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始まりは冬の夜から
Act.1-01
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私はその日、遅い時間まで黙々とパソコンと格闘していた。
節電のために夜七時には暖房が切られ、周りに誰もいなくなったオフィスは徐々に温度が下がってゆく。指も次第に悴んでゆき、時々、口元に手を持っていって息を吹きかけてはこすり合わせるといった行為を何度も繰り返した。
ふと、パソコン右下に表示されている日付と時間に視線を落とす。
十一月二十五日、次の週には十二月になっている。寒いのも無理はない。
「もう帰りたい……」
半分泣きたい気持ちでぼやくも、終わらなければ帰れない。
そもそも、今日中に書類を纏めろ、などと無理難題を押し付けてきた奴が悪い。
その人は同じ部署の課長で私の上司に当たる。
この課長がまた非常に曲者で、ことある毎に私にやたらと突っかかってくる。あの男のやり方ははっきり言って、セクハラならぬパワハラだ。
そう思うのは、他の女性社員と明らかに態度が違うからだ。
私だって同じように無難に仕事をこなしている。いや、むしろ彼女達よりよく働いていると自負しているし、課長以外の男性社員も私の働きぶりは評価してくれている。
だからつい、話しやすい同期の男性社員に愚痴を零したことがあるのだけど、その時に彼に言われた台詞――
『藤森に厳しいのは、それだけ課長が期待してるってことだよ』
そう励まされ、ちょっとは自信を持ちかけたものの、やっぱり態度があからさまに違うとどうしてもへこんでしまう。
ほかの女性社員と同等に――なんて贅沢は言わない。せめて、もうちょっとぐらい、ソフトに扱ってほしい。そう思っても、課長に私の気持ちなど通じるはずもなく、結局は今日のようなことになってしまう。
「ぜえったい! いつかあの鬼課長に一泡吹かせてやんなんと気が済まないわっ!」
誰もいないのをいいことに、オフィス中に響き渡る大声で喚き散らした時だった。
「なんだ、思ったより元気そうだな?」
突然、背後から声をかけられた。
私の心臓が跳ね上がった。全身からは嫌な汗がじわじわと噴き出している。
振り返るのが恐ろしかった。
もう終わりだ。いることに気付かなかったとはいえ、上司の悪口を大声で叫んでしまったのだ。怒られるどころじゃ絶対済まない。
恐怖のあまり、作業の手もすっかり止まってしまった。自らを両腕で抱き締め、きつく瞼を閉じていたら、私の肩に何かが触れてきた。
私は思わず身体を跳ね上がらせてしまった。やっぱり、相変わらず怖くて目が開けられない。
「――大丈夫か?」
私の不安とは裏腹に、隣から柔らかい口調で声をかけられた。
節電のために夜七時には暖房が切られ、周りに誰もいなくなったオフィスは徐々に温度が下がってゆく。指も次第に悴んでゆき、時々、口元に手を持っていって息を吹きかけてはこすり合わせるといった行為を何度も繰り返した。
ふと、パソコン右下に表示されている日付と時間に視線を落とす。
十一月二十五日、次の週には十二月になっている。寒いのも無理はない。
「もう帰りたい……」
半分泣きたい気持ちでぼやくも、終わらなければ帰れない。
そもそも、今日中に書類を纏めろ、などと無理難題を押し付けてきた奴が悪い。
その人は同じ部署の課長で私の上司に当たる。
この課長がまた非常に曲者で、ことある毎に私にやたらと突っかかってくる。あの男のやり方ははっきり言って、セクハラならぬパワハラだ。
そう思うのは、他の女性社員と明らかに態度が違うからだ。
私だって同じように無難に仕事をこなしている。いや、むしろ彼女達よりよく働いていると自負しているし、課長以外の男性社員も私の働きぶりは評価してくれている。
だからつい、話しやすい同期の男性社員に愚痴を零したことがあるのだけど、その時に彼に言われた台詞――
『藤森に厳しいのは、それだけ課長が期待してるってことだよ』
そう励まされ、ちょっとは自信を持ちかけたものの、やっぱり態度があからさまに違うとどうしてもへこんでしまう。
ほかの女性社員と同等に――なんて贅沢は言わない。せめて、もうちょっとぐらい、ソフトに扱ってほしい。そう思っても、課長に私の気持ちなど通じるはずもなく、結局は今日のようなことになってしまう。
「ぜえったい! いつかあの鬼課長に一泡吹かせてやんなんと気が済まないわっ!」
誰もいないのをいいことに、オフィス中に響き渡る大声で喚き散らした時だった。
「なんだ、思ったより元気そうだな?」
突然、背後から声をかけられた。
私の心臓が跳ね上がった。全身からは嫌な汗がじわじわと噴き出している。
振り返るのが恐ろしかった。
もう終わりだ。いることに気付かなかったとはいえ、上司の悪口を大声で叫んでしまったのだ。怒られるどころじゃ絶対済まない。
恐怖のあまり、作業の手もすっかり止まってしまった。自らを両腕で抱き締め、きつく瞼を閉じていたら、私の肩に何かが触れてきた。
私は思わず身体を跳ね上がらせてしまった。やっぱり、相変わらず怖くて目が開けられない。
「――大丈夫か?」
私の不安とは裏腹に、隣から柔らかい口調で声をかけられた。
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