雪花 ~四季の想い・第一幕~

雪原歌乃

文字の大きさ
上 下
14 / 67
第五話 泣きたいほどに

Act.1

しおりを挟む
 紫織は目が覚めるなり、身体が熱くなっているような感じがした。気のせいだろうかとも思ったのだが、頭もぼんやりとしていて食欲が湧かない。
「あんた、熱でもあるんじゃない?」
 箸を全く動かさない紫織を心配そうに見つめながら、母親は紫織の額に手を当ててきた。
 ひんやりとした感覚が心地良い。そんなことを思っていたら、母親は「やっぱり」と溜め息交じりに言った。
「紫織、今日は休みなさい。今朝の天気予報でも午後から雪が降るって言ってたし、無理に学校行ったら悪化させてしまうわよ?」
 本当は無理をしてでも行こうかとも思っていたが、気持ちとは裏腹に、身体は休息を訴えている。紫織は素直に「うん」と頷くと、箸を置いて立ち上がった。
 一瞬、めまいを感じた。倒れそうになるのをどうにか堪え、フラフラとおぼつかない足取りで部屋へ戻った。

 ◆◇◆◇

 自室へ戻って来てから、紫織は再び制服からパジャマへ着替えた。とにかく、一秒でも早く眠ってしまいたい。そう思いながら、ベッドへと潜り込む。
 すると、ほどなくして母親がやって来た。手には氷水で満たした洗面器を持っており、中には真っ白なタオルが浸されている。
「あとでアイス枕も持ってくるから」
 母親は言いながらタオルを絞り、ある程度水分が抜けた状態のそれを、紫織の額へ載せてくれた。
「学校へは今から連絡しておくから。あんたはちゃんと寝てるのよ?」
 そう言い残して、母親は静かに部屋を後にした。

 ◆◇◆◇◆◇

 学校帰り、朋也は自分の家の前で紫織の母親と遭遇した。
「あら、朋也君」
 紫織母は朋也と逢うなり、満面の笑みを向けてきた。
「こんにちは」
 朋也もそれに応えるように、微笑しながら挨拶する。
「こんにちは。お隣に住んでいるのに、朋也君と逢うこともなかなかなかったわね。元気だった?」
「ええ、お陰様で」
「そう、それは良かった」
 ふたりで他愛のない言葉のやり取りを繰り返していたが、紫織母は「そうそう」と言ってきた。
「今日、紫織が熱を出しちゃって。午前中に病院に連れて行ったんだけど、ただの風邪だったみたいね」
「え? 紫織、風邪引いたんですか? なんで?」
「あの子の話だと、どうやら昨日、宏樹君と海に行ったらしいのね。だからきっと、潮風に当たってしまったのが原因ね」
(――兄貴と、海……?)
 紫織母の言葉に朋也の心の中は、暗雲が立ち込めたようにモヤモヤした。紫織は別に自分のものではないのだから、こんな気持ちになること自体が間違いだと分かっている。それなのに、何故か、紫織に裏切られてしまったという不快感を覚えてしまう。同時に、宏樹への不信感も募ってゆく。
(兄貴、紫織のこと〈妹〉としか思ってなかったんじゃないのかよ……?)
 朋也は唇を強く噛み締めながら、肩を並べて砂浜を歩くふたりを想像する。
(胸糞わりい!)
 本当は口に出して叫びたかったが、紫織母の手前もあり、それは辛うじて抑えた。
 その代わり、朋也は紫織母に「あの」と声をかけた。
「紫織の見舞い、俺が行ったら迷惑ですか?」
「迷惑? とんでもない!」
 紫織母は目を大きく開きながら、何度も手の平を振った。
「朋也君なら大歓迎よ! 紫織もきっと、朋也君がお見舞いに来てくれたら喜ぶわよ」
 屈託なく言う紫織母に、朋也の口元も自然と綻んだ。
「それじゃあ、早速いらっしゃいな。あ、それとも一度、着替えた方がいいかしら?」
 紫織母の問いに、朋也は「いえ」と首を振った。
「着替えていたら遅くなりますし、このまま行きますよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

君のいちばんになれない私は

松藤かるり
ライト文芸
旧題:好きなひとは ちがうひとの 生きる希望 病と闘う青春物語があったとして。でも主役じゃない。傍観者。脇役。 好きな人が他の人の生きる希望になった時、それが儚い青春物語だったなら。脇役の恋は泡になって消えるしかない。 嘉川千歳は、普通の家族に生まれ、普通の家に育ち、学校や周囲の環境に問題なく育った平凡女子。そんな千歳の唯一普通ではない部分、それは小さい頃結婚を約束した幼馴染がいることだった。 約束相手である幼馴染こと鹿島拓海は島が誇る野球少年。甲子園の夢を叶えるために本州の高校に進学することが決まり、千歳との約束を確かめて島を出ていく。 しかし甲子園出場の夢を叶えて島に帰ってきた拓海の隣には――他の女の子。恋人と紹介するその女の子は、重い病と闘うことに疲れ、生きることを諦めていた。 小さな島で起こる、儚い青春物語。 病と闘うお話で、生きているのは主役たちだけじゃない。脇役だって葛藤するし恋もする。 傷つき傷つけられた先の未来とは。 ・一日3回更新(9時、15時、21時) ・5月14日21時更新分で完結予定 **** 登場人物 ・嘉川千歳(かがわ ちとせ)  本作主人公。美岸利島コンビニでバイト中。実家は美容室。 ・鹿島拓海(かしま たくみ)  千歳の幼馴染。美岸利島のヒーロー。野球の才能を伸ばし、島外の高校からスカウトを受けた。 ・鹿島大海(かしま ひろみ)  拓海の弟。千歳に懐いている。 ・宇都木 華(うづき はな)  ある事情から拓海と共に美岸利島にやってきた。病と闘うことに疲れた彼女の願いは。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

いっそあなたに憎まれたい

石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。 貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。 愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。 三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。 そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。 誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。 これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。 この作品は小説家になろうにも投稿しております。 扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

処理中です...