に苛立ちを覚えつつ、それでも、どうにか感情を抑えながら訊ねた。
宏樹は少しばかり考え込むように、自らの顎を何度も擦る。
「若いうちは、色々あるだろうしな」
そう答えた宏樹は、微苦笑を浮かべながら背を向けてリビングを出ようとしていた。
「待てよ!」
朋也はカップを流し台の中に入れ、宏樹の元へと大股で近付くと、肩を掴んで足止めした。
「他に言うことあるだろ?」
朋也に鋭く睨まれた宏樹は、さすがに困惑の色を見せた。が、そのうち、宏樹から深い溜め息が漏れ出した。
「――紫織に同情しろ、とでも言いたいのか?」
いつになく冷ややかな口調で宏樹が言った。
「朋也、俺は紫織の気持ちに応えてやれるだけの度量は持ち合わせていない。紫織は昔から俺にとっては〈妹〉だし、これからもそれは変わることがないと思う。
俺は、お前と紫織が幸せになってくれることが一番だとずっと思ってるんだ。――俺が相手では、紫織は、幸せになんてなれないだろうから……」
「――そっちの方が酷じゃねえか……」
全身を怒りで震わせながら、朋也は今度は宏樹の胸倉に手をかけた。
「結局兄貴は逃げてるだけだ。紫織だけじゃない、現実そのものからもな。
紫織はな、ただ兄貴に、『ずっと側にいてやる』って言ってもらいたいだけなんだよ!」
朋也はそこまで言って、ハッと我に返った。
よくよく冷静になって考えてみると、今の台詞は非常に矛盾している。宏樹には彼女がいるはず。そうなると、紫織の気持ちに応えられないのは当然のことだ。
「――ごめん、変なこと言った……」
朋也は手を緩め、力なくダラリと腕を垂らした。
「いや」
宏樹はゆっくりと首を振った。
「確かに朋也の言う通りだよ。俺は今、全てから逃げ出してしまいたい気持ちが強い。この間俺に電話をかけてきた〈ナカガワ〉って女にはフラれたから。――もう、自分が傷付くのが、怖くて堪らない……」
初めて、宏樹の心の声を聴いた気がした。
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